42.力の善悪

「殺戮衝動があるから天恵を授かっただと!? そんなわけがあるか!!」



 拳を強く握って激昂したウェインは、びくっと肩を跳ねさせたセレシアに気付き、バツの悪そうに顰め顔を緩めた。



「すまない、君を怖がらせるつもりはなかったんだ。ゼジルの詭弁が許し難くてな」

「存じています。ウェイン様が私のために怒ってくれていることは、ちゃんと」



 手を伸ばし、感情を露にしてくれた握り拳をそっと撫でてほぐす。ぎこちなく開いた手のひらには爪が食い込み、出血こそしていなかったけれど、鈍い赤の跡が残っている。それをセレシアは、上から手のひらで包むように抱き締めた。



「……いや、あながち間違いでもないのかもしれない」



 腕を組んで黙っていたアッシュが、おもむろに口を開いた。



「アッシュ。君まで……」

「まあ聞け。間違いではないと言っただけで、正解ど真ん中とは誰も言ってない。当然、天恵保持者が悪だとは毛頭思っていない」



 宥めるように手を払って、アッシュは「何と説明したものか」と親指と人差し指を擦り合わせながら唸った。まるで本のページを捲っているような動作は、天恵から記憶を取り出しているからだろうか。



「その起源から見ても、天恵は、魔の霧に対抗する者に授けられたと考えられている。だが常々おかしいと思っていたんだ。戦う覚悟を決めることが条件であるならば、うちの兵士たちはみな天恵所持者にっているはずだからな」

「言われてみれば、そうですね……」



 セレシアはほうと頷いた。少なくともウェイン管轄の三部隊は、指揮官である三人以外に天恵所持者はいなかったはずである。



「これはオレの仮説だが、何かしらの『一線を超える』ことが必要だと考えている」

「一線を?」

「君も心当たりがあるだろう、ウェイン。君は妹を苦しめる『聖女の加護』についてを知らされて。オレは姉上を魔獣に殺されて……そしてセレシア殿は昨夜の件で。例外を拭いきれてはいないが、筋は通る」



 アッシュの説明に、マリアが首を傾げる。



「当たらずとも遠からず、という感じね」

「何故?」

「だって、昨夜は私もそれなりに頑張ったもの。これで水準に達していないと言われたら、兵や付き人が殺められても平気な顔をしている冷酷王女ということになるじゃない?」

「わざと意地の悪い皮肉を言う辺りは、腹黒王女ではありそうだな。しかし軽率だった。君の心中は察しているつもりだ、すまない」

「別に、謝ってほしいわけじゃないわよ……」



 素直に下げられた最敬礼に、マリア口ごもった末、ふいとベッド脇の花瓶へ目を逸らす。



「駄目押しに慰めの言葉をかけるならば、既に天恵を授かっている上で、マリア殿下ご自身が気が付いていないという可能性もある」

「気が付いていない?」

「ああ。天恵を発動する感覚は人によって違う。オレのように念じるだけで済むものもあれば、ウェインのように身体の使い方から学ばなければならない性質のものもあるんだ。だから天恵の発現に気付かず過ごしている者もいるだろうよ」

「……そ、残念ね。私が天恵に気付いていたら、手ずからあの男を裁いてやりますのに」

「気持ちは解るが、拳を握るな。傷に障る」



 穏やかな声色に諫められたマリアは、顔を背けたまま「解っておりますわ」と気丈に肩を震わせていた。



「忍耐を強いる無力をお許しいただきたい。必ず、我らオルフェウスの総力を以て、ゼジルを討ちます」

「ええ。あの子たちの無念を晴らしてあげてください」



 マリアの縋る声に、ウェインとセレシアは強く頷いた。

 ゼジルは現在行方をくらましている。しかし奴の目的がオルフェウスの沈没であることを考えれば、遅かれ早かれ、再び姿を現すのだろうとウェインたちは踏んでいた。



「問題は、ゼジルをどう討つかですね。私の天恵は、魔の霧を直接掃う力があるようで、鎧の奥の本体を引き出すことは出来たのですが……」



 セレシアはスカートの端を握りしめて俯いた。

 あれから何度も、頭の中でシミュレーションを繰り返した。けれど、ゼジルが鎧を外して逃げることを加味して胴を狙う立ち回りをしても、『赤銅の騎士』の剣捌きに防がれてしまう結果にしか至らなかった。

 そもそも、あの兜への一撃自体、不意打ち気味の幸運だったのだから。



「私がもっと強くならなければ……」

「たわけ。誰が一人で戦えと言った」

「た、たわけ……」



 正面からかけられたアッシュの呆れ声に、セレシアは何もそこまで言わなくてもと目を瞬かせた。事実なだけに、反論ができないのが悲しい。



「アッシュ、君とて看過できないぞ」

「君にも言っているんだ、たわけ」



 アッシュはウェインの脛をつま先で軽く小突くと、一度溜め息を吐いた。



「いいか。稲妻はまず夜を照らし、続いて雷鳴が轟く。二つは番なんだ。そしてそれは、遠くで起これば光と音の間隔も遠くなり、近くで起これば、当然近くなる」

「はあ……つまり?」

「稲光と稲妻の発生を限りなく同時に近づけることができれば、光が祓った魔の鎧を、ただちに雷霆で貫くことができるだろう。比翼の鳥や連理の枝に擬えれば、以心のいかづちといったところか」



 貴兄らが巨大魔獣との一戦でやってのけたことだろうと、アッシュはこちらを交互に見て言った。



「黒騎士一人でもなく、獅子王一人でもなく、共に。それが『騎士』を屠る鍵であり、ひいては天恵が悪ではないという証明にもなる」



 後は自分たちで考えろとばかりに手を拍ち合わせて白衣を翻し、部屋の入口へと向かったアッシュは、部屋を出るところで一度振り返った。



「史上初の『騎士』討伐だ。貴兄らの名を歴史に刻んでやれ」



 頬はにいと吊り上げているけれど、瞳は真剣にこちらを射竦めてきている。

 それにセレシアとウェインは、神妙に頷き返すのだった。

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