15.黒と赤銅
「(教会って……フィーネちゃんが危ない!)」
セレシアは歯噛みした。兵士が口にした三番隊とは、クラーク殿下の指揮下にある部隊のこと。一から三番隊があり、ウェインの指揮下に四から六、アッシュベルト公の下に七から九と振り分けられ、三位一体の運用がなされていた。
とはいえ、隊の数字は力量の多寡を表すものではないはず。一隊丸々打ち破られたというのは、にわかには信じられなかった。
「その『騎士』というのは、一体……?」
「はっ、近年確認され始めた、魔の霧とともに現れる鎧騎士のことでございます」
「待って、魔の霧から人が現れたっていうの!?」
「はい。ただし全身を鎧で覆っているため、素性までは判りません……現在では、『人型の魔獣』と考えられています」
「そう……。わかりました、引き留めてごめんなさい。貴方は然るべきところに連絡をお願いします」
「はっ!」
兵士が駆け出すのを見るともなく、セレシアもまた踵を返し、屋敷に飛び込んだ。いてもたってもいられなかった。一刻も早く、往かなければ――!
自室に戻り、クローゼットの扉を叩き開ける。色とりどりの衣服に隠したトランクを引っ張り出し、ベッドの上で開いた。
中には、『サンノエルの黒騎士』が纏う衣装が一色詰められている。
「姫様、まさか……」
追って来たメイの顔は、すべてを察して青白くなっている。
セレシアは背中の紐を緩めながら、小さく頷いた。
「そのまさか。ごめん、ちょっと下を押さえててくれる?」
「は、はい……!」
押さえてもらったスカートから足を抜きつつ、手早く髪を結い上げて、コルセットはその辺りに放る。
何日かぶりに羽織ったコートに、気持ちが引き締まる。
「本当に行かれてしまうのですか?」
「もちろん。ウェイン様が戻って来るまでの間、フィーネちゃんたちを守らなきゃ」
「剣はどうするおつもりですか」
「現地調達! 留守番お願いね!」
窓を開けて、セレシアは夜の闇に飛び出した。
* * * * *
屋根伝いに町を駆け抜けたセレシアは、漂ってきた血の匂いに気付いて屋根を下りた。
「……酷い」
凄惨な光景に顔を顰める。地に伏しているのは、兵士、民間人問わず。足を踏み出せば、ぴちゃりと血だまりに触れた。
ほとんどは魔獣の爪や牙による歪な裂かれ方をしているものの、いくつかは何か鋭利なものに叩き切られたような傷口が見受けられる。
「(例の『騎士』か)」
母親に抱き締められたまま、もろとも斬られただろう子供の、恐怖に見開かれた目を閉じてやる。傍には守ろうとしてくれたのだろうか、親子に手を伸ばす様にして息絶えた兵士がいた。
「貴方の想い、お借りします」
剣を拝借し、通り全体を見渡せる位置で十字を切ってから、足を蹴った。
血の匂いが濃くなる方を目指し、耳を澄ませる。潜める息、すすり泣く声……足を止めてあげたいのを堪え、さらに奥へ。
辛うじて命を取り留めた者の唸り声と、彼ら彼女らへかけられる励ましや慰め。
そして――悲鳴と怒号。
「見つけた!」
家と家の間の細い抜け道を、壁を蹴るように駆け抜け、隣の通りへ躍り出る。
セレシアは眼前に、まず二体の魔獣を捉えた。その向こう側にも、さらに数体の魔獣が蠢いている。
「一息で抜ける! ――『
剣を逆手に構えて疾く走る。魔獣という点を一筆書きするように、勢いを殺さず流れるように斬りつけていく。セレシアが通った後には、羅刹の血飛沫が華のように開いた。
魔獣の群れを抜けると、もう教会は目と鼻の先。
入り口を守るように防衛線が敷かれ、兵士たちが奮闘している。しかし、何かと剣を打ち合わせては、一人、また一人と斃れていくのが見えた。
「先手必勝!」
セレシアは門の柱を駆け上がり、そこから飛びかかるように剣を振り上げた。
「――ッ、何奴!」
不意打ちは、振り返った『何か』が閃かせた剣によって防がれてしまう。
宙で一回転をして着地したセレシアは、怪訝に目を細めた。
赤銅色の甲冑に身を包む騎士風のそれは、異様な雰囲気を放っている。殺気を放つでもなく、乱入したセレシアを警戒するでもない。まるで彫刻を前にしているような、気配の読めない気味悪さがあった。
「漆黒に金螺鈿。貴公、さては『サンノエルの黒騎士』か?」
男の声と女の声を混ぜて反響させたような声が耳に触る。
「へえ、私の名前は魔獣の間にも轟いているんだね。ならば話は早い。ここからは私がお相手仕ろう!」
「……面白い。来い、『黒騎士』!」
セレシアは諸手で剣を構え、赤銅の騎士と対峙した。
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