17.看破られた仮面

 ウェインは雷を乗せた剣を払い、赤銅の騎士の鎧と競り合った。その雄々しい姿は、さながら鉄門を穿つ破城槌のよう。



「おのれ、獅子王!」



 赤銅の騎士が咆哮した。剣で反撃しようにも、ウェインから迸る稲妻に阻まれているようだ。

 圧し負けた足が、ずるずると地面に筋を作っていく。



「いつの間に戻って来たのだ!」

「切り結ぶ最中によく回る舌だ。貴様と戯れ合うつもりはない!」



 ウェインの攻勢を傍から見ていたセレシアは、違和感に目を細めた。

 赤銅の騎士は今もなお後退を余儀なくされている。稲妻が全身を駆け巡っているのか、鎧がガチガチと痙攣するように鳴っている。

 そのはずなのに。そこから先の変化が見られない。



「ウェインさま――殿下!」



 セレシアは叫んだ。



「その者、おそらく肉体がありません! 剣で貫いても手応えがございませんでした!」

「何……?」



 ウェインの視線が、騎士の腹部に取り残された剣に注がれる。



「そうか、委細承知した!」



 彼は頷き、騎士の鎧を蹴って跳躍した。

 そこから大気中の水分を雷で叩きつけるように、バチン、バチンと二度跳ね返ると、体を一回転させて、突き立ったままの剣の柄へと蹴りを叩き込む。



「ぬ、おおおおおおお!?」



 鎧の内部へと直接雷を流し込まれた赤銅の騎士は、たまらず吹き飛んだ。

 堅牢だった鎧は内側から爆ぜて捲れ上がり、熱した鉄のように赤く爛れている。



「ぐ……おのれ、忌々しい獅子王めが」



 半身が欠けているというのにも拘らず、赤銅の騎士の意識は健在だった。



「躰が無くては止む無し。再び相見えようぞ、獅子王! 黒騎士ィ!」

「逃がすか!」



 ウェインが素早く切りかかるが、しかし、剣は騎士を包んだ魔の霧を空しく横切るのみ。

 くつくつと不遜な笑い声を残して、赤銅の騎士は姿を消してしまった。



「……仕留めきれなかったか」



 無念を抱えるように、ウェインは静かに剣を納める。ただそれもわずかの間だけで、彼が顔を上げた時にはもう、上に立つ者の表情に戻っていた。



「これより、ここを避難所とする。動ける者は、魔獣の残党に留意しつつ、民の避難を頼む! 必ず三人以上固まって動け!」

「はっ!」



 防衛線を敷いていた兵士たちに指示を飛ばすと、次いで教会の神父を呼び寄せ、食料等の手配を依頼した。



「フィーネは?」

「奥の間にて、じっと耐えておいでです」

「そうか……苦労をかける」



 何某か小声でやり取りをしてから最後に一礼をして振り返ったウェインは、周囲に視線を巡らせ――やがて、こっそり逃げようとしていたセレシアの背中を捉えた。



「黒騎士殿!」

「は、はい何でございましょう!」



 ぎくりと背筋を伸ばし、セレシアは観念して振り返る。その辺の悪漢ならいざ知らず、ウェイン相手に逃げ果せるのは不可能だろう。



「まさか『サンノエルの黒騎士』が、オルフェウスにいらしていたとは。皆を守ってくれたこと、感謝する」

「滅相もございません。私では力及ばず……」

「謙遜を。貴公が剣を突き立ててくれていなければ。かの騎士の性質を助言してくれていなければ。ここに俺の躯が転がっていても不思議ではなかった」

「殿下……恐縮です」

「改めて。ウェイン・オルフェウスだ。貴公に会えたこと、光栄に――」 



 握手を求めて手を差し出してきた彼は、言葉を失ったように目を瞬かせた。



「なるほど、セレシアだったのか」

「ななな、何のことでございましょう!?」



 セレシアは声をひっくり返して後ずさった。仮面は外れていない。髪も結っている。さらしこそ巻く時間はなかったけれど、コートはある程度ゆったりとしているから、体のラインで性別がバレたりしたとは思えなかった。

 咄嗟に脳味噌をぶん回し、この場を凌ぐ言い訳を考える。



「わ、私の名はです! セレシアなんて方は存じ上げませんが?」

「俺が君を見間違えるはずがないだろう。それに、国の第三王女の名を知らぬとは、さすがに無理があるとは思わないか」

「ぐっ……」



 付け焼刃の口八丁は、あっという間に崩されてしまった。



「ちなみに、どこでお判りになったんですか……?」

「今しがた、改めて君の顔と立ち姿を見た時だ。仮面の奥に覗く澄んだ瞳に、その芯の通った立ち姿。髪も結い上げてこそいるが、燃えるような美しい赤は隠せていないな」

「そんな……今まで一度もバレたことないのに」



 肩を落とすセレシアに、ウェインは呆れたように嘆息をした。



「気をつけて帰れよ」

「えっ……?」

「何か事情があるんだろう? それを聞いてやりたいが、俺はしばらく帰れそうにない。先に戻っていてくれ」



 彼は柔らかく微笑むと、「ああ、それから」と何か思い出したように一歩距離を詰めてくる。

 頬へと伸びてきた手に、勝手をしたことを叱り飛ばされると思ったセレシアは、首を竦めて身構えた。



「本当に、よく繋いでくれた。ありがとう」

「――っ!?」



 手のひらで頭を抱き寄せるようにしてかけられた、思いがけない吐息。


 それは、ずっと欲しかったもので。


 セレシアのはっと見開いた目の奥から、じわりと熱いものが込み上げて来て、こぼれた一掬の雫が仮面の縁に隠れた。

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