テルテル坊主のおばけ
ひみつ
本文
とある街に、大きな豪邸が一件あった。そこは河川敷に近く、ジョギングや走り込みをする学生は皆、家の中の物は勿論、敷地内に立った人を見たことがないため、誰も住んでいないと見なされていた。
しかし、そこには一人の少女が住んでいるのだ。
少女は幼稚園で人間不信になってしまい、大好きな両親の提案で気分転換に遊園地へ出かけることになったが、まだ家の中にいた兄と少女を車の中で待っていた間に両親が事故に遭い、二人を亡くしてしまった。
トラックの運転手が心停止で運転中に亡くなり、すぐに出かけられるようにと道端に停めていた両親の車に激突した大事故だった。
残った家族は少女と兄の二人だったが、面倒を見てくれていた兄ですらさえ、一度外へ出てからずっと帰ってきていない。
そのため、少女は家の外に出るのが怖いのだ。次は自分が怖い目に遭うのではないかと、怯える日々が続いていった。
一人で家の中にあるカップ麺を食べ続け、少女は一年近くも暗い部屋の中に閉じ籠っている。
そんなある日、雨の激しい昼間に、何処かから知らない声と物音が聞こえた。家の中には少女以外の人間はいないはずなのに、ハッキリと日本語が聞き取れてしまったのだ。
少女は恐る恐る家の中を探してみると、兄の部屋の中にある段ボールが、ゴソゴソと動いているのを発見した。
少女は害虫を見つけたような恐怖を抱き、動き続ける段ボールをただただ見つめるしかなかった。すると――。
「ぁ…………て、だれか……ぁ、けて」
息ができないまま発したような声に、少女は自然と足を一歩、前へと踏み出した。まるでその苦しそうな声が、少女を段ボールの中へと誘っているように。
自信でも疑問を抱くほど必死に段ボールを開け、目に映ったモノを段ボールの外へと出し、声の主を探し始める。すると少女は、変わったテルテル坊主を見つけた。
白い無地の布でできた身体に、マジックペンでぐるぐると描いた目にギザギザの口、そして頭の中には何か重くて丸いナニカが入っているみたいで、一般的に使われるティッシュのソレとは違い、少し豪華なモノになっていた。
そのテルテル坊主が、写真盾の下敷きにされていて、少女はすぐにテルテル坊主を段ボールの外へと出してやる。すると、テルテル坊主は声を発した。
「ふぅ……やっと出れた……」
子供が描いたようなギザギザの口は開くことなく、テルテル坊主は少年のような声で少女に問う。
「今日って雨の日だよね? 早く僕を窓の近くに吊るしておくれよ」
それが、テルテル坊主のおばけと出会った瞬間だった。
◇
テルテル坊主のおばけは、雨の日になるといつも、少女にこう頼んでくる。
「お願いだから、僕を外に連れ出しておくれよ! 僕はいつも窓の外を眺めるだけで、誰も外へ連れ出してくれないものだから、一度外の世界に出てみたいんだ! しかも今日はいつもと比べてすごく良い天気じゃないか! こんな日に出かけないなんて勿体ない! ほら見ておくれよ、犬だって散歩してもらってる! ……あぁ、いいなぁ……」
おばけは無邪気な声で言うが、少女は外へ出ることができなかった。外の世界はとても怖く、この暗い家の中にいれば、安全なのだから。
そしておばけは、晴れの日になるとこう言う。
「……今日は晴れの日なのか……最悪の天気だね。なんでこう、太陽っていうのは生まれてきちゃったんだろうね。もう溶けちゃいそうだから、早く糸を解いておくれ……」
気怠そうに、晴れの日のおばけは動かない口から文句を零す。
少女の心まで余計に落ち込みそうなので、すぐにカーテンのレールから吊るし糸を外してやる。
そうすれば後はおばけが勝手に段ボールの中へと浮遊して戻っていくから楽ではあるが、曇りの日はとても忙しい。
