3.……嫁げと? 私に?
家族で囲む朝食の席で、父王はなんともいえぬ苦笑いを浮かべていた。
「――で、またやらかしたのか、セレシア」
「面目次第もございません……」
セレシアは申し訳なさから、テーブルに肘をついて、手のひらに顔を埋める。
「剣術を好むのは儂の遺伝としても、その男嫌いは何とかならぬものかのう」
「あなたはセレシアに甘すぎます! このままでは、サンノエルの名に泥を塗ることになるのですよ!?」
母の剣幕に、父は難しい顔で黙り込む。
父のことは慕っていたから、セレシアは胸が痛んだ。
「私も普通に振る舞おうとは思っているのです。しかし、どうしても体が反応してしまって……」
「難しく考えすぎなのよ、セレシアは」
対面でパンをスープに浸していたマリアが鼻を鳴らす。
「いいじゃない、別にまぐわうわけでもないのだし」
「ちょっとマリアお姉様、お食事中! でもエレノアも同じかなあ。ちょっと笑いかけてあげるだけで貢いでくれるのに、どうしてやらないの?」
「どうしてと言われましても……」
小首を傾げるエレノアに、セレシアは答えに窮した。
「言ってやるな、二人とも」
父の隣で食事をしていた兄ロレンスが、妹二人を嗜める。しかしそれは、もちろんセレシアへの助け舟ではない。
「セレシアは病気なんだ。こいつは自分のことを男だと思っているのさ」
「そーいうわけでは……」
セレシアはパンをちぎりながら、もごもごと口ごもる。
唸りながらスープを口に運んだ父王が、しばらく黙り込んでから、口を開いた。
「セレシア。如何様な男が相手であれば、お前は尽くそうと思える?」
「ええ……さあ? 誰よりも強い王子とかだったらいいんじゃないでしょーか」
セレシアは適当に、思いついたことを口にしてみた。あの後寝室で寝転がりながら読んだ巷で流行の恋愛小説で、主人公が友人らと話していた理想だ。
エレノアから「少なくともお兄様ではないわね」と肩を竦められ、兄が不服そうにそっぽを向く。
そう、セレシアにはその狙いもあった。自身が王族であるから、仮に王子たる兄がどんな人物であっても、相手は肉親。仮に他国で条件に適う人物がいたとして、まさか姉たちを差し置いてどうこうすることはないだろう。
セレシアはそう高をくくっていたのだが、返ってきたのは、母からの思いがけない一言だった。
「二言はないわね、セレシア?」
「…………へっ?」
「あなた。オルフェウスとの件、この子ならば適任じゃないかしら」
「ううむ。そうさなあ。やはりエレノアは駄目か」
「あ、あたし自室へ戻りますね~!」
ナイフとフォークををテーブルに置いたエレノアは、そそくさと逃げるように部屋を出て行く。
話が見えてこないセレシアは、嫌な予感がしながらも、父に訊ねてみた。
「あのう……お父様? 先ほどから一体何を……」
「うむ。オルフェウスの第二王子との縁談が持ち上がっていてな。こちらもはじめ、第二王女であるエレノアを嫁がせるつもりだったのだが」
「はあ。そのお姉様は、行っちゃいましたけど?」
「先方のウェイン殿下は非常に厳格だという話でな。オルフェウスは魔物との交戦も多い土地とあって、エレノアはすっかり及び腰なのだ」
「それで、私に白羽の矢が立ったと?」
両親の頷きに、セレシアは目の前が真っ白になるようだった。
「ちょ、ちょっと待ってください! それこそ、サンノエルの王女としてのお役目なら、エレノアお姉様の方が適任では!?」
「けれどねえ、か弱いあの子を戦地に往かせるなんて、ねえ?」
「(私はいいんかい!)」
思わず椅子から転げ落ちそうになるのを堪えて、セレシアは顔を上げる。
「……嫁げと? 私に?」
「そう。もちろんはしたないことはしちゃ駄目よ? サンノエルの王女として、相応しく振る舞いなさい」
「いや、無理無理無理無理無理無理! 無理です! お兄様もお姉様も、そうは思いませんか!?」
縋りついてみるが、兄たちは他人事のように食事を続けている。
「勤めを果たせ、セレシア」
「ぐっ……」
「いいじゃない。ウェイン殿下は素晴らしく凛々しい御方と有名よ? あーあ、私が第一王女でなければ、嫁ぎたかったくらいだわあ!」
「思ってもないことをいけしゃあしゃあと……!」
味方はいなかった。昨夜からあれほどカリカリしていた母も、今や上機嫌にワイングラスを傾けている始末だ。
「ちなみに、いつ?」
「支度が出来次第、すぐにでもよ」
「ええ……?」
まるで城下へ買い物にでも出るかのような気軽さで答える母に、セレシアはもう、言葉を失うしかなかった。
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