★X'mas特別回 ~生誕祭の贈り物~★
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メリークリスマス!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回のエピソードは、更新中の本編より少し未来のお話となります。
ネタバレが発生しないよう努めておりますが、ご了承ください。
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息を潜め、足音を殺す。通りを行き交う人々の喧騒の中を、セレシアは重心を気持ち低めに保ちながら、滑るように縫い歩いていた。
口元まですっぽりとマフラーで隠せば、気分はすっかり諜報員。かつて冷たい月光に隠れて夜を駆けていた『黒騎士』の今回の任務は、明るい寒空の下で「密売」をすることだ。
耳を澄ませば、色とりどりの想いたちが、風に乗って聴こえてくる。
「ちょうどソファを買い替えたいと思っていたんだよね」
「ディナーに誘ってくれるの? 嬉しい!」
「祖父に、懐中時計を贈りたいと考えているんですけど……」
そんな声の中に、「帰ったら『黒騎士』ごっこをしようね!」なんて無邪気な男の子の声がして、思わず頬が緩む。
「(嬉しいなあ、後継者が出来たみたい!)」
がんばれ! と内心でエールを送り、少し軽くなった足取りで先を急ぐ。
今日は、オルフェウスの生誕祭。またの名を――『家族の日』。
かつて、他人同士だった者たちが戦友となり、そして家族となった建国の日を記念し、その願いにあやかるように、人々が家族団欒の時間を過ごすのだという。
そして、親愛なる人へ贈り物をする日でもあった。
「(何にしようかなあ……)」
スケイルに教えてもらった話によれば、贈り物は基本的に、家庭にまつわるものを選ぶそうだ。家具や衣服、あるいは新たな家族としてペットを迎える人もあるのだとか。
若人の間では、本やお菓子を贈り合い、パートナーとゆったりした時間を過ごすことを重視するのが流行とのこと。
「(でも、せっかくの初生誕祭なのだし。お屋敷で使うものがいいなあ)」
とはいっても、家具や寝具なんて、ウェイン邸には上等なものが揃っている。今さら何かを買い足したとしても、無用の長物に終わりそうなのが怖い。
ならば壁掛けの絵画か、花を生ける花瓶か……骨董品店や花屋の店先を眺めながら、セレシアはむうと唸った。
「ねえねえ、色違いでお揃いのものを着てみない?」
ふと、服屋から聞こえた声に足を止める。
恋人だろうか。そこには彼女さんからシャツを翳されて、気恥ずかしそうにしている彼氏さんがいた。
「二人でお揃い、かあ……」
ぼんやりと浮かんだ思い付きに踵を返す。向かったのは、先ほど通り過ぎた骨董品店だ。
お目当てのものは絵画――ではなく、反対の壁際に並べられている食器類。
「(朝夕の食事は一緒に摂るわけだし。こういう『お揃い』でもいいよね?)」
お屋敷の食器に不満があるわけではない……けれど。随分と薄れてきてはいるものの、まだどこか、他所様の家の高級品を手にしている時の気の抜けない居心地の悪さがあった。
サンノエルにいた頃はそういう気兼ねを全くしていなかったことを思えば、改めて、オルフェウスに嫁いできたんだなあと、くすぐったい感情が首をもたげる。
「あ、これ素敵……」
縁の四方に獅子と剣が描かれた皿が目に入った。美しさや他の家具との調和でいえば、隣の
直感的に、これしかないと思った。
「……あっ」
皿を取ろうとした手が、反対から伸びてきた手と触れてしまう。
「すみません、周りを見ていなくって」
「こちらこそ。以前見かけて気になっていたものだから、つい真っ直ぐ――」
視線が交錯した二人は、同時に目を丸くした。
「セレシア……どうしてここへ」
「ウェイン様こそ。式典があったのでは?」
「もう済んだよ。主だった家臣を集めた簡易的なものだったからな。生誕祭は、オルフェウスに住むすべての者のためにある。国が仕切ってはならないんだ」
ウェインは振り返り、肩越しに町の人々の笑顔を眺めて目を細くする。
建国してすぐの、まだ人が少なかった頃には、全員で贈り物を交換し合っていたそうだ。そうやって人の数だけ、年月を経るごとに物が増えていき、少しずつ大きくなっていったのが、オルフェウスという国なのだ。
「あの、ウェイン様。先ほど、以前見かけていたと仰っていましたが……?」
訊ねると、ウェインは隠し事がバレたような、はにかみ混じりの苦笑を返した。
「俺と君とで使えるものをと思ってな」
「私もです。『獅子王』と『黒騎士』が並んでいるみたいだなって」
「ああ。俺もそう感じていた」
想いを馳せるように、睫毛の奥から優しい瞳が覗く。
「しかし困ったな。君が選ぼうとしてくれたものを掠め取るわけにはいかない。かといって、君に買わせるわけにもいかない」
「私の出費なら、お気になさらずともいいんですよ? ちゃんとお給金をいただいていますし」
ウェインの部隊に入るようになってからというもの、セレシア――もといセレスは騎士としての仕事をしているとみなされ、国から報酬を貰っていた。名義が違うのは、ガイウス王が反対するのは目に見えているという理由からだ。
「そういうわけではない。先に目をつけていたのは俺だから、譲れないだけだ」
「む。それなら私だって、今しがた運命的な出会いをしたんですけど?」
イジワルに向けてくる挑発的な視線に、セレシアも意地っ張りに唇をすぼめて対抗する。
けれどすぐに堪えきれなくなって、どちらからともなく笑い出した。
「では、こういうのはどうでしょう。このお皿は、二人で選んだことにするんです」
「二人で?」
「はい。お互いへの贈り物は、これから改めて探しませんか?」
「――――ああ。それは妙案だな」
ウェインは皿を手に取り、もう一方の手でセレシアの手を引いてくれた。
待たせていたウェインの馬車には、礼を言って引き揚げてもらうことにした。
それを見送ったところで、セレシアは視界の上の方で何かがちらついたのに気付いて、空を仰いだ。
「あっ、雪……」
舞い降りてきた白い粒は、蜜を求める蝶のように風に揺られてから、ふわりとセレシアの鼻先にとまる。
そのひとひらを皮切りに、雪の華がひらり、またひらりと降り注ぎはじめた。
「冷え込むとは思っていたが。この様子だと、夜には雪化粧が見られそうだな」
そっとコートを肩にかけてくれながら、ウェインも空を見上げて、同じように微笑む。
「さっそく今夜、この皿で温かいものを食べよう」
「はい、ぜひ!」
国を守護する者として遠く未来を見つめる彼の速度についていくのは、中々大変なことだけれど。
彼と同じ景色を見るために。
来年もまた、こうして穏やかに過ごすために。
セレシアはウェインの肩に頬を寄せ、繋いだ手にきゅっと力を籠めた。
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