「今日は曇りだね……あぁ、一度でいいから外に――ぐあああァッ! 太陽があああああァッ! 出てきたあああァッ! は、早く糸を、糸おぉぉぉ! 溶け、溶ける溶ける溶けるう…………あ、やっと曇ってくれたね」
こんな風にずっとテンションが上がったり下がったりするものだから、いっそのこと段ボールの中に入っていればいいのに、と少女は提案してみたのだが、それは嫌だとおばけは聞いてくれなかった。
そんなおばけと一緒に生活を始めて三週間近く経っただろうか、曇りの日が嫌いになった少女に待っていたのは、梅雨の季節だった。
晴れの日が少ないので、窓に吊るしておくだけで楽ではある。ただ、雨の日がいつもより騒がしくなったのだ。
「梅雨! 梅雨の季節だよ梅雨! あぁ、こんなに素晴らしい季節が他にあるとしたら台風のことになるけれど、梅雨は二番目に素晴らしいよね!」
何度も聞かされる台詞の後には、おばけはいつも通りに頼んでくる。
「さあ僕を連れ出しておくれ! この吊るし糸をリードみたいにして、散歩に連れて行ってほしいワン!」
今日は犬になったが、昨日は語尾にニャンを付けられ、梅雨が終わらないとこのお願いが続くと考えただけで、とても鬱陶しく感じた。
少女は人と話すのが苦手だったが、おばけ相手には何度も「イヤ」と短く小さく、悲しそうに答えることはできた。何故あの時、この言葉を口にしてしまったのだろうと、独りで悔やむ気持ちを抑えながら。
しかしある日――太陽が街を照らす晴れの日に、おばけがおかしなコトを言い始めた。
いきなり段ボールの中から飛び出し、吊るし糸を少女の人差指に巻き、外へ連れ出そうとしたのだ。
「早く外へ出るんだ! 言うことを聞いてくれたらそうだね、もう外へ出たいだなんて言わないよ。だから早く、外へ、出ておくれ……!」
ぐぐ、ぐぐぐ、とおばけの引っ張る力が強くなっていくに連れ、おばけは苦しそうな声をあげた。
もちろん少女は抵抗したが、おばけの必死な態度に、生まれて初めて違和感という感覚に陥った。
晴れの日は溶けてしまうと言っていたおばけが、外に出ようとしているのは、どう考えても不自然だった。
不思議な感覚に酔っていると、身体が前へと進むのを感じた。無意識に足が動き、おばけと共にドアの外へと、文字通り飛び込んだ。
バタン、と転んだ少女は、なんとかうつ伏せの状態から立ち上がろうとした。痛みはほとんど無かったが、別の新しい違和感が、少女の頭を悩ませた。
日差しがあるのに、雨のにおいがしたのだ。
ゆっくりと顔を上げ、目の前の世界を視界に映すと、そこには不思議な光景が待っていた。
青い空を背景に、白と鼠色の雲の間に眩しい太陽が顔を出し、綺麗な涙を流していたのだ。
空の方では、雨が太陽の光に反射して七色の虹が浮かび上がり、それが地面に落ちると、透明な水晶のように輝き、弾けて消える。
まるで宝箱を手にした空が、笑いながら泣いているような、そんな綺麗で不思議な世界に、少女は魅了されてしまう。
「お天気雨は初めて見たのかい? こんなに晴れているにも関わらず、たまに雨が降るときがあるのさ。キツネの嫁入りとも言って、探せば結婚式が見れるかもしれないね」
玄関の陰から、おばけは少女にそう教えた。嫌いな日差しに当てられても気怠そうな声はあげず、ただ二人で目の前の景色を眺めた。
「キツネでも探してくるかい? せっかく外へ出れるチャンスだけど、僕はそろそろ溶けそうだから、段ボールの中に戻るとするよ……」
疲れ切ったおばけは掠れた声を少女にかけてやり、そのまま階段の方へと向かった。あれほど外へ出たいと言っていたおばけが家の中へと戻っていく様子を見て、少女はおばけに声をかける。
兄を探したい、と。
◇
