軽く車に当たられて、その場で交渉する

浅賀ソルト

軽く車に当たられて、その場で交渉する

自転車に乗っているときに出会い頭の交通事故で軽く車にぶつかられて大怪我ではないが自転車は壊れて擦傷も作った。車の方も凹んだ上に自転車で傷もついた。

俺が轢かれた方なのだが、車は逃げることもなくちゃんと止まり、運転席から下りてきた男が「おいおい、危ねえじゃねえか。どこ見て走ってんだ」と言ってきた。

俺が普通に立ち上がったのを見てこんな態度だったんだと思う。しかし俺は状況が状況でうまく反応できなかった。ちなみにまだ怪我の痛みはない。

運転してた男は自分の車を見て、「あーあ」と大袈裟に声を出した。

完全に自分が被害者だと思ってる態度だった。

落ち着いてきた俺は言った。「どうする? 警察呼ぶかい?」

「んー、そっちはどうしたい?」

「俺はどっちでもいい。自転車は弁償して、治療費も払ってくれたらそれでいい」

「ああ、俺も車の修理代を払ってくれればそれでいい」

俺は言った。「自転車の修理代より車の修理代の方が高そうだな」

「当たり前だろ」

「じゃあ警察を呼ぼう」俺は電話を取り出した。

「待て、なんでそうなる?」

「お前は俺を轢いておいて修理代を請求するつもりなんだろう?」

「いや、そうじゃない。チャラにしようって話だ」

このあたりでそこそこ時間が経過した。生活道路でたくさん車が通るわけではないけど、それでも遠くから通行する車が見えた。

俺は言った。「とりあえず車は横に寄せて、それから続きを話さないか?」

「ああ、分かった。向こうまで出てから戻るからちょっと時間かかるぞ」

「分かった」俺はそう言って、スマホで相手の車とそのナンバーを撮影した。さらに壊れた自転車も撮った。

ばっきり折れてたりすると分かりやすいのだが、ハンドルが曲がって、買い物カゴも曲がって、あとは塗装が剥げたくらいのものだった。ズボンを穿いていたので怪我は見えなかった。しかし、ずきずきと痛むので裾を上げると膝のあたりから派手に血が出ていた。水で洗って消毒くらいはしたいところだ。

あー、めんどくさい。

運転手の方は写真を撮る俺を何か言いたそうに見ていたが、撮るなとは言わなかった。車を移動させて、通りの向こうへと消えていった。

ちょっと広い道に出るまで20メートルくらいはあるから、それなりに時間はかかるだろう。

それにしても話がスムーズに進むな。向こうもとっととケリをつけたがっているので展開が早い。

コンビニで水でも買ってとりあえず傷を洗うだけはするか?

憂鬱な気分で自分の怪我を見ていると、運転手は逃げもせずにてくてく歩いて戻ってきた。

なんて挨拶するのかと思ったが、軽く会釈するだけだった。運転手もすぐに本題に入った。車を移動させて停めている間に何か考えたのだろう。

「そっちの自転車の修理と、こっちの車の修理と、差分として俺に10万払うってことで済ませないか?」

俺は言った。「俺が、お前に、10万を払う?」

俺が〝お前〟と言うときに相手はイラっとした顔をした。「そうだ」

「それで全部チャラ?」

「そうだ」運転手の男は不本意という顔をしていた。10万というのは本人にとってはかなり妥協した値段なんだろう。

怪我がちょっと痛い。ベンチなどなく、ガードレールもないが、ポールがあるので——正式名称は分からん。上の方に反射板の付いた、腰かけるのにいい高さの棒だ——その上に片方のケツを乗せて俺は座った。

これを読んでいる奴にも分かると思うけど、これはあまりスムーズには終わりそうになくなってきた。というかここからうまく言えばスムーズにまとまるのかもしれないが、俺はうまくまとめる話し方というのが思いつかなかった。ちょっとめんどくさくなってきた。

「お前が、俺を轢いて、轢かれた俺がお前に10万を払う?」

これを読んでいる奴にも分かると思うけど、俺も基本的にこの運転手と同じ人種である。

また〝お前〟と言われてイラっとしたようだが、俺の声の感じで何かを察して言い返さなかった。黙っていた。

なんかどんどん腹が立ってきて、俺は怪我をした足をなんとかごまかしながら運転手の顔面にパンチを叩き込んだ。

「くそっ。ボケッ。いててて」俺は足と拳の痛みに思わず声をあげた。とにかく長びかせると面倒なのでそのまま腹にも一発入れ、さらに顔面を殴った。鼻血が一気に出た。

殴られても人はすぐには倒れたりしないものだ。

運転手はよろめいたがなんとかふんばった。

「いいから財布出せ。めんどくせえ」俺は言った。

運転手はだらだら流れてアスファルトに落ちる鼻血をじっと見ていた。

「おら!」俺は足を蹴った——いててて。怪我してるの忘れてた。「財布だ」

運転手はズボンのポケットから財布を出した。

俺はそれを受け取り中を確認した。札が一枚もねえ。

「めんどくせえな。スイカとかなんかもいいけどよ。くそっ」

俺はそいつの髪を掴んだ。

「コンビニで金を下ろすぞ。ついでに傷を洗うから水もだ」

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