5.相当な使い手とお見受けする

 ウェインが斬り伏せたのが最後の一匹だったのだろう。周囲に立ち込めていた『魔の霧』は引き、夜の帳が上がったかのように、元の景色に戻っていた。



「……むごいな」



 殉職した騎士たちの前で片膝を突き、粛々と手を合わせてから、ウェインは振り返る。



「魔の霧に遭うとは、恐ろしかっただろう。心中お察しする」



 ウェインは胸に手を当てて、深く頭を下げた。



「あ、頭を上げてください! こちらこそ、助けていただいて、感謝します」

「いや、君が頭を下げることはない。領内での悲劇は、俺の責任でもある。本当に――」

「で、ですから!」



 このままでは埒が明かないと、どうにかウェインの肩を押しとどめる。

 そうこうしているうちに、都の方から馬の蹄が地を蹴る音が近づいてきた。



「殿下ぁ~! 仰せのもの、手配してきましたよ~!」



 馬車の御者席から手を振るのは、ウェインの部下だろうか。セレシアと同い年くらいの若い騎士風の男性だった。隣に座るもう一人の長髪の男性は、ウェインと同じか、少し年上に見える。

 馬車を停めると、手を振っていた方の騎士が、よっと元気に飛び降りた。



「早かったな、アヴォイド」

「行きは荷台空っぽですからね~。操縦も、僕より上手いスケイルさんがやってくれましたし」



 アヴォイドが「ねっ」と振り返った先にいる長髪の騎士が、スケイルというらしい。彼は目の前の惨状を悼むように目を伏せてから、ウェインに視線を向ける。



「殿下、状況は」

「御者の騎士が殉職なされた。――サンノエル王女。他に同行者は?」

「中に、介添えの者が一人おります」

「わかった。アヴォイドは中にいる人の確認を。スケイルは犠牲となった方の亡骸を頼む。一度うちの教会で預かり、葬儀の段取りはサンノエルと連絡を取って良い様にしてくれ」

「かしこまりました」



 迅速に指示を飛ばすウェインに、アヴォイドとスケイルは散開した。






   *   *   *   *   *






 セレシアたちはその場で簡単な弔いを済ませてから、そこからはオルフェウスの馬車に乗り換えて行くこととなった。



「セレシア殿は、剣をどこで?」

「剣……へっ、剣? ですか?」

「ああ。遠くから見えただけでも、見事な立ち姿だった。相当な使い手とお見受けする」



 思わぬ賞賛の言葉に、セレシアはなんと返せば良いものかと視線を彷徨わせた。


――サンノエルの王女として、相応しく振る舞いなさい。


 脳裏に過る母の声を追い払うのも兼ねて、一つ咳ばらいをする。



「土壇場でしたので、無我夢中で……おほほ」



 母の真似をした笑い方でごまかす。まさか幼い頃から見様見真似で剣を振り回しまくっていたとは言えまい。



「ならばセレシア殿は、剣の才があるのかもしれないな」

「とんでもありません……剣を嗜む女は、野蛮でしょう?」

「そんなことはない。剣を執るのに、性は関係ないだろう」



 その言葉に、セレシアは希望を見出しかけて、再び登場した母の呪詛に首を振る。

 オルフェウスは戦いの中で発展した国だから、そういう風土であるだけ。自分はあくまでサンノエルの人間として嫁ぐのだから、甘えてはいけない。



「剣といえば、僕、奥様に聞きたいことがあるんですけど!」



 御者用の小窓が開き、アヴォイドがぬっと顔を出した。向こう側でスケイルの窘める声がするが、アヴォイドは「いーじゃないですか」と唇をすぼませて抗議している。



「構いませんよ。聞きたいことというのは?」

「奥様は、『黒騎士』さんを知っていますか~?」

「く、黒騎士……ですか?」

「ですです。闇を駆け! 悪を斬る! サンノエル最強の美丈夫と名高い剣の達人ですよ!」



 ずびし! ずびし! と効果音が鳴りそうな勢いでポーズを決めているようだが、生憎とこちら側からは小窓に遮られていて見えなかった。



「えー、っと……私も風に聞いたことはありますが、会ったことはありませんね」

「ちぇ、残念。もしかしたら奥様の護衛として同伴してくるんじゃないかと、ちょっと期待していたんですけどね。見たかったなあ、『サンノエルの黒騎士』」

「さすがに本国から離れはしないのでしょう。ほらアヴォイド、前を向きなさい」

「はーい」



 今度こそスケイルに咎められ、アヴォイドはしぶしぶ引き下がった。



「セレシア殿?」

「は、はいっ!?」

「大丈夫か。顔色が優れないようだが」



 顔を覗き込んできたウェインは、手を伸ばして、セレシアの前髪をそっと持ち上げると、額に触れてきた。



「な、あ――」



 セレシアは硬直した。飛び退こうにも、狭い馬車の中では頭を打つこと必至。何より、また母の呪詛が脳裏に浮かびかけたのが厄介だった。冷静になっては手のひらの熱が伝わり、上気すれば母が内側から頭を冷やす。その繰り返しに眩暈がしそうだ。



「少し熱っぽいか。もっとも、あんなことがあれば無理もないが」

「だだ、大丈夫です。お構いなく!」

「そうか。屋敷に着いたら起こすから、それまで眠っているといい。目を閉じているだけでも少しは楽になるだろう」



 そう言って手を離すと、ウェインは手本を見せるように腕を組み、瞼を閉じた。

 それに倣って、セレシアも座席にもたれかかる。



「――存外、セレシア殿が『黒騎士』だったりしてな」

「ええっ!? ――あいっだぁ!?」



 今度こそ頭を強く打ち付けて、セレシアはもんどりうった。

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