2.お飾り王女

「どこをほっつき歩いていたのです!? パーティへの列席はサンノエルの人間として重要なお勤めだと、あれほど言い聞かせておいたはずでしょう!!」

「ちょぉーっと、散歩を?」



 セレシアは視線を合わせないようにしながら言い訳をした。その怒鳴り声はパーティを台無しにしないのでしょうかお母様。


 今日は月に一度催されるパーティの日だ。いわば、王族が主催となり、臣下の貴族たちを招いて行う慰労会のようなものである。

 そして、セレシア・サンノエルは第三王女。主催側の人間であった。



「まったく、少しはマリアとエレノアを見習いなさい」



 母が手のひらを向けた先では、姉たちがホールの中央でダンスをしているところだった。


 普段は陰険に他人を嘲笑ってばかりの第一王女のマリアだが、今日のような時には淑やかな立ち振る舞いをしてみせる。そのため貴族の間では『聖女』と呼ばれているそうだ。


 一方の第二王女・エレノアは、可憐に取り繕ったあざとさで貴族たちを取り込んでいる。化けの皮に化粧をしたそれを、男たちは『天使』と見紛うらしい。



「うわー、ぐっろ……」

「何か言いましたか?」

「いえ何でもありませーん」



 睨めつけてくる母の視線から逃れるように、体を捩る。

 セレシアはといえば、こうして舞台の外で叱られ、姉たちを引き立てるのが恒例となっていた。


 ふと、こちらの様子を見てくすくすと囁き合う令嬢たちの姿が目に入った。唇の動きを追わずとも判る。どうせ『お飾り王女』と嘲笑っているのだろう。



「いいですかセレシア。貴女は仮にも私の娘なのですから、容姿は優れているのです。父王に尽くそうとは思わないのですか」

「えー……」



 勘弁してほしかった。女に生まれたというだけでどうして男を立てなければならないのか、甚だ疑問だった。


 もちろん、王族が自ら率先して臣下を労うことで、士気を向上させようという狙いは理解ができる。ただそれが、意中でもない相手にべたべたと体を触れさせ、密着して踊ることだとは、セレシアには思えなかった。



「(社交舞踏というのなら、どうして同性同士で踊っている者がいないのかしら)」



 以前訪問した村の祭典で、老若男女問わず肩を組んで歌い踊っていたことを思い出す。思わず飲み過ぎて、重たい二日酔いに襲われたくらいに楽しかった。



「せめて、剣の立ち合いではいけませんか?」



 剣ならば対等だ。どちらがリードするとか、どちらが立てるとか、そんな上っ面の駆け引きが入り込むことはない。ただひたむきに全力をぶつけ合い、相手の熱を推し量る。セレシアはそれが好きだった。



「駄目に決まっているでしょう!」



 しかし当然、母からはぴしゃりと却下される。

 そこへ、一人の男性貴族が現れた。



「失礼、女王陛下。僭越ながら、私がセレシア様のお相手を申し出ても?」

「まあ! さすがは、エスターク家の次期当主。懐が広いのですね」



 エスターク侯爵家。建国以来絶えず王の右腕として活躍する、由緒正しい武家の家系。その長男であるスパーダ・エスタークは、この場に集まっている令嬢たちの注目を一身に集める好青年だ。



「ほら、セレシア! 何をぼうっと突っ立っているの!」

「ふぁあい……」



 背中を無理矢理押されて前に出たセレシアは、スカートの内側で足捌きをし、スパーダの手前で止まった。よろめく第三王女を受け止めようと拡げた手が待ちぼうけを食らい、彼が一瞬眉を潜めたのは見ないフリをする。



「それではレディ。お手を」

「はあ……いいんですか、『お飾り王女』の相手なんかしていて。姉たちの方がよほど魅力的かと存じますが」



 ダンスフロアへ導かれながら、セレシアは直球で訊ねてみた。



「お飾りだなんてとんでもない。私は、セレシア様はとても麗しい女性であると思いますよ」

「昔はそんな風にも言われてましたけどね。そうだ、スパーダ様。ここを抜け出して、剣の稽古をつけてもらえません?」

「いけません、レディ。貴女の美しい手に、傷がついてしまう」

「(……ああ、まただ)」



 セレシアは嘆いた。武家の人ならば、とわずかに期待していたのだけれど。

 彼らは誰一人として、セレシアの剣とまともに向き合おうとしてくれない。王族の地位を利用して押し切ることもできるが、待っているのは、酔っ払いの千鳥足でさえ手を拍って褒め称えるような『王女様向け』の稽古だ。


 位置に付き、手が握られる。体同士が接近するプリモパッソの一瞬、スパーダの視線がこちらの胸元に注がれたことに、セレシアはたまらず身を離した。



「……申し訳ありません。やはり私にダンスは向いていないようです」



 踵を返し、母の制止も振り切って広間を飛び出す。


 馬鹿馬鹿しい。気持ち悪い。『お飾り王女』ならば容易く誑し込めるという魂胆が透けて見えるのが、どうしようもなく我慢ならなかった。



「(私は……セレシアなのに!)」



 セレシア・サンノエルという個を見てくれる人は、誰もいない。

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