中二病のおクスリです

華日 -kazitsu-

第1話 プロローグ

 人が死ぬ瞬間を見たことがあるだろうか?

 

 事故、事件、災害、病気、寿命。

 一口に「死ぬ」と言っても様々な要因があり、だからと言ってどの死因はどうだなんて僕には言えそうもないし、言う権利はないだろう。

そんなのは当事者にしか分からない。

悲しむ者を想像するのは容易だし、喜ぶ者を想像するのも難くない。

 死ぬことは、生きている以上仕方がない。まぁ、程度の違いはあれど、僕に限らず誰もがそう思っているはずだ。


 話題が逸れてしまった。話を戻そう。

 人が死ぬ瞬間を見たことがあるだろうか?

 少なくとも、僕はなかった。

 映画なんかでは何度も死亡シーンを目にしたことがあるし、葬式なんかで人の亡骸を目にしたことも数回はある。

でも、現実は至って優しく出来ていて、人が死ぬ瞬間に相席するなんてトラウマになりかねない状況に陥ったことは、17年間の人生で一度もなかった。

 そして、これからもそんな機会がやってくるなんてことは、微塵も考えちゃいなかった。

 今、この瞬間までは――。


「いやぁあああああ――ッ!」


転校初日の夜。

 古びた洋館を思わせる学生寮に甲高い悲鳴が響き渡り、幼さを残した少女の姿が目に映る。

 彼女の顔を見るのは初めてだが、悲痛に歪んだその表情は、恐らく本来のそれとは全くの別物だろう。

まるでこの世の終わりを見たかのような、絶望と悲壮に塗れた悍ましい表情。

その震える視線はある一点を見つめている。

端的に言えば彼女の足元。

 僕も追いかけるように視線を落とし、床に転がったそれを見た。

だが、しかし、頭が追いつかない。

見えているのに、それが何か分かっているのに、脳が理解させまいと思考を邪魔しているかのようだ。

 床に転がっているのは、雪の様に白い肌と美しい白髪が特徴的な細身の少女――その上半身だった。

 下腹部の断面からは様々なものが溢れ出し、アンティークのカーペットを赤黒く染めていく。


「なんでぇ……? ねぇなんでぇ……?」


 大粒の涙を流す彼女の膝の上には、白い少女の物らしき下半身が座ったまま動かない。

 抱かれた下半身から吹き出す飛沫で、少女の涙は紅く染まった。


「やだよ……やだよぉ……」


 彼女はそれを抱えたまま椅子から降りると、上半身からはみ出たものを小さな手でぐちゃぐちゃと押し込んでいく。

 しかし、白い少女は低い呻き声をあげるだけで、やがて瞳から光を失った。


「いやぁああああ――っ!」


 再度、悲痛な叫びが響き渡った。

 その光景はあまりにも惨たらして、痛々しくて、酷く頭が痛んだ。

 こんなことありえない。

 夢を見ているんだ。

 なんでもいいから早く醒めてくれ。

 自分を騙すように偽りの言葉を何度も思い浮かべた。しかし、現実逃避をしたところで現状は変わらない。なにも――なにひとつ。


「ったく、二度とやんなっつったろ。めんどくせぇな」


 呆然と立ち尽くす僕の背後から、そんな言葉が放たれた。

 呆れたような、ため息混じりの気怠そうな言葉に耳を疑う。いや、疑うべきは己の耳ではなく、彼の精神の方だろうか。


「も〜ダメだよ~!」

「うん、あんまりよくない」


 彼に続いた女児と男児もまた、嫌に落ち着い様子でそう言い放った。

 おかしいのは僕なのだろうか? 正しい反応をしているのは彼らの方で、僕が過剰に反応しすぎているだけだとでもいうのか?

 いや、そんなわけがない。そんなこと、あっていいはずがない。

 人が一人死んでいるんだぞ?

 それも、こんなに惨たらしい姿で。

 なのにこいつらは――。


「な、なに……やってんだよ、お前」


つい、そんな言葉が口を突いて出た。

あまりにも弱々しく情けのない声色に、自分がどれだけ怯えているかを理解した。

そういえば、脚がやたらと震えている。息は荒く、額に嫌な汗が滲み、視界が徐々に涙で覆われていく。


「だ、ダメだろ……人を殺しちゃ」


滲んだ瞳で見据えた先で、ぼやけた彼女が笑顔を浮かべていた。


「…………キャハッ」


それはあまりにも恐ろしく、気味が悪く、残酷な程に無邪気で、思わず息を飲んだ。


「キャハハハハハハハハハッ!」


次の瞬間、白い少女の上半身が炎に包まれた。

燃やされたのだ。

紅の魔法陣をその指先に出現させた、セーラー服姿の彼女によって。


「やめてよ……やめてよぉっ!」


ニタリと笑う姿はまるで、童話に出てくる悪い魔女のようである。

だが、彼女は魔女でもなければ、彼女が起こした現象も魔法なんかじゃない。

彼女はただの患者であり、その現象はただの症状なのだ。


「キャハ! ねぇなんで泣いてるの? ほら、笑ってよ?」


この学園の生徒は皆、精神病を患っている。

妄想と現実の区別がつかない者が引き起こす、ノーシーボ効果による異能力の獲得。それがその病の症状。


僕は間違っていた。

この学園の生徒たちは偶々病を患い、危険な能力を身につけてしまって、学園という名の隔離病棟に閉じ込められた被害者であると、そう思っていたのだ。


「キャハハハハハハーーッ!」


しかし、それは違った。

彼女たちが病を患ったのは、偶然ではなく必然。

真に危険なのは、能力ではなくその精神。

彼女たちはどこまで行っても被害者ではなく、あくまでただの患者なのだ。


「あっ、おいテメェ危ねぇぞ!」


この学園は病んでいる。

生徒も教師も、なにもかも。

病の正式名称は長ったらしくて忘れてしまったが、彼女達が患う精神病ーーその通称は『中二病』。


「キャハッ! あなた、 そんな怖い顔してどうしたの?」


恐怖や戸惑いが怒りへと変換されていくのが自分で分かった。

噛み締めた奥歯も、握り締めた拳も酷く痛む。


「しょうがないなぁ。アタシの魔法で、あなたも笑顔にしてあげる」


僕がこの学園で唯一その病を患っておらず、健康的な精神と肉体を併せ持ち、尚且つ別の病をーー中二病を治せる『高二病』を患っていると言うのなら、するべきことはただ一つ。


「……黙れ、魔女モドキが」


この女子中学生に、一服盛ってやるだけだ。

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