その日から、少女は兄を探すため、おばけと共に計画を練っていった。まずは外へ出る練習として、雨の日は必ず二人で散歩に行くことにした。
「はぁ……この雨のにおい、なんて心地良いんだ……!今日も良い天気で何よりだよ! これで窓から犬を羨ましく見るのは終わりさ!」
やっと外の世界に出ることができたおばけは、いつもより子供のようにはしゃぎ、その様子を見て少女は思わずクスッと笑った。
徐々に遠くへと出かけられるようになるに連れ、少女とおばけの距離は少しずつ近づき、仲良くなるのに時間はかからなかった。
少女が怯えてしまった時はおばけが冗談で笑わせ、おばけがはしゃぎすぎて雨に濡れそうになる時は、必ず少女が吊るし糸を無理矢理引っ張り、傘の中に入れてあげた。
その度におばけは「ぐへぇッ」と可笑しな声をあげ、二人でよく笑う日々が続いていった。
そして、二人は駅の方まで外出することができるようになった。
駅の周りは住宅地となっていて、都会のような大きなビルやお店は無いが、スーパーやコンビニ等は経営しているため、ある程度の買い物をすることができる。
「今度、スーパーでカップ麺を買ってくるといいよ! お金はある程度、家に残っているよね? このままだと、食べるものが無くなってしまうからね」
少女はおばけの提案で、晴れの日に一人でスーパーへと出かけた。
雨の日に一緒に行こうとおばけに言ったが、レジ袋両手に持たないと帰れないだろうと言われ、仕方なく一人で買い出しすることにした。
そして兄を探し出す計画の次の段階として、兄の写真を誰かに見せ、情報収集を同時に行う作戦を立てた。
ポケットから兄の写真を取り出し、スーパーに着くまでにすれ違ったおばさんやおじいさんに、兄のことを知らないかと尋ねていく――。
しかし、兄の今を知る人は誰一人いなかった。見たことはあるが、家に帰らないのかい? と訊き返される一方だった。
落ち込んだ表情で少女はスーパーへと入店し、大きな買い物カゴを両手で掲げ、カップ麺の棚へと目指す。
久しぶりにスーパーへ来たとはいえ、やはり棚の位置は変わっていない様子で、少女はたくさんのカップ麺が並ぶ棚へとすぐに到着した。
パッケージを見ても字が読めない少女は、美味しそうな写真があるカップ麺を、カゴがいっぱいになるまで入れ続けた。
少し重くなったカゴを引きずるように、少女はレジを目指した。気分は母親に読んでもらった、村に宝を持ち帰る桃太郎。
レジに到着した少女は、髪が雷様のようなおばさんにカゴを置くのを手伝ってもらってから、会計へと進んだ。
こんなに買って大丈夫? と何度か心配されたが、その度に少女は一番高いと母親に教わったお札を見せ、何とか納得させる。
会計が終わると、おばさんがカップ麺をすべてレジ袋に詰めてくれた。
その間少女は、レジのチリチリおばさんに兄の写真を見せ、この人を探していると伝えた。すると、予想外の答えが返ってきた。
「あぁ、この子……ええと、ここでお仕事してる人だよ」
兄の存在を知り、少女は開いた口が塞がらず、目をも見開いたまま動かなくなってしまう。
「今日はお仕事お休みしてるんだけど、明日は来るから、またおいで」
そう言っておばさんは、少女に丸々太ったレジ袋を渡した。何とかその袋を抱きかかえるようにして、少女はスーパーの出口へと向かう。
これを雨の日に持つのは難しいと感じながら、少女はゆっくりと帰路へ着こうとした。
しかし、少女はすぐに家へ帰れなくなってしまう。
スーパーから少し離れた道ですれ違った二人に、少女の存在に気付かれてしまったのだ。
「あれ、おまえ……」
そう言って、二人組の片割が少女の方に振り返る。
「あぁ! やっぱあいつだよ! ほらみてみろって!」
少女は聞き覚えのある声に気が付き、歩みを止めてしまう。レジ袋を一旦置き、恐る恐る振り返ってみる。
