世界最後の吸血鬼が英雄と謡われるまでの物語

彼岸 幽鬼

第1話 目覚め

「うっ…。」


 つんと鼻を突くようなかび臭さとともに目が覚める。


「ここはどこだ?」


 錆び付いた牢獄の中にいる。天井から水滴が落ちて、音が響く。朽ちかけた扉にふれる。キィーというきしむ音があたりに響く。


「開いてる…。俺はこんな所で何をしていたんだ…。そもそも俺は誰だ?」


 いくら思い出そうとしても、何も思い出せない。


「とりあえずここから出るか。」


 人に使わなくなって、かなり時間が経っているであろう牢獄を歩く。自分の足音が響いている。


 しばらく歩いていると、階段が現れた。そこから、光が入り込んでいる。


「外かな?出口なのか?」


 階段を恐る恐る進む。光がやたら眩しい。目を細めてゆっくり階段を上る。外が見えた。思わず駆け足になる。そして最後の段を踏んだ。


「城跡か?」


 建物の基礎部分だけが残っている。石垣の隙間から樹木や草が生え、寂しさと虚しさがこの場所を支配しているようだった。


「日差しが強いな。」


 パーカーのフードをかぶる。それと同時にズボンのポケットに硬い物が入っていることに気づく。


「そう言えば、俺パーカーとジーンズを着ていたんだな。」


 ズボンのポケットに手を入れながら呟く。ガチャッという音が周辺に響いた。


「えっ、ピストル?」


 ポケットから出てきたのは銃弾が入っていないピストルだった。


「銃弾は無いな。何のためにこんなものを?」


 疑問しか浮かばない。


「考えても仕方ないか。でも、これからどうしようか?」


 古城の周りには森が広がっている。


「とりあえず護身用になる物を探すか。」


 古城の基礎部分を歩いていると、あちこちに鉄くずが落ちている事に気づいた。おそらく、兜や鎧だった物であろう。となると、剣などの武器も落ちているはずだ。


「しばらく、歩き回るか……。」


 かなり広い城跡を歩き回り、武器になる物を探した。しかし、あったのは錆び付いた鉄の棒だけだった。 


「無いよりましか……。」


 しかし、本当にこんな錆びた棒で戦えるのだろうか。 


「剣じゃないと心もとないな……。」


 棒を持って、刀身を想像した。その途端、手の平から赤い液体が出てきた。


「うわっ!何だ!」


 思わず手を離した。しかし、赤い液体は棒に絡み付いたままだ。


「俺の血……、だよな……。」


 液体をまじまじと見ていると、形が少しずつ剣に近づいていることに気づいた。つばを飲み込み、再び棒を手に取った。すると、また手の平から出血が始まった。そして、血液は急速に剣の形になり赤い結果になって固まった。


「俺の血が……。俺がやったんだよな…。」


 手の平を再び見ると不思議なことに気づいた。


「あれ、傷口なんて無い……。どういう事だ?」


 手の平を触っても、傷跡などは無い。


「とりあえず前に進むか。」


 うっそうとした森林を見ながら呟いた。



 しかし、古城から離れる時には、日が傾いていた。


「日が暮れてから森に入っても大丈夫かな?

昼間の方が安全かな?」


 古城と森林の境目でうろうろする。一度冷静になって考える。


「そもそも森に入る必要があるのか?俺がすべき事は人間、又は言葉が通じる相手と接触して、情報を得たい。でもこんな所に人がいるわけ無い。せめて位置情報が分かっていれば……。」


 その時だった、草木の間から大型のオオカミが数匹出てきた。オオカミはグルグルと喉を鳴らしている。


「何だ!」


 驚いて大声を出してしまう。オオカミに続くようにしてガサガサと草木をかき分けて何がこちらに近づいてくる。出てきたのは背丈三メートル前後のカマキリ。カマと口の周りに動物の血肉が付着している。


「でかい…。魔物の類いか?」


 そしてカマキリはこちらをギョッと睨みつけてきた。獲物を狙う捕食の目だ。


 「(声が出ない、動けない。いや、今動いたら確実に殺される。どうすればいい。近接戦はまず勝てない。ならば…。)」


 ポケットに手を入れてピストルを取り出す。カマキリに向けた途端こちらに走ってくる。


「(想像しろ!この銃であのカマキリを撃ち抜く瞬間を!)」


 ピストルの引き金を引く。すると、バンという発砲音とともに赤い銃弾がカマキリの頭に当たる。動きが一瞬止まるが再びこちらに走ってくる。


「一発じゃ足りないか!」


 カマキリは飛びかかるように両腕のカマを振り下ろす。紙一重でそれをかわす。


「(危なかった。でも確実に鈍ってる。もう一発だ。)」


 近距離から頭部を狙う。また森に銃声が響く。二発目も頭に当たる。


「どうだ。」


 後ずさりをするが、それでもカマキリは姿勢を崩さない。それどころか、一発目の傷が無くなっている。


「(再生能力か?それとも回復魔法なのか?)」


 カマキリが再び動き出す。鋭いカマが首を狙う。


「(避けきれない。どうすれば良い?そうだ、銃弾その物は奴の頭の中にあるはずだ。まだなんとかなる。銃弾の形を変えるイメージで!)」


「散弾」


 破裂音が響き渡る。カマキリの頭は砕け散っている。そして、そのまま動かなくなる。しかし、頭が少しずつ再生している。


「頭は急所じゃないのか?」


 戸惑っていると、先ほどのオオカミ達が一斉にカマキリに襲いかかっている事に気づく。


「そうだよな…、再生速度より早く攻撃すればいいだけだよな!」


 カマキリの背中に回り込んで、そのまま腹に赤い刀身の剣を突きつける。


「頭が駄目なら腹ならどうだ!」


 突きつけた剣を後ろに引いて腹を割く。すると、傷口から真っ黒な蛇がニョロニョロと這い出てくる。


「こいつは何だ!?」


 カマキリの頭を見る。再生が途中で止まっている事に気づく。直感が働く。


「お前が本体で間違いないな!」


 逃げる黒蛇の首をはねる。蛇はピクリとも動かなくなる。


「終わった…。」


 一気に緊張から解放される。そのまま、気が抜けて倒れてしまう。空には星々が煌めいている。意識が遠のいていく。オオカミの咀嚼音が聞こえる。


「(オオカミ達はカマキリに夢中だな…。襲われはしないだろう…。)」


 意識が暗闇に落ちていく。深い眠りへ誘うように。



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