45.出陣

 一足先に城門前へ出て来たウェインとセレシアは、隊列を編成しているスケイルたちの前に出て、双眼鏡を覗き込んでいた。

 黒点程度だった巨大魔獣はプロミネンスのようにうねりながら迫ってきている。



「進行速度を考えれば、城への到達は夜半辺りだったか。君が気付いてくれなければ、甚大な被害が出てしまっていたことだろう」

「いいえ、まだこれからです。アレを止められなければ同じこと……」



 唇を噛むセレシアに、ウェインは黙ってうなずいた。

 背後から多くの足音が聞こえて来て振り返れば、新たに到着した隊列の中から、二頭の馬が飛び出してくるのが見えた。



「すまない、遅参した!」



 アッシュベルトが、馬を駆りながら声を上げる。並走するグレイベルトの馬には、フィーネが抱えられるようにして乗っていた。



「シナプシア卿! それに、フィーネちゃんまで? どうして前線に……」

「俺は元々、八番隊の指揮官として前線には出ているよ」

「あたしはあたしで、聖女としての仕事があるからな」



 馬から飛び降りた二人の声は、口調こそいつもの様子だけれど、やはり温度は緊迫感に張り詰めている。

 ウェインが声を潜めてアッシュに訊ねる。



「彼女は?」

「家の者しか知らない部屋に避難させている。鍵も特殊だから、大量の発破で地下ごと吹き飛ばさない限りは安全だろう」



 それにしても、とアッシュは琥珀のような透き通った目を細めた。



「難儀なものだな。城の中に出没しないという断言ができない限り、国民を放置するわけにはいかない。結果、ウェインとオレの計六隊しか動けないと来た」

「逆に、あたしが出てこれているという利点もあるけれどな」



 首回りを手で揉みほぐしながら、フィーネが歯を見せる。

 その姿にセレシアは気が気でならなかった。『聖女』の加護のためとはいえ、前線に出てしまえば、その痛みは視覚からも入ってくる可能性がある。



「……大丈夫?」

「何言ってるんだ義姉上。あたしだってオルフェウスの女なんだぜ? むしろ、義姉上が往くというのに指咥えて待ってるなんて、名が廃るってもんだよ」



 そう言って、フィーネは手を差し出してきた。庇護対象としてではなく、一人の戦士同士として求めてくる握手に、セレシアは頷いて応える。



「勝算は?」

「誰に向かって言ってるんだ? 貸せ」



 ウェインから双眼鏡を借りたアッシュは、ぐるりと向こう側を一望すると、鼻を鳴らしながら顔を上げた。



「どいつもこいつも『見た』ことのあるヤツばかりだな」

「けれど、数が尋常ではありません」

「問題ない。手は足りている」



 アッシュはセレシアの不安を蹴り飛ばす様に、手を乱暴に払って見せた。

 彼は手を掲げると、目を閉じ、ページを捲るような指の動きを頭の横で繰り返す。



「ただ記憶するだけじゃない。堆積した情報を精査して、最善の一手を導き出す。それがオレの天恵だ。残念だったなゼジル。オレの力の上辺だけを聞いて、止まってしまったのがお前の敗因だよ」



 彼は袖のたもとから紙とペンを取り出すと、さらさらとメモを始めた。



!」

「聞いている。どう動く?」


「左翼に例の、植物型巨大魔獣がいる。破城槌を集中させ、外皮をぶち破るよう伝えろ。右翼に多いの四足歩行の大きな犬コロは、重武装をさせた剣隊を前に。短剣を左手に構えさせて、とにかく奴らの顎に突っ込むことを優先。飛行型は……ウェイン、お前のところの拳闘士を借りたい」


「構わないが……翼獣相手に徒手なのか?」

「多少の長物で引っ掻いたところで意味ねえよ。奴らがこちらを舐めて高度を下げたところを、足首掴んで引きずり下ろせ。対巨大魔獣戦においては、槍隊を後詰に充てた方が効率が良い」


「うん、君が言うのならば、間違いはないだろう。――スケイル、アヴォイド! 聞いていたな、シナプシア卿の指示に従って隊の再編を頼む!」

「「はっ!」」



 ウェイン隊の精鋭たちは、機敏に動き、あっという間に配置換えを済ませていく。

 それを「さすが兄上の隊だ」と褒めそやしながら、フィーネはもう少し時間をかけてくれても良かったと苦笑いをしている。彼女はぶるぶると唇を息で震わせてから、後方に用意していた簡易的な儀式台の上に立った。

 それを見届けて、ウェインが剣を抜き、突き上げる。



「皆、よく集まってくれた! 火急の厳戒態勢に戸惑った者もいることだろう。だが、今少しだ。ここが正念場である。愛する者たちを守護せしめるため、どうか力を貸してくれ!」

「応ッ!」

「往くぞ! 我らにオルフェウスの『加護』あり!!」

「応ッ!!」



 一斉に駆け出した兵士たちの勢いに、地面がうねるように鳴る。

 そんな騒音の中でセレシアは、すう、と大きく息が吸い込まれる音を聴いた。


 フィーネが歌い始めたのだ。

 古来より、歌は魂を震わせてきた。時には揺籠のように慰撫し、時には打ち震える祈りを天に届ける。友と語らう時も、独りの夜も、いつだって人は歌と共にあった。

 その力が今、戦士たちの闘志の焔を揺らし、さらに高くへと燃え上がらせ、何者にも屈さぬ火柱へと変えていく。



「すごい……これが『聖女』の天恵……」



 熱い輝きを帯びる兵士たちの背中に、セレシアは息を飲んだ。



「行け、ウェイン!」



 アッシュの声に、ウェインは頷き、セレシアに手を伸ばす。



「セレシア!」

「はいっ!」



 ゲイルに飛び乗りったセレシアたちは、次々に巨大魔獣の堤防と衝突していく荒波の中を、クレイドルエリアの最奥目掛けてひた駆けた。

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