「ほんとだぁ! ようちえんきてないのに、おでかけしちゃいけないんだぞー!」
少女が幼稚園にいけなくなった原因の一つである二人組――角刈りくんと丸刈りくんが、夕焼けに背を向けた少女に指を差した。
ガリガリコンビと呼ばれた二人は、とても仲良しだが、角刈りくんが欲しいモノは何でも無理矢理手に入れようとするので、幼稚園でのガキ大将になっている。
そのせいで、少女も大切なモノを奪われた。
ふと、角刈りくんが少女に近づいてから、ニヤリと笑みを浮かべた。
「おいよくみてみろよ! ほーむれすみたいになってやんのー!」
幼稚園に行かなくなる前の少女に比べ、今の少女はとてもやせ細っていたため、その差に角刈りくんが大声で笑い出す。
「ほんとだー! えっと、えっと……オムレツみたい!」
角刈りくんが知っているホームレスという言葉を知らない丸刈りくんは、適当なことを言って話を合わせ、無理に笑った。
二人に笑われた少女は嫌な気持ちになり、その場から走って逃げ去りたい思いを浮かべていた。
しかし身体が動かず、少女はただただ立ち止まって俯いている。
「なー? またおかね、かしてくれるよな?」
角刈りくんは、少女に呪いのような一声をかける。
「そーだそーだおかね! ようちえんやすんでたぶんもかさないと、せんせーにいいつけるからな!」
丸刈りくんも便乗して、大きな声をあげた。
以前、幼稚園に通っていた少女は、家がお金持ちだという理由で、ガリガリコンビから半強制的にお金を貸し続けていた。
しかしそれは返されることはなく、少女も断ることができなかったのだ。
「でも、なんでようちえんこなくなっちゃったんだろうね」
丸刈りくんが話題を切り替える。
すると、「しらないのかよ」と、角刈りくんがニヤッと嗤う。
「こいつ、おれらにおかねかすくせに、いちばんなかよかったちえりにもおかねかしてほしいっていわれたとき、いやだっていったら、ちえりにきらわれたんだぜ?」
その言葉に、少女は思わず息を止めた。
「えー! あのちえりちゃんにきらわれたのー?」
「そーそー。んで、もうともだちじゃないっていわれたんだってよー! おかねもくてきでともだちしてたのになー!」
丸刈りくんと角刈りくんがそれぞれ言った後、二人はゲラゲラ笑い出した。
少女は何も言えず、感情を失ったような感覚に、ただ浸るしかなかった。
「ほら、かっぷめんかうおかねあるんだろ? いまもってるだけでいいから、ほらはやく!」
話題を戻した角刈りくんの口調が、段々と強くなっていく。
そんな中で、少女はおばけ相手に何度も口にした言葉を零す。
「…………ゃ」
「え? なに? きこえないんだけど!」
丸刈りくんが訊き返す。大きく、素早く息を吸った少女は、ハッキリと言った。
「イヤ……イヤ、イヤイヤイヤ、イヤイヤイヤイヤイヤヤイヤ、イヤなの――!」
言葉の途中で、怒りのような感情が増していく。
夕焼けを背後に忍ばせ、精いっぱいに主張を、叫ぶように言い放つ。
そして少女の言葉は、角刈りくんの機嫌を損ねた。
「あー? おれらにはむかうな!」
角刈りくんは大きな声で怒鳴る。次第に右手を少女の左頬に目がけ、大きく振った。
少女は反射的に一歩下がり、同時に少しだけ斜め後ろに身体を反らす。
そして無意識に目を瞑ろうとした。その刹那で、少女の視界に白いモノが写り込んだ。
次に目を開いた時、おばけが車道の方へと飛ばされる瞬間を、少女は見た。
「いでッ! なんかかたいのがあたった……!」
少し涙目になって角刈りくんが呟いた。
どうして、どうして――と、少女の頭の中で様々な疑問が浮かび、交差していく。
どうしてこんなところに。
どうして晴れの日なのに。
どうして助けてくれたの?
どうして動かずにいるの?
どうして、どうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――。
「かーくん、あのてるてるぼうずにあたったんじゃないの?」
丸刈りくんが車道に飛ばされたおばけを指差し、角刈りくんに言う。
「てるてるぼうず……? なんだあれ、きったねえ!」
おばけの存在に気付いた角刈りくんが、同じ方向を指差してまたもゲラゲラと笑い出した。
どうして、どうしてそんなに笑うの?
どうして可笑しいの、可笑しくないよ。
どうして、どうしてごめんなさいができないの?
どうして助けてくれないの?
どうして、どうして――。
どうしてなの……?
ぐちゃぐちゃになっていく思考が、視界にまで悪戯をする。
一人だけが揺らぐ世界に、少女は動き出す。
乗用車が走る中、危険など考えず――そんなことを考える余裕も無く、おばけを助けようと車道へ飛び出した。
恐怖を感じない心が不思議なくらい、少女は夢中になっておばけに手を伸ばす。
何度クラクションが鳴ったか、少女にはわからなかったが、奇跡的に怪我も事故も起きないまま、ガリガリコンビの前へと戻った。次第にその場で脱力し、座り込んでしまう。
おばけは何も言わず、小さく荒い呼吸を繰り返していた。
おそらく、他の人に見られてもただのテルテル坊主だと認識してもらうため、大きく動かないようにしているのだろう。
大事そうに両手でおばけを持つ少女を見て、角刈りくんは強く言う。
「な、なんでそんなにだいじにするんだよ!」
動揺する角刈りくんに、少女は何も言わなかった。他人の大事なものをたくさん奪ってきた彼には、少女の気持ちは解らない。
その態度に気が障ったのか、角刈りくんは表情を歪めさせながら、再び少女を指差した。
「へッ! おまえみたいなのにはきたないものがおにあいなんだよ! このきらわれものッ!」
そう言って角刈りくんはもう一度、ゲラゲラと笑い出す。丸刈りくんはその様子を見てから、空気を読むように笑った。
その角刈りくんの言葉に、少女の心は深く傷付いてしまう。
同時に、少女は怒っていた。
自分は嫌われ者であっても、おばけは決して汚くない。
怖かった世界にも、あんなに綺麗な景色があることを教えてくれたおばけを――友達を貶されたのが、少女はとても許せなかった。
「はやくどっかいけよ! きらわれものはそとにでちゃいけないんだぞ!」
角刈りくんが追い打ちをかける一言を浴びせる。
少女は視界を涙で歪め、鼻をすすりながら、言葉を零した。
「きらっわれっもの! きらっわれっもの!」
しかしそれは二人には聞こえず、嫌われ者コールに掻き消されてしまう。
「……ぇ、い………………ぇ……」
「はぁ? きこえねーよ!」
そう言って、角刈りくんは目の前にあった小石を少女に投げつけた。偶然、その小石はおばけに当たり、苦しそうな声をあげた。
その瞬間、少女は心の中でボロボロの剣を抜き、彼らに向けた。
「……なく、なっちゃえ……」
「だーかーら! きこえ――」
それは文字通り、彼らに刃向かう為に。
「……パ……パと、ママみ、たいに…………どこかに、みんなどこかに、いなぐなっちゃえ――――ッ!」
切り付けるように叫んだ少女は、レジ袋の中に入っているカップ麺をひたすら、彼らに投げ続けた。
「いなくなっちゃえ、いなぐっ……なっちゃえ!」
言葉が詰まる、惨めに涙が出る、呼吸が荒くなる。
それでも少女はカップ麺を投げ続ける。恥ずかしい姿になっていても息苦しくても、少女は反撃を続ける。
しかし攻撃力は低く、カップ麺すべてが彼らに当たるわけでもない。余裕な表情で、角刈りくんは笑った。
「へっ! へたくそがなげたってあたりは――」
言葉の途中で、角刈りくんは泣きだしてしまう。
少女の投げたカップ焼きそばが、角刈りくんの目に直撃したのだ。
「かーくん⁉ だいじょうぶ⁉」
