14.急襲

 大の字になって背中からベッドへ飛び込んだセレシアは、んああ、と怨霊のような喉鳴りを発しながらジタバタと手足を動かした。



「体がなーまーるー!」

「姫様、はしたないですよ」

「だってえ……」



 メイの苦笑に唇をすぼませながら、セレシアは体を起こした。膝を抱えて、ベッドの角でやじろべえをするようにバランスを取る。



「朝の調練に混ぜてもらっては?」

「ううん、それは駄目。私がしゃんとしてないと、ウェイン様に迷惑がかかってしまうもの」



 先日の一件で、『お飾り王女』という名前が想像以上に目を付けられていることが解った。


 とはいえ、体が鈍ってきていることに焦りが出ているのも事実。現役を引退した騎士団員が、次のパーティで見かけた時にはぽっこりお腹へ変貌してしまっているなんて例もごまんと見てきた。


 今のところは服も問題なく着られているが、万が一のことがあれば、お淑やかな王女としての補佐もできなくなってしまう。



「……オルフェウスのご飯が美味しいのがいけないんだ」



 いじいじと指を突き合わせ、セレシアはぶーたれた。



「サンノエルにいらした頃は、どこで稽古をなされていたんです?」

「お城の屋根の上」

「えっ……屋根、ですか!?」

「そう。平たくなっているし、広いし、鳥以外には見つからないし。けっこういい場所なのよ」

「どうやって登って――いえ、仰らないでくださいね。落ちることを想像するだけで、恐ろしいので」

「う、うん。わかった」



 セレシアはぎこちなく頷いた。最上階から出てステンドグラス越しによじ登れば手近な屋根の縁が目の前だから、『黒騎士』として外から部屋に戻る時と比べればかなり楽なのだけれど。



「(いっそ、夜中に誰もいない訓練場を使わせてもらおうかしら)」



 四方を囲む建物は、簡易的な寄宿舎になっているらしかった。年に数度行われる大々的な演習では、兵士たちがそこで寝泊まりをするのだという。



「(問題は、侵入と逃走の経路ね)」



 長い渡り廊下を挟む庭園は、手入れされていて見晴らしが良い。奥の木々を縫うようにぐるりと回り込まなければならないだろうから、思っているよりもずっと時間がかかってしまうかもしれない。


 ここから確認できる範囲だけでも見てみようと、セレシアが窓の外を覗き込んだ、その時だった。


 けたたましい警鐘が町のあちこちから響き渡る。セレシアは驚いて飛び上がり、メイと顔を見合わせた。






   *   *   *   *   *






 廊下を走る気配を追うように外へ出ると、鎧を纏ったウェインの背中を見つけた。



「ウェイン様!」

「セレシア?」



 彼は目を丸くしてこちらを見たが、すぐに合点がいったように眉を垂らした。



「すまない、説明をしていなかった。驚いただろう、これは城外で『魔の霧』が発生したことを告げる鐘なんだ」

「いつも、このような……?」

「安心してくれ、普段はここまでではない。今回が少々規模が大きくてな――」



 馬のいななきに、ウェインは言葉を止めて顔を上げた。スケイルが馬を下り、ウェインへと手綱を引き継ぐ。



「殿下。アヴォイドは既に兵をまとめて東門前に待機しております」

「うむ。他の隊の動きは?」

「クローク殿下率いる大隊が北門より、アッシュベルト公の隊が南門より進軍するとの由」

「(そんな……)」



 最近覚えつつある地図を頭に描きながら、セレシアはハッとした。三軍による挟撃作戦といえば耳障りもいいが、一番槍を担うウェインの隊が最も危険であることは想像に難くない。


 しかし、そんなセレシアの不安を見透かしたように、ウェインの手のひらが頬に添えられる。



「大丈夫。大規模とはいえ、オルフェウスは何度も対処してきた数だ。すぐに片付けて帰ってくる」

「ウェイン様……わかりました、ご武運を」

「ああ。セレシアの願い、確かに受け取った!」



 マントを翻して馬に飛び乗ると、ウェインは駆けて行った。


 どれだけの時間、立ち尽くしていただろうか。慌ただしい嵐の目に入ったかのように、にわかに訪れた静けさの中へ取り残され、寂しさで胸が締まる。



「さあ、セレシア様。どうぞ中でお待ちください」

「スケイルさんは?」

「私はこれから、兵をまとめて屯所で待機です。城を空けるわけにはいきませんからね」



 スケイルは穏やかな口調で言ってくれたが、そんな矢先に兵士が駆け込んできた。



「伝令! 城外南西方向に魔の霧が発生! 規模は壱です!」

「アッシュベルト公の過ぎた後を狙いましたか……! 申し訳ありませんセレシア様。私はこれにて」

「はい。スケイルさんもお気を付けて」

「ありがたく!」



 スケイルが兵士とともに去って行った後でも、セレシアはその場から動けずにいた。様子を見に来たメイが中に入るよう促してくれるが、気もそぞろに生返事を返す。


 サンノエルにおいても魔の霧討伐の出兵はあった。当然、ウェインを信じていないわけでもなかった

 けれど、往ったのが彼であるというだけで、胸騒ぎが止まらない。



「姫様。風邪など召されては、帰ってきた殿下が悲しみますよ」

「うん……そうだよね」



 何度か深呼吸をしてから、屋敷に戻ろうとした時だった。



「で、伝令! 伝令ぃ!」



 一人の兵士が血相を変えて飛び込んでくる。



「はぁ、はぁ……スケイル殿はいらっしゃいませんか!?」

「スケイルさんなら、先ほど城外に向かわれました。何かあったのですか?」



 セレシアが訊ねると、兵士は肩で大きく息をしながら、答えた。



「西門側より魔獣が侵入、教会の方角へ進行! 新たな『騎士』です、三番隊が壊滅致しました!」

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