ミツバと共に

 リビングのソファは、Uの字に並べている。

 テーブルを退かし、間に布団を敷いて今は寝ている。


「ふぅ。ホラー、ムズイな。くそ。でも、オレが体験した事って言うか。地獄って、こんな感じだしな」


 文才なんか知ったこっちゃない。

 小説の基本なんか、くそくらえ。

 何が面白いか、面白くないかなんて、主観でしか感じ取れない。

 一応、他の人のレビューや感想、流行を参考にはするけど、自分が詰まらないと思ったら、書かない。


 というか、書けるわけがない。


 辞書を手元に置いて、オレは小説の投稿サイトで執筆する。

 設定は自分が分かる程度に、簡潔にまとめておく。

 プロットは四行くらいしかない。

 初めの導入だけ。


 あとは、成り行きで書いてるので、ほぼプロットなしで書いている。

 すらすら書ける理由は、実際に体験した事だからだ。

 なので、プロットなんか組まなくても、自分の身に起きた事を日記みたいに書いていくだけで、勝手に話が進んでいく。


 どうせ、大した人数読んでないし、これくらいでいいだろう。


「……書いてみるもんだな。頭ん中、真っ白だったけど。とりあえず、書いてみると、割と進んでく」


 八馬さんと出会う前の場面を書いているが、もっと怖くしたい。

 脚色を入れることができたら良いが、オレが書くと、どうもアホっぽくなってしまう。


「でも、生首を抱えて走ったし。あの馬から逃げる時、こうだったよなぁ」

《……何してんの?》


 耳元から声がして、顔を少し向ける。

 肩に顎を乗せて、絵馬が聞いてきた。

 眠そうに瞼を半分閉じ、パソコンの画面を見つめる。


《馬頭と会ったんだ》

「ああ」

《あいつ、イジメ甲斐があったなぁ》

「性格悪いって」


 何かとクリーンさを求める現代では、絵馬の性格は受け入れられないだろう。今の人間は、潔癖というか、過剰というか。人間臭い所まで否定する節があるため、こいつにSNSなんてやらせたら、とんでもない事になるだろうな、と勝手に考えた。


《……帰る事ができたら。もっとイジメるのに》


 切なそうに、絵馬が口を尖らせた。

 表情だけ見れば、失恋したばかりの可愛いギャルに見えない事もない。

 言ってる事は、邪悪である。


「八馬さんが怖いってか」

《あいつ、男好きだもん》

「だとしても、筋が通ってる人だよ。話が分かるし。あ、そういや、聞きたいことがあるんだけど」


 ここまで書いておいて、オレはある事が気になった。


《なによ》

「守護ってなんだ? お前の手下に聞いた時、八馬さんが守護って言われたんだ。あれの意味が分からなくてさ」


 辞書で引いたら、『守ること』と出てきた。

 何を守ってるんだろう、なんて調子で、考えてもキリがない。

 ひょっとすれば、あの世で設けられた特殊な制度があるのか、と思ったわけだ。


《んー……、天国と冥府、地獄を統括する立場、かな。分かりやすく言うと、……まあ……母上と父上の、下? んーと。二番目? うーん》

「意味が分からん」

《あ、そうそう。たぶん、こっちで言うと、軍で一番偉い人? かな?》

「へえ」


 言われてもピンとこない。

 何か、とてつもない役職の人なんだろうな、とは伝わってくるが、知識のないオレには何がすごいのか分からなかった。


 勉強が必要だ。

 考えながら、「本読もう」と誓った。


《明日休みでしょ》

「まあ」

《なら、神社行こうよ。知ってる子が来てるから。会わせたいんだよね》

「いや、でも、寒いし……」

《いいじゃん。私だって、久しぶりの地元の子と話したいから》

「一人で行けばいいだろ」

《……お姉ちゃん怖い》


 八馬さんに対しての恐怖で、ちびっ子が性格まで、ちびっ子らしくなってしまった。鬱陶しく脇の下を潜り、しがみついてくるため、執筆が捗らない。


 口では、《臭い。死ね。気持ち悪い》と散々な言いようだが、怯え始めると、すぐに引っ付いてくるため、調子が狂った。


 現在の絵馬を見ていると、オレは思うのだ。

 こいつは、きっと依存しやすいタイプなんだろう。

 分かりやすく言えば、メンヘラってやつだ。

 そっちの気がある。


 オレにとっては、疫病神。

 憑りつかれると疲労が溜まり、たまに怒ってしまう。

 でも、弱体化した絵馬はすぐに泣くので、結局折れるのはこっち。


「……分かったから。離れろって」

《やだ》

「いや。離れて。これマジで」

《んー》


 全身で抱き着いてくるため、オレはパソコンの横に置いてある煙草を取った。火を点けて、煙を吸い込むと、絵馬がしかめっ面になる。


《くっさ!》


 魔除けだ。

 こいつのせいで、最近は本数が増えた。

 煙草に火を点けると、その場にはいられないので、オレは台所の方に移った。


「喫煙も受け悪いしな。ふぅー。……あー、本出して、金欲しい」


 小説なんて高尚な趣味じゃない。と、オレは勝手に思ってるが、これは人によるだろう。


 少なくとも、オレは誰かを感動させたいとか、世界中を面白おかしくしたい、なんて純情は持ってない。


 切実に、金が欲しかった。

 お金があれば、借金を減らせる。

 生活だって助かる。


 薄い雲のように揺らぐ白い煙を口から吐き出した白い風で突き破る。

 ボーっとしていると、不意に頭上から『ピッ』と音がした。


 見れば、換気扇のボタンがオレンジ色に光っている。

 頭上の明かりを見て、やっと換気扇を回し忘れた事に気づく。


《ここ。掃除した方がいいね》


 青白くて、長い腕が視界の横から伸びた。

 振り向くと、隣にはいつ現れたのか、寝間着姿のミツバが立っていた。


「……また、出た」

《出るよ》

「頻繁に幽体離脱してるけどさ。それ、大丈夫なの?」

《何ともない。眠ってるだけだから。慣れると便利だよ》


 あれから、ミツバの本体とは会っていない。

 ただ、時折幽体だけがひょっこり現れて、お節介を焼いてくることがある。


 少しでもだらしない真似をすると、彼女は遠慮なく腹を殴ってくる。

 鉄拳制裁ってやつだ。

 その威力がシャレにならないから、オレは言うことを聞かざるを得なかった。


 初めに会った頃より、ますます綺麗になったミツバの幽体。

 静かにオレの方へ振り向き、笑みを浮かべた。


《明日、……掃除ね》


 ミツバの事は、煙じゃ追い返せない。

 だって、同じ銘柄の煙草を吸ってるのだから、慣れているに決まっていた。

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幽霊が毎日腹パンしてくる 烏目 ヒツキ @hitsuki333

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