23.オルフェウスの呪縛
「オルフェウス家の女性には、代々鎮めの
どうりで。セレシアは腑に落ちた。
オルフェウスに王女という肩書が存在せず、王族の女系がみな聖女と呼ばれることは聞き知っていたけれど、あの日の聖歌隊で独唱をする姿に、それもお役目のうちなのかと不思議には思っていたからだ。
「それが、フィーネちゃんがここにいることに繋がるんですか?」
セレシアが訊ねると、ウェインは言葉を探す様に唇を閉じた。そこへ代わりに、肩を竦めたフィーネの自嘲気味な笑みが差し込まれる。
「代償――いやさ、呪いと言ってもいいかもしれないね」
「呪い?」
「歌で
彼らが少しでも安らかに逝けるようにね。そう言って、フィーネはクッキーを齧る。
「そんな……それを止めることはできないの?」
「そいつは難しいね。大難を中難に、中難を小難に……しかし、無難にはできない。さすがに人を不死にするなんて芸当は、
「さらに、『騎士』の出現によって激化しているのが現状だ」
ウェインは沈痛な面持ちで、瞳に炎を燃やしている。
「本来、聖女の加護により、魔獣は城内に侵入できないはずなんだ」
「けれど、『騎士』が率いればその限りではない……?」
セレシアの問いには、肯定の頷きが返された。
それは何て残酷なことだろうと、スカートの端を握りしめる。
――あたしがオルフェウス家に生まれた女だから勝手ができるってのもあるが……。
フィーネが受ける痛みがどれほどのものか想像も付かないけれど、それは確実に、無垢な少女にあのような目をさせてしまうほどには、鋭い茨のはずだ。
「オルフェウスの民を脅かす魔の霧を、一刻も早く祓わなければ」
それは、若き王太子を、修羅の『獅子王』へと駆り立ててしまうもので。
セレシアは顔を上げる。自分の抱えてきた
「逸っても、事を仕損じるだけだぞ兄上。どうせまた、ろくに寝ていないんだろう?」
「解っている。しかし、あの夜の奴らの動きが、この教会……ひいては
彼の――いえ、これから自分の家族にもなるオルフェウスの人々を守護せしめることが叶うのならば。
私は今より、ウェイン・オルフェウスの剣になろう。
「取り合えず、あたしの体のことは気にするなって。肩が凝って仕方がない程度なんだから」
「医者は?」
「むーりむり。原因が体でも心でもないんだから、赤いトマトも真っ青さ」
「あ、あのっ!」
気が付けば、声を上げていた。
「そういうことでしたら、おすすめがありますよ! 脱力体操!」
「脱力……」
「……体操?」
「(あ、あれっ……?)」
目を丸くした二人の視線で、セレシアはさあっと頭が冷えていくと同時に、元々は何と言おうとしたのか見失った焦燥感で、ぐるぐると目を回した。
「(いや、ウェイン様もここのところお疲れの様子だし、間違ってはないわよね? うん)」
ええいままよと、下げかけた手にぐっと力を込めて押し止める。
「私が剣を振るった後によくやるんですけど、これをやると体の力みが抜けて、ぐっすり眠れるようになるんですよ!」
「ああ、やっぱり義姉上は剣の達人だったのか」
「あ˝っ……」
伝えてはいなかったのですかとアイコンタクトでウェインに問うと、気まずそうな頷きが返ってくる。
「(あああ、やらかしたあ!?)」
セレシアは頭を抱えて蹲った。
あれだけ隠そうと躍起になっていたのに、すっかり油断していた。フィーネ相手だったからいいものの、これが以前ウェインに敵意を向けていたゼジルらのような者が相手ならば大失態だ。
「ぷっ、あははははははっ! やっぱり面白いな、義姉上は」
「ダメな王女でごめんなさいぃ……!」
呻きながら丸くなっていく肩は、小さな手に止められた。
「ほら義姉上、座ってないで早く教えてくれ」
「えっ?」
「脱力体操。教えてくれるんだろう?」
急かすように手を引かれて、ウェインとフィーネの間に立つような位置についた。
左右から向けられる期待の眼差しに、深呼吸をする。
「で、では僭越ながら。まず指先から順に力を抜いていきます――」
この日、地下室で王太子・王太子妃・聖女が行っていた、体をぐねぐねと動かす謎の舞踊は、後に教会の信徒たちを中心にじわじわと広まり、町の密かな流行となったとか、ならなかったとか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます