22.オルフェウスの加護
君さえ良ければ、持って行ってもいいだろうか。
悪戦苦闘だったお菓子作りの模様を話すと、ウェインはそう言って、後でセレシアが自分で少しずつ消化しようとしていた失敗作たちを欲しがった。
「失敗したというほど悪いものではないな。もっと焦げたりしているものと聞いたが」
「……そっちはさすがに、処分していただきました」
苦笑いを浮かべながら、セレシアは無事な中でもとりわけ色の悪いものを弾き、残りをウェインに差し出す。
彼はそれをさらに二つに分けると、半分を先刻の包みに混ぜ、もう半分を新しい袋で包んだ。
「(誰かに渡すのかな……?)」
けれど別段、贈り物として機能するような代物とは思えない。それなら、行きがけにお店で買い付けた方がずっといいはずだ。
シンプルながら上等な素材の包みからは、相手の性別も見えてこない。
「これから時間は?」
「ええ、特に何もありませんけど……」
どうやら自分も同伴することになるらしいと気付き、セレシアは目を瞬かせた。
一度自室に戻り、鏡台に映した髪を梳る。正装をする必要はないと彼は言っていたけれど、本当に誰に会いに行くのだろうか。
外に出ると、先に待っていてくれたウェインの微笑みが振り返った。
彼が手配してくれていた馬車に乗り、揺られる。その間、訪ね先を聞いても、今にわかるとはぐらかされるだけだった。
やがて馬車が止まったのは、教会の前だった。
「もしかして、避難されている方は、まだ……?」
ウェインが差し出してくれた手を支えに下りながら、おずおずと訊ねる。
「いいや、どうにか皆、一先ず家に帰ることはできたよ」
「では、一体誰に……?」
「こっちだ」
ウェインの先導に続いて、教会の中へ入る。神父たちに軽く挨拶をして、彼が向かったのは地下だった。
ランタンの灯された幅の広い石階段を下りていくと、間もなく扉が見えてきた。暗い空間には似つかわしくない豪奢な扉の前には、修道女が二人、番兵のように立っている。
修道女たちは、ウェインが現れたことに動揺することもなく、静かに一礼して、扉を開けてくれた。
「具合はどうだ」
声をかけながら、ウェインが中に入っていく。
部屋の奥は、壁一面が祭壇になっていた。柱のように両側へ立つ聖母像が、灯りにゆらゆらと照らされている。
祭壇の前に膝を突いていた、見覚えのある後ろ姿の少女が、振り返った。
「来なくてもいいと言ったのに。優しいねえ、兄上は」
「フィーネちゃん……?」
「ああ、義姉上も一緒だったか。何もお構いができないが、どうぞ上がってくれ」
フィーネの頬は、少しやつれたようだった。のそりと立ち上がると、彼女は足を引きずるように部屋の隅に置かれたベッドへと向かい、そこへ大きく息を吐いて腰かけた。
「クッキーを持ってきた。セレシアが焼いてくれたものの、御裾分けだ」
「本当に、いいのかい?」
パッと向けてくる明るい顔に、セレシアが頷き返すと、フィーネはいそいそと包みを開けて頬張り、目を瞑って足踏みをした。
「ん~美味い! 生き返るようだ」
「縁起でもない、やめてくれ」
「わかったよ。あ、けど兄上はお説教だからな。食べてみてわかったが、こりゃあ義姉上が兄上に作ったものだろう。それを他人に分けるなんて、莫迦か」
小さな手のひらでウェインの腕をぺしぺしと叩きながら、フィーネはもう一方の手で器用に二枚目を口に放る。
「大丈夫だよフィーネちゃん。私の方こそ、失敗作を押し付けたみたいで申し訳ないくらいだし」
「義姉上がそう言うんなら、あたしからは何も言えないが……とりあえずもう一発殴らせろ兄上」
「……すまないセレシア。浅慮だった」
「ウェイン様もお気になさらずに!」
手を払って彼を宥める。妹に叱られては、さしもの獅子王もたじたじのようだ。
「それにしても、フィーネちゃんはどうしてここに? 邸宅は別にあるんですよね?」
「ああ。このことについて、君にも伝えておこうと思ってな」
食べることに集中してか、満面の笑顔で次々にクッキーを口へ運んでいるフィーネを一瞥すると、ウェインは口を開いた。
「オルフェウスの兵が、魔獣と日々戦っているのは知っての通りだろう」
「はい。ここははじめての魔の霧が発生した土地であり、他の国と比較しても、交戦の頻度は頭一つ抜けていると」
「その通りだ。そんな中、魔獣に圧し潰されずに戦線を張れているのは、フィーネ――ひいては、オルフェウスの聖女の力があるからなんだ」
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