リア充爆発しろ

お点前の練習中は、時計とかスマホとか、硬いものはあんまり持ち込んじゃいけない。茶器にぶつかったら傷ついちゃうからね。だから私は、部活が終わる夕方まで、四谷くんからの通知に気が付かなかった。

「あれ、四谷くんからだ」

「あの激重彼女の人ですか?」

後輩が私のスマホをのぞき込む。茶道部ではいつも他人の恋バナで盛り上がっていて、この前は私が四谷くんの話を持ち込んだ。ちなみに自分たちの恋バナで盛り上がったことは一度もない。

「そうそう。なんだろう」

私が通知を開くと、一枚の写真が添付されていた。写っているのは四谷くんと、楓、千夏、宙さん。え? どういうメンツ?

私が思ったまま「どういうメンツ?」と送ると、四谷くんからすぐに返信が来た。「まぁまぁ。来てみなよ」って。

「なんか、呼ばれたわ」

「え、陽キャ多め集団に突っ込むんですか、大丈夫ですか」

後輩がなんかすごく煽ってきてムカついたので、私は無視して部室を出た。



私はにこにこしながら楓くんを見ていた。

「え、何」

「いえ。好きだなぁと思っただけです」

楓くんが顔を赤らめる。こういう所、可愛いんだよなぁ。

「照れるな」

いいですよ、もっと照れちゃってください。

「それにしても、花火大会、このメンバーでとは思ってなかったわ」

楓くんは少し離れたところで楽しそうに話している四谷くんと千夏ちゃんを見ている。

あれから、千夏ちゃんと彼氏の四谷くんは、ちゃんと歩みよることが出来たみたいですよ。良かった良かった。

「それにしても、え、あの、気まずくないんですか?」

「そう、このメンバーで気まずくならないのが怖いよ。全部宙のおかげ。」

そんなっ! どうしよう! 褒められた! 照れる! 顔が燃えてる気がする。見せないようにしよう。私は楓くんに背を向けて言った。

「いやぁ、やっぱり思った通りでした。千夏ちゃんは面白いです」

すると私の気がつかない間に近くに来ていた千夏ちゃんが、「いや、宙ちゃんのほうがよっぽど面白いよ。ねぇ楓」なんて言ってくる。そんなことないと思うけどなぁ。

「宙は面白いし、可愛いよ」

そんなっみんなの前なのに! 千夏ちゃんと四谷くんは私を見つめてニヤニヤしている。恥ずかしいんですけど。ちょっと。



『会えないか』

たった一文がここまで嬉しいんだもん。やっぱり私は恋愛体質だ。あたしって単純だな。好きな人の言葉ひとつで、コロコロ気持ちが動いちゃう。全く恋って恐ろしいよ。慎吾が私を呼び出したのは、今日の花火大会に合わせてやっているお祭り。お気に入りの浴衣に袖を通すと防虫剤の匂いがした。長いこと着てなかったからな。なんだか懐かしかった。

あたしが着くと、慎吾はほっぺにお好み焼きのタレをつけていた。かわいいなこいつ。

「よう五人目、なんか用か?」

あたしがテンション高く言うと、慎吾は不思議そうに「千夏なんか変わった?」と尋ねた。宙ちゃんと話してから、恋愛っていうものを前向きに捉えられるようになった。それが慎吾にも伝わったみたいで嬉しい。

「あのさ千夏。俺、ずっと伝えたかったんだよね。千夏のこと、俺、今まで全然大切にできてなかった。してるつもりだったけど、きっと、伝わってなかったよな。ごめん。俺、もっとちゃんと考えるから。見捨てないで」

突然どうしたんだろう。でも、まさにあたしはこの言葉が欲しかったのかもしれないな。嬉し涙なんていつぶりだろうね。至る所に吊り下げられたカラフルな提灯の輪郭がぼやけて丸くなった。

「見捨てる訳ねぇじゃん。むしろこっちのセリフだよ。大好きだよ」

慎吾は、あの付き合った日のような純粋な笑顔であたしを見つめた。あたし今、リア充だ。

二人でチョコバナナを食べながら歩いていると、宙ちゃんと楓を見つけた。どうしようかな。声かけようかな。でもなぁ、うーん

「楓じゃん! おーい!」

コイツはそういう奴でした。慎吾の声に気がついた宙ちゃんが楓の肩を叩く。楓はあたしたちを見つけると、二人で手を繋いでこっちに向かってきた。

「二人も来てたんだね!」

宙ちゃんがあたしに目配せする。うん、なんとかなりました。ありがとうございました。私は目でそう伝えた。

「せっかくだから一緒に回る?」

楓が提案する。こいつは、二人っきりでいたいっていう気持ちは意外と無いのか? ほら、宙ちゃんが複雑そうな顔してる。でも宙ちゃんは少し考えた後に、「ダブルデートも悪くないんじゃないですか?」と笑った。みんなと仲良くってこういう所でも適用されるんだなぁ。あたしたちは四人でお祭りを回ることになった。



