◎お正月特別回 ~頬に描いた恋文~◎

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あけましておめでとうございます!

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今回もクリスマスに引き続き、お正月をテーマにしたSSとなります!

ぜひ、お楽しみください!

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 セレシアは柄を握る手に力を籠め直して顔を上げた。つうっと墨を横切って頬を伝う汗が、あごの先から朝露のように落ちていく。


 頼もしい仲間であるスケイルとアヴォイドとで敷いた包囲網。フィーネが見守ってくれる中、その矛先を向けているのは――我らが主、ウェイン・オルフェウスその人である。



「……参ります」

「ああ。どこからでもかかって来い」



 真っ向から見据えてくる強い眼差しに頷き返し、セレシアはを空高く放り投げると、手にしていた羽子板を思い切り振り抜いた。



「せええええいっ!」



 視線の向きと狙う軌道をちぐはぐにしたフェイント、かつ誘導を抜きにしても対応の難しい剛速球。渾身の初太刀だった。

 それは狙い通り、ウェインの肩すれすれを掠めて通り過ぎていく。



「甘い!」



 しかし、瞬きの間に雷に乗ってバックステップを決めたウェインは、羽根を難なく打ち返してきた。

 それも、雷によって羽根の芯であるわずかな金属を震わせて放つ、いしゆみの如き鋭い一撃でだ。



「それを待っていました! アヴォイドさん!」

「はいっ! ――『曼殊写華まんじゅしゃげ』!!」



 すかさず前に出たアヴォイドが羽子板を振り翳すと、今まさにウェインの得物から発射されようとしている羽根の射線上に、天恵アーツによって複製された羽子板が花弁のように展開された。



「ちぃ、小癪な……!」



 必殺の一打を妨害されたウェインは、墜落し行く羽根を拾い上げるように羽子板を伸ばしたが、そこへ悪戯なそよ風が吹き、羽根をふわりと舞い上げた。



「私の風を忘れていただいては困りますね」

「くっ、スケイルか!」



 それでもウェインは打ち返して見せたが、芯を捉えられなかった羽根は、弱々しく打ち上がるだけである。



「お覚悟!」



 セレシアは一気呵成に間合いを詰め、羽根を叩き落とした。

 ついに返しきれず、ウェインが観念したように目を瞑る。



「お見事。完敗だよ」

「やったー! ついにウェイン様に勝ったー!」

「苦節四十三敗……やりましたねセレシア様!」



 ねー、と満面の笑顔を浮かべ、セレシアとアヴォイドはハイタッチを交わした。お互いの顔は、もはや肌の色が見えている部分の方が少ないのではないかという程に墨が塗りたくられている。



「おめでとうございます、セレシア様」

「スケイルさんもナイスアシストでした! 鎌鼬にもああいう使い方があるんですね!」

「ええ、颶風ぐふう風花そよかぜも同じ風ですから」



 謙遜の笑みを浮かべるスケイルも、セレシアたちよりは少ないものの、顔のいたるところに落書きがなされている。



「本当に面白いですね、羽根突き! こんなに熱くなるとは思いませんでした」

「そうだろう? オルフェウス自慢の遊戯なんだ」



 お祝いに駆け寄ってくれたフィーネを、セレシアは両手のタッチで迎える。


 かつてこの国の祖たちが、身を寄せ合って暮らしていた頃。手持ち無沙汰だった束の間の休息を賑やかなものにすべく考案したのが、この『羽根突き』だそうだ。

 はじめは適当に見繕った小石を布で包み、靴の裏で打ち合う形だったものが、時代を経るごとに子供たちも楽しめるように改良されていった。勝負の賭けも金銭から落書きに変わり、今に至る。


 国の興りに倣って、新年のはじめにこの遊戯へ興じるのが、オルフェウスの伝統なのだそうだ。



「それで、兄上にはどんな落書きをするんだい?」

「あ、そうだった。どんなのがいいかな?」

「……お手柔らかに頼む」

「「いやでーす!」」



 ここまで無敗だったウェインの顔に、ようやく墨を入れることができるのだ。気合も入るというもの。

 何かを思いついたらしいフィーネがちょいちょいと手招いてくるのに、顔を寄せる。



「(巷で流行っている『はあと』という紋様はどうかな?)」

「(はあと?)」

「(どうも心の臓を象ったものみたいでさ。『私の心は貴方のものです』という意味があるらしいんだよ)」



 指先で宙に小さく描かれたマークに、セレシアは「へえ!」と感嘆を漏らした。



「決まりました!」



 いそいそと振り返り、メイから筆を受け取ってウェインへと迫る。

 彼のほっぺたに実際に描いてみると、想像していた以上に可愛らしかった。

 念願叶った瞬間に、アヴォイドがウェインを指差して腹を抱える。



「あっははははは! 殿下の顔に、殿下の顔に!」

「こらアヴォイド、あまり笑うと後が怖いですよ……くくっ」



 スケイルも口では諫めてこそいるものの、堪えきれずに顔を背けて肩を震わせている。

 それだけ、ウェインの顔に墨が付いているということが珍事なのだ。聞けば、ここ十年近くは一度も負けたことがないのだそう。



「……そんなに奇妙なものを描いたのか?」

「えー? そんなことはありませんよ」



 つられ笑いをしながらでは説得力もないけれど、セレシアは手を払って否定をした。

 だって、奇妙な要素なんてどこにもないから。


 面と向かって伝えるのは気恥ずかしいけれど、その分、一筆にたくさん心を込めて描かせていただいた。だからこそ、彼から見えない位置だとは解っていても、気付かれずに戸惑われるのもなんだか癪で。



「今年もよろしくお願いします、ウェイン様」



 描いたハートの真ん中目がけて背伸びをし、そっと接吻ヒントを残した。



「あっははは、殿下の顔真っ赤~!!」

「おおう、義姉上、やるぅ!」



 彼が後で鏡を見るのが、今から楽しみだ。

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