091 二つ名の魔石と昇格


《初仕事にしては上出来か?》

{{ふふ、そうですね}}


 ロランは顔を綻ばせながら口を開いた。


「シャーマンが意外と大きいですね!」

「二つ名ですからね。……これで彼らも報われます。ギルド一同、冒険者様方の献身に感謝します!」


 ビレーが力強く頷くと感慨深い表情を見せる。


《……計算したんだけどよぉ、一日30ルースで良い生活できるってことは、2か月以上もそれができるってことだよな!?》

{{単純計算ではそうなりますが、ダインスレイブや弾薬の費用を忘れていませんか?}}

《……う……。そう言えばそうだった》

{{それに目的はヴォイドの地を脱出することで、冒険者登録するのはなにかと都合がいいからです。主目的を忘れないでくださいね}}

《そう……だったな》


 ロランは少し冷静になる。冒険心をずっとくすぐられてワクワクしていたのだ。

 エリクシルも多少は目を瞑っていたようだが、「良い暮らしができる」という発言は聞き流せなかったようだ。


{{それとコスタンさんは報酬を全て受け取るよう指示してくださいましたが、実際の報酬を目の前にするとなんだか申し訳なくなりますね}}

《その分物資でお返しするんだったろ?》

{{そうでしたね。わたしたちの世界と異なり物体としての通貨を前にすると、を感じてしまいまして}}


 重み、ロランもそれに共感する。

 現金通貨は地球が大宇宙時代に突入してから扱われなくなって久しい。今では電子クレジットが基軸通貨として主流で、古銭等は古物商で見かける程度だ。


「……受け取りは?」


 ビレーがコスタンに視線を送ると、コスタンはお盆をロランの前に移動させた。


「全額ロランくんに」


 ロランは申し訳なさそうにルースを小袋にしまう。

 村のために、物資を買い込むことを決意しながら。


 次にビレーが赤い字で書かれた木板を取り出し、カウンターに広げた。


「それでは、違約金についても説明しておきますね。ここにある通り――」


 ロランは木板に軽く目を通すと、さっと顔を上げた。


「あ、大丈夫です。それも読みました。あんまり失敗すると除名になるんですよね?」


 淡々とした口調で要点を述べたロランに、ビレーは少し肩を落としながらも苦笑いを浮かべた。


「……ええ、そうです。もう私の仕事がいらなくなるんじゃないかと思うくらいです……」

「しっかりと準備しておきますから、次も大丈夫だと思います!」


 彼女の軽い愚痴に、ロランも思わず笑みをこぼした。


「……続いて魔石の査定額ですがぁ、当ギルドでは岩トロールは300、シャーマンの魔石は600ルースと査定しました~。どちらもギルドで売却されないということは競売をご利用するんですか?」


 ロランはシャーマンの魔石の方が高いことが気になりつつも。


《……競売って?》

{{オークションのことですね}}

《ああっ! ……そっちのほうが高く売れる?》

{{その可能性もありますがどうでしょうかね? 希少な品であればギルド側もみすみす逃さないでしょうから、買い取り額に色をつけるのではないでしょうか。……といってもわたしたちは金額を提示されただけで実際の価値を知りませんから、可能なら査定内容を知りたいですね}}

《なるほどな、それも聞いてみよう》


「……まだ決めていませんが、査定金額の理由を聞いてもいいですか?」


 ロランの問いに、ビレーは軽く頷いて答えた。


「はい、鑑定士の方からのメモがありますので、簡単に説明しますねぇ――」


 彼女の説明を受けて、ロランは小さく頷いた。

 魔石の価値は、主に「格」「透明度」「色」「属性のバリエーション」、そして「二つ名持ち」かどうかで評価されるようだ。

 中でも、シャーマンの魔石はバイカラーと呼ばれる希少な色彩を持ち、魔法研究や装備強化の材料として高い価値を持つとされている。


{{……魔石が個体ごとにこれほど詳細に評価されているということは、鑑定士の職能ジョブが非常に重要だということですね}}

《ああ、ただ、どうやって魔物の種別や格を判定しているのか気になるな》


 ロランの呟きにエリクシルは考え込むように静かに応じた。


{{おそらく鑑定の魔法や道具によって、魔石に記録された情報を読み取っているのでしょう。それでも、このような精密な判定が行える技術には驚きです}}


「なるほどな……。ちなみに二つ名じゃないシャーマンだといくらくらいですか?」

「150ルース程度ですねぇ。二つ名があると、価値が一気に跳ね上がるんですよ~」


「競売に出す方が高く売れる可能性もありますか?」

「その可能性もありますが、商業ギルドでの競売に参加するには追加手数料がかかりますし、希少品であればギルド側が買い取り価格に色をつける場合もあります。ただ、具体的な競売の仕組みや需要については商業ギルドで確認するのが確実ですよ~」


 ビレーの説明を聞き、ロランはなるほどと納得した様子で頷いた。

 一方でエリクシルは冷静に分析を進めている。


{{結局のところ、現在の査定額が妥当かどうかは市場状況や需要によって変わるでしょう。ただ、ギルドが査定に大きなズレを出すとは考えにくいです。競売については、将来的に希少な品を手に入れた際に選択肢として覚えておくべきですね}}


 エリクシルの冷静な分析を聞いて、ロランも今はギルドに売却せず、手元に置いておく判断をした。


「……話を戻しまして、今回の貢献度についてマスター・ドマンに確認したところ、ロランちゃんは最速で等級2に昇格可能です! わ~~い! おめでとうございます~~!」


 ロランは「最速」と褒められて悪い気はしなかった。思わず口角が緩む。


「……で・す・が、まだ冒険者としての知識は少ないとの評価ですので、数日コスタンさんの元で学んでからまた昇格申請をしてください。そのあと簡単な試験に合格すれば晴れて昇格でっす!」


 ロランはニコニコしながらビレーの話を聞いていたが、試験という言葉を聞いて一気に表情を曇らせた。学校を訳あって中退している彼には試験の類はトラウマでしかない。


「そういえば昇級試験があったんですよね……」


{{何を臆しているんですか? 私が付いているじゃないですか}}

《あっ、そうか、チートがいたな》

{{……ズルではありません。もちろんロラン・ローグ、あなたもしっかりとお勉強するのですよ。わたしはあくまで最終手段です}}


 ロランはエリクシルのバックアップに安心しつつ。


「……まぁ冒険者の心得みたいな簡単なものですから、心配しなくても大丈夫ですよロランちゃん。コスタンさん、よろしくお願いしますね」


「はい、さっそく勉強していきますから安心してくだされ」


 コスタンはロランの肩をポンポンと叩いて笑顔を見せる。

 ロランはコスタンから教われるなら尚のこと心配は無いだろうと表情を柔らかくした。


「……頑張ります!」

「では、ビレーさん、軽く依頼掲示板を見させていただきますぞ」

「は~い」


 コスタンは掲示板に貼られた一枚のビラを指さした。


「これが例の緊急依頼ですな……」

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