19.奥様の天恵
魔の霧襲撃から数日が明けて、ようやく町も日常を取り戻し始めたのどかな朝。
久しぶりに朝の調練が行われると聞きつけたセレシアは、ウェインに参加を申し出ていた。
「参ります」
「はい。いつでもどうぞ」
兵士たちの見守る中、アヴォイドと向かい合う。
仮面を付けず、髪も自然体のままだけれど、黒騎士の装束は変わらないまま。それが、あの日からたくさん悩んで導き出した、自分なりの在り方だった。
自分をさらけ出すことと『黒騎士』と決別することはイコールじゃない。そこを履き違えては、ありのままを受け入れてくれたウェインの隣には立てないと思ったから。
セレシアは鋭く呼気を吐き、地を蹴った。
アヴォイドの得物は、身幅の狭い剣。
しかし、魔獣の胴回りは太く、まして『騎士』も現れているというオルフェウスの状況下にあって、わざわざ剣を軽くするとも思えない。
「(何か手があるのかしら……けど!)」
考えていても仕方がない。セレシアは靴の土を払うような軽快なステップで不安を置き去りにすると、剣を腰元へと引きつけた。
「押し通ります! 『
「――っ!?」
アヴォイドの目がわずかに見開かれた。しかしその一瞬では詰め切れず、すぐに集中を取り戻した彼に防がれてしまう。
「おおっと、中々速い剣筋ですね~」
「防がれましたけど、ねっ!」
すぐさま二の太刀を放つ。先の一合によって、アヴォイドの剣は弾きあげられている。それを一瞥しながら、セレシアはさらに加速した。
今度こそ、懐へと潜り込む!
「そこは危ないですよ、奥様」
「何を……わわっ!?」
不意に目の前に現れた剣を慌てて躱し、間合いを切る。
そこで戦況を理解したセレシアは、あっと声を上げた。
「剣が、二振りに……?」
アヴォイドの右手に携えられた剣はそのままに、空中に剣が現れている。
彼はそれを左手に握ると、手首同士を合わせるように拍手を送ってきた。
「さすがです。初見では皆さん引っかかるんですけどね~。躱されたのは、殿下とスケイルさん、アッシュベルト公……そして奥様。四人目ですよ」
「あ、ありがとうございます……?」
剣のことで褒められたのは初めてで、どう答えていいものか戸惑ったセレシアは、ぎこちなくお辞儀を返した。周囲の兵士たちもざわざわと褒めそやしてくれているのが気恥ずかしい。
「今のが、アヴォイドさんの
「はい。僕の力は『複製』です。何故か武器限定なんですが……こんな風に、触れている得物を増やすことができるんですよ~」
「へええ……!」
手品師のようにポンポンと剣を増やしてみせるアヴォイドに、セレシアは感嘆を漏らす。
「もちろん、無尽蔵にとはいきません。いっぱい食べていっぱい寝て、万全の状態でも十で打ち止めといったところでしょうか」
「ああ、だから細身の剣なんだ……」
「その通り! いやあ、本当すごいですね。飲み込みも早いなんて。――殿下ぁ! 奥様を指揮官にして僕を降格とかナシですからね!?」
兵士たちとともに観戦していたウェインは、大袈裟な身振りで泣きつくアヴォイドに笑みを返す。
「安心しろ、お前は六番隊に必要な存在だ。それに、セレシアを俺の傍から手放すつもりはない」
「ウェイン様っ!?」
不意打ちの一言に、セレシアは飛び上がった。周囲の兵士たちからも「おお!」と羨望の拍手が送られて、どんどん顔が熱くなる。冷やかしならば幾分か落ち着けたのに。
何故そのような眼差しを向けられているのか、ウェインだけが理解できないといった様子で目を瞬かせている。
そんな彼に、困ったような呆れたような顔で、スケイルがフォローを入れてくれた。
「殿下。仲睦まじいのは大変喜ばしいのですが、兵の手前、言葉は選ばれた方がよろしいかと」
「……? セレシアの配属は四番隊だと告げただけだろう」
「ふふっ、初めからそのように仰ればいいのですよ」
「…………?」
いまいちピンと来ていないらしいウェインに、四方八方から「朴念仁!」「女たらし!」「鈍感!」「殿下のバカ!」と野次が飛ぶ。最後の「バカ」はアヴォイドのもので、すぐさまウェインに睨み返された彼は、逃げるように明後日の方を向き、咳払いをした。
「は、話を戻しましょうか~。ところでさっき、違和感があったんですけど」
そう切り出したアヴォイドに、セレシアは姿勢を直した。
「さっき奥様が技を放った際、特に何かが起こったようには見受けられなかったのですが……奥様の
「あー、ええと……私、持ってないんですよ、
セレシアが白状すると、ウェインを冷やかしていた視線が一斉にこちらを向いた。
すうっと、場を静寂が支配する。
「で、では……先ほどの技は?」
「気合、ですね。何かこう、そういうのを作った方が気分が乗るので……」
「じゃあ、
「ええと、はい。そうなりますね……?」
次の瞬間、一斉に上がった驚愕の声によって青空が揺れた。
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