39.真実の力

 変貌したゼジルの姿に、セレシアは身震いした。



「赤胴の騎士……」



 教会で立ち合った時の感覚が頭の中を埋め尽くす。耳に残る悲鳴。血だまりの臭い。背筋の凍るような光景。

 そして、教会の地下で一人歯を食いしばっていただろう少女。



「貴方が……!!」



 セレシアはスカートを持ち上げ、剣の切っ先を突き入れた。スリットを作るように切り裂き、足が動きやすいような余裕を作る。

 ウェインが駆けつけてくれるまで――いえ、先に打ち倒すつもりでかかる!



「――『星馳電撃せいちでんげき』」

「ほう!?」



 瞬きの間に間合いを詰めて切りかかるセレシアの剣を、赤銅の騎士は感嘆を漏らしながら悠々と受け止めた。



「その太刀筋……貴様が『黒騎士』だったか!!」

「だったら何だと言うんだ!?」

「変わらぬよ。ああ、変わらぬ。粛清するまでだ」

「痴れ者が――『電光刹華でんこうせっか』!!」



 鍔迫り合いで拮抗したところから、セレシアは高速で剣舞を繰り出した。


 光の天恵アーツは、攻防両用の性質を持っていた。

 まず内に滾る太陽の温もりで細胞のすべてが活性化され、身体能力が底上げされる。多少の傷や疲労ならば即座に快復してくれる。

 最高温度に到達したボルテージは、太陽光となって剣に乗り、放たれる。



「闇掃う一閃を受けて、散れ!」

「良い、良いぞ! そうでなくては面白くないな、セレシアぁ!」



 高笑いをしながら、赤銅の騎士は次々と攻撃に合わせてきた。

 セレシアは顔を顰めた。スピードこそこちらが勝っているものの、寸でのところとはいえ防がれてしまうのならば、その優位性はゼロに等しい。



「(ならば、より強く、より速く――!)」



 溜めを引き絞るように剣を引き込み、突き出す。

 しかしその一撃は、翳された籠手によって防がれた。手首のところの継ぎ目へと入り込んだ剣を、赤銅の騎士が腕を捻って捕らえる。



「なっ……!」

「そうだ、その顔だ。威勢に燃える雑魚の顔が凍り付くのは、最上級の肴だよ!」

「きゃああっ!?」



 裏拳の横薙ぎに吹き飛ばされ、セレシアは床を転がった。

 赤銅の騎士は、腕に残った剣を引き抜き、圧し折りながらくつくつと笑う。



「何だ今の悲鳴は。それでは『黒騎士』じゃあなく、ただの王女おんなじゃないか」

「くっ……」

「剣もどうだ。あの時の方が、まだ太刀筋に華があったぞ。付け焼刃の天恵ちからに頼り切った曇りの剣で勝てると思ったか? 私も見くびられたものだな」



 根本から折られた剣の、柄の方を投げてよこされた。



「それを使うといい。偽者の風格、偽者の力……そんなお前には、柄のみの獲物が似合うだろうよ」

「く、っそおおおお!!」



 立ち上がりながら、セレシアは歯噛みした。

 ここから勝てる筋が見当たらない。可能性として、太陽の天恵を拳に乗せることはできるかもしれない。けれどそれまでだ。治癒の力は絶対防御の盾ではないから、射程外から剣で薙がれてしまえばひとたまりもない。


 せめてマリアだけでも守り切る。

 そう、セレシアが腕を拡げ、仁王立ちをした時だった。



「よく立ち上がったわね。けれどごめんなさい、そこに私はいないの」

「「なっ……?」」



 驚愕して振り返ったのは、赤銅の騎士も同じだった。

 いつの間に移動をしていたマリアが、這うようにしてテーブルにもたれかかっている。そこに至るまでの血の筋を見れば、どれだけの苦痛を伴っていたかは明らかだった。



「お姉様、危険ですから動かないでください!」



 セレシアは顔を青ざめさせて叫んだが、マリアはゆっくりと、穏やかな顔で首を振る。



「いやよ。貴女が頑張っているのに、姉の私が何もしないだなんて、サンノエル第一王女の名が廃るわ」

「お姉様……」

「よくお聞きなさいセレシア――そこな下郎もよ」



 きっと引き締めた顔は、まさしく王女の風格があった。それにはさしもの赤銅の騎士も気圧され、憎々しげに唸るばかりである。



「サンノエルの祖は、剣を振るうたびに眩き光を迸らせ、魔獣を掃った。その姿は昇る太陽の如し……故にサンノエル。セレシアの天恵アーツを見て思ったわ。貴女の力はその再臨よ。建国以来の長い歴史を経て蘇った、国そのものたる力! 決して付け焼刃でも、偽者なんかでもないわ!」

「……フッ、戯言を。ならば天は采配をしくじったな!」

「そうかしら? ねえ殿。確かに貴女は正体を隠していたのかもしれない。けれど、心はちゃんと、殿下の傍にあったのではなくて?」

「はい」



 セレシアは頷いた。仮面の裏も、心も、すべて見抜かれていた。けれどそこに残っていたのは、気恥ずかしさや焦燥感ではなく、信頼して見守ってもらっていたという安心だけだった。

 赤銅の騎士が、苛立たしげに鎧を鳴らす。



「これは何の茶番だ? 心の持ちようがどうあれ、それを表に出せていないのであれば臆病者には変わりないだろうよ」

「そうかしら? 『お飾り王女』と言われてもなお、今日この日まで、誰に認められるでもなく研鑽を積んできたことは、これ以上ない『真実ほんもの』の力ではなくって?」

「またも私を愚弄するか! 一人でも姦しいのだな、女という劣等種が!」

「くす……女が三人寄れば姦しくなるのはね、一人でも強い女が、二人いれば無敵だからよ。三人もいれば余裕なの。三人集まってようやく固くなれる男様には解らないかしら?」


 上段に振り被られた剣に、マリアの笑みが映る。


「さあセレシア、受け取りなさい!」



 マリアは、テーブルの上に置いていたケースを赤銅の騎士目掛けて投げた。

 掛け声と視線がちぐはぐのブラフに不意を突かれた赤銅の騎士は、足を止めてケースを迎え打つ。


 叩き砕かれたケースは、さながら産声を上げようとする卵の殻のようで。


 セレシアは手を伸ばし、その奥にあるサンノエルの魂を強く握った。


「『星馳電撃せいちでんげき』!!」

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