丸刈りくんが心配するが、それでも少女の攻撃は続く。
「かーくん、かえろ! 今日はかえろ! ね⁉」
角刈りくんにカップ麺が当たらないように丸刈りくんが盾になり、立ち上がらせてから二人はその場を去っていく。
投げるカップ麺がなくなったところで、少女は泣き喚くことなく、走り出した。
◇
急いで家に帰り、少女は二階に駆けあがって兄の部屋に入る。段ボールの中におばけを入れ、心配そうに訊く。
「おばけさん、なおる……?」
晴れの日にはいつもこの段ボールの中に入っているので、段ボールの中へ入れればおばけが楽になってくれると少女は考えた。
しかし、おばけは疲れた声で答える。
「治らない、ね……このまま溶けて、消えちゃうと、思うよ」
おばけが死んでしまうイメージが脳裏に浮かび、少女は何とかしようと思考を加速させる。
「…………あ、れいとうこっ!」
「息苦しくなるね……」
必死に考えた案は、あっけなく却下されてしまう。
「……こっちのほうが楽だから、このままに、しておいて、もらえるかい?」
おばけの言葉に、少女はどうすることもできなくなってしまった。何もできない自分が情けなく、少女は静かに泣き出してしまう。
「そんなに……泣かないで、おくれよ」
しかし、おばけの呼吸はどんどん荒くなっていく。その様子を見て、少女は大きな涙をボロボロと床に落としてしまう。
「……大丈夫……もう、一人で外にも、幼稚園にも、いけるはず、だよ……」
だんだん、少女の呼吸も荒くなっていく。鼻水は垂れ、涙も止まってくれない。
また大切な存在が、少女の前から消えようとしている。
「……そんなに、泣い、てちゃ、ダメ……だよ?」
泣き続ける少女に、おばけは穏やかな声をかける。
「今日、は……こんなに、晴れてるんだから、泣い、てちゃ……もったいない、じゃないか……」
少女はすぐに腕で目を隠し、涙を拭う。泣かない、泣かない、泣かないと自分に言い聞かせ、呼吸を整える。
それでも止まらない涙を隠すように、少女は歪んだ笑顔を、おばけに見せようとする。
しかし、おばけはもう、そこにはいなかった。
◇
翌日まで泣き続けた少女は、暗くて寂しい兄の部屋で、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。
また、大事なものが消えてしまった。
そんなことすら考えなくなってしまうほど、少女は虚無感に浸っていた。
すると、何かが聞こえた。
しかしよく聞き取れず、少女はそこで我に返る。
耳を澄まし、音の正体を突き詰めようとする。
そして、少女は唐突に駆けだした。
聞き覚えのある声に、まるで取り憑かれたように、吸い込まれるようにして、少女は家の外へ出た。
やっと、兄に会える。
しかしそこに兄は居なかった。
もしかすると、まだ近くに居るのかもしれない。
少女は再び走り出す。
家の周りを探してから河川敷へ向かい、必死になって兄を探す。
しかし、しばらく探しても兄の姿は見つからず、少女は立ち止まって息を整える。
目の端で、狐の尻尾のようなものを捉えたが、気にかけることもなく少女はもう一度足を踏み出す。
走って走って、消えてしまったおばけのことを思い出しながら、少女は走り続ける。
大事な友達を失い続けた少女は、今度こそと言わんばかりに、見失った兄を追う。
やがて足を挫いてしまい、勢いよく転んでしまう。
そこで少女はようやく走るのを諦めるように、仰向けになって必死に呼吸をする。
体力の限界を感じ、手を動かす事すら難しい。
また大事なものが消えてしまったような感覚に、思わず嗤ってしまう。
次第に暖かい雨が頬に落ち、少女は呟く。
――今日はとっても、良い天気だ。
テルテル坊主のおばけ ひみつ @himitu0303
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