24.お見舞いは突然に

 剣と剣がかち合う鋭い音に、屋根の上でひなたぼっこをしていた鳥たちが飛び上がった。

 セレシアは膝の力を抜いて重心を落とし、体を回転させた勢いを剣に乗せて切り上げる。



「はあっ!」



 しかしその一閃は、待ち構えていたウェインの剣によって根元から押さえ込まれてしまった。

 視線の交わったところに火花が散る。見つめ合う時とはまた違う熱が、心の奥から湧き上がってくる。



「(――楽しい!)」



 ギリギリと上から押さえ込んでくる力は、まるで魔獣が牙を立ててきたかのよう。当然そこには、女が相手だからと手を抜くなんていう的外れの優しさは微塵もない。

 己の未熟を思い知らされるということが嬉しいだなんて。我ながら、さすが『お飾り王女』は変わり者だと、内心で苦笑する。



「もう、終わりか?」

「いいえ、まだまだ!」



 押さえ込んでくる剣は、ちょっとやそっとじゃびくともしない。けれどそれは、言い換えれば不動の柱でもある。

 セレシアは押し返す自分の剣を軸に、逆上がりのように蹴り上げた。

 ウェインの端正な顔を容赦なく蹴り抜くハイキック。しかしそれも、首の一捻りで容易く躱されてしまう。



「(けれど、それは承知の上!)」



 剣の腕が熟達しているが故に、ウェインは敵の攻撃を最小限の挙動でいなす。それは長所であり――同時に欠点だ。


 セレシアは空振りした足を引き戻すと、丸めた土踏まずをウェインの肩にかけ、飛び上がった。

 振り返りざまに、斜めに断ち切る一閃。縦の振りではないから横に避けても間に合わず、横の振りではないから、頭を低くしても躱せない。



「取りました!」



 快哉を叫んだセレシアは、そこで目を疑った。



「(ウェイン様が、いない……?)」

「幾重にも重ねた陽動、見事だ」

「後ろ――っ!?」



 雷を纏い、こちらよりもさらに高くへと跳び上がっていたウェインを見るや否や、セレシアは無我夢中で腕を持ち上げ、剣を体に添わせるように立てた防御の姿勢を取った。

 間髪入れずに襲ってきた重い衝撃に吹き飛ばされ、訓練場の地面を滑る。何度も足を蹴りつけるようにして勢いを殺したところで、ようやく止まってくれた。


 壁まで激突しなかったことへの安堵と、またも及ばなかった無念とで、セレシアはどっと息を肩を落とす。



「また負けたあ……」

「気落ちすることはない。俺の方こそ『また迫られた』と身の引き締まる思いだ」



 剣を納めたウェインがやってきて、タオルと水筒を差し出してくれた。

 それを受け取りながら、セレシアはいじけたように唇をすぼませる。



「さっきのは行けたと思ったんですけどね」

「ああ。さすがに天恵アーツを使わなければ危なかった」

「そう、それですよ! パッと消えてしまうんですから。ウェイン様も何か技名作ってみませんか?」

「君の魂胆は見えている。それを合図に対処しようとしているんだろう?」

「ちぇ、バレましたか」



 でもカッコいいと思うんですよとねだってみたけれど、ウェインは笑って流すばかりで取り合ってはくれなかった。

 二人で必殺技! みたいなことができれば、気分も高揚すると思うのだけれど。

 正面に回り込んでは逃げられるのを繰り返していると、くすくすと笑い声がかけられる。



「殺気を向け合ったかと思えば、今度は初めての恋人を得た学徒のようにじゃれ合って……お二人を見ていると飽きませんね」

「スケイルさん!」



 セレシアが名を呼ぶと、スケイルは穏やかに頬を緩めて会釈を返してくる。



「殿下、セレシア様。今しがた、先触れの者が到着しました」

「そうか。すぐに向かおう」

「先触れ……ですか?」



 首を傾げるセレシアへ、ウェインは答える代わりに「君も支度を」とだけ告げるのだった。






   *   *   *   *   *






 汗を流し、お化粧を整えたセレシアは、ウェインとともに馬車に乗った。向かうのはどうやら西門の方らしい。



「先日の大規模な魔の霧襲撃を聞きつけて、サンノエルの使者が見舞いに来てくれたらしい」

「なるほど、それで私も」

「ああ。君の無事を見せれば、サンノエルも安心できるだろう」

「……だと、いいんですけどね」



 目を逸らす。脳裏に浮かぶのは、母と兄、そして姉たちの高笑いだ。父ならば心配をしてくれるかもしれないけれど、母たちが気にかけていることがあるとすれば、ちゃんと妻としての役目を果たしているかどうかの方だ。



「(絶対に見せらんないよね……)」



 せめて使者の前ではそれらしく振る舞おう。深呼吸をして、自分に言い聞かせる。

 ウェインの話では、出迎えの際に顔を見せさえすれば付きっ切りになる必要はないそうだから、使者が帰るまでの数日間、大人しくしていれば凌げそうだ。

 そんなことを考えているうちに、門の外で待っていた馬車が見えてきた。



「オルフェウス第二王子、ウェインだ。遠路遥々痛み入る。待たせてしまっただろうか」



 馬車を下りて、ウェインが声をかける。そこでセレシアは、違和感に気付いた。



「使者の方は……?」



 馬車の傍に控えている護衛の兵士は見て取れるけれど、使者らしき人物が見当たらない。交流を繋げた隣国へと遣わすのだから、さすがにセレシアも面識のある貴族の誰かであるはずなのだけれど。

 そんな疑問への答えは、すぐに明らかになった。



「王太子殿下直々に出迎えていただき、恐縮でございます。申し訳ありません、念のために中で待機しておりましたの」



 先方の馬車から降りてくる、鈴の音が鳴るような艶やかな声に、セレシアの頬が引き攣っていく。



「お初にお目にかかりますわ、ウェイン殿下」

「ま、ままっ……」

「サンノエル第一王女――マリア・サンノエルと申します」

「ままま、マリアお姉様ぁ!?」



 予想だにしていなかった使者の姿に、セレシアは唖然と背筋を強張らせた。

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