「なぁ、せっかくだから春花も呼ばないか?」

俺がそう言うと、千夏は驚いた顔をした。楓も「え、そこ繋がってんの」と目を見開いている。

「え、別にいいけど、あんたら仲良かったっけ?」

「まぁ、いろいろ」

俺がそう答えると、千夏は「なんだ? 浮気だったら二人とも未来は無いぞ?」と脅してきた。そんな所も好きだ。ていうか、千夏のこんな一面見たのは初めてかもな。

楓の彼女の宙は「春花さん、えっと、塚田、さん? あんまり話したことないです。仲良くなりたいです!」とこれまたテンションを上げている。なんだここ。全員自由人かよ。と思ったけど、俺がいちばん自由人だったわ。俺はスマホを取り出して春花に連絡を入れた。



私がやっとお祭りをやっている広場に着くと、謎メンツ四人は焼きそばを食べながら楽しく談笑しているところだった。やべー入りづらいわ。私こういうとこに入ってくの苦手なんだよな。宙さんとかちゃんと喋ったことないし。すると私に気づいてくれた千夏が、私にすごい勢いで手を振った。逆に行きづらいんだが。

「やっほー。まじでどういうメンツ?」

「ダブルデート。春花を煽るためだけに招集した」

千夏がニヤニヤしながら言う。

「えっ待て待て待て、そこ付き合ってたの? 激重彼女って、え、千夏?」

「は? 誰が激重彼女だばーか」

「てか千夏嘘つくなって。招集した訳じゃなくてさっきたまたま会ったの」

「え待って待って、付き合ってるのは、嘘? ホント?」

「それはホントです。デート同士、合併したんです。初めまして、衣笠宙です」

「いや、初めましてじゃないよ? クラス一緒だよ?」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて、えっと、ちゃんと喋ったの初めてだから」

「春花陰キャだから存在消されてたんだよ」

「うるせぇ」

もうすぐ花火大会が始まるので、私たちは広場の横の少し高くなっている場所をとって待つことにした。

「春花と慎吾って関わりあったっけ」

千夏が細い目をしている。え、私睨まれてんのかな。

「関わりも何も、千夏に買い出し派遣されたんだけど」

四谷くんの言葉で、千夏は「あー、あー! そっかそっか! そうだったわ! いや、もともとお前は呼んでなかったけどな」と言いつつ納得している。

「それにしても、よかったよ。上手くいったみたいで」

私が四谷くんに目をやると、四谷くんは

「ほんと、あの、春花様のおかげです!」

と、小声で調子のいいことを言う。あとでなんか奢ってもらおーっと。

その時、夏の夜空に一筋の光の線が見え、続けて「ドンっ」と音が響いた。そしてすぐに、色鮮やかな花火が空を覆った。

「うわぁ!」

「上がりましたね!」

「綺麗だなぁ」

「リア充はここで『君の横顔の方が輝いてるよ』とか」

「春花はラノベの読みすぎ!」

「いやラノベでもそんなこと言わねぇだろ」

花火の広がっていく感じは、まさに爆発のようだ。好きっていう気持ちとか、嫉妬とか、期待とか。色んなものがこの青春とかいう言葉にまとめられて、爆発する。私たちにはそれぞれの青春があって、それぞれのリア充がある。なんか、いいもの見せてもらったな。

今年はなんだか、青春って感じの夏だった。恋をすることを「春が来る」なんて言うけど、こういうのって夏が多い気がする。私は空に上がる花火と、四人の同級生を見比べた。あれ、結局私、この夏も彼氏できないまま終わるの? うわ! なんか、なんか!! 四谷くんが千夏の腰に手を回して引き寄せている。その向こうでは楓と宙さんがキスを、あぁ!? キスだと? ふざっけんな!

まじリア充爆発しろよ!!!

大きな花火の音に紛れて、誰かの声が聞こえた。想いは、ちゃんと伝わったのだろうか。私は心の底から、みんなに言いたかった。リア充爆発しろ。

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リア充爆発しろ(再投稿) 轟 和子 @TodorokiKazuko

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