092 掲示板で学ぶリスク管理★

 

 コスタンは掲示板に貼られた一枚のビラを指さした。


「これが例の緊急依頼ですな……」


 ロランの目に飛び込んできたのは、大きな赤字で【緊急】と記されたパピルス製の依頼書だった。依頼内容の詳細が丁寧に記されている。


【緊急】 海路エセリウム上の魔物討伐

【条件】 等級5以上の冒険者求む。配給食つき日当200ルース、他魔物討伐出来高。違約金なし。

【雑務】 ポーター荷物持ちなら等級問わず。配給食つき日当100ルース。

【依頼主】マスター・ドマン。詳細は受付にて。


「おおっ、これ、すごく条件が良さそうです!」

「うむ、国が関わる依頼ですからな。違約金がないのもそのためでしょう。冒険者にとっては魅力的な条件ですが……」


 コスタンが顎に手を当てて言葉を続ける。


「稼ぎ時とはいえ、これは海路の危険を承知で参加しなければなりません。冥王“リヴァイアサン”が絡む依頼ですから、準備不足では命取りですぞ」


 掲示板に貼られたパピルスの質感や大きな赤字が、いかにこの依頼が重要で緊急であるかを物語っている。

 エリクシルが静かに情報を補足した。


{{確かに配給食つきで日当200ルースというのは割高ですね。それに緊急依頼は、違約金がない分、参加しやすくなっているのだと思います}}

《ギルドマスター直々の依頼ってのも珍しいのか?》

{{はい。おそらく国家が後ろ盾となっているので、ギルドマスターが直接動いているのだと思います}}


 赤い字、具体的な報酬条件、そして掲示板に所狭しと貼られたビラたち――それらが一目でこのギルドの秩序とリアリティを伝えていた。


「……あっちにも残っている依頼がありますね」


【討伐】 西街道の錆狼ラステッドウルフ

【条件】 等級3以上の冒険者求む。違約金2割

【依頼主】XXXX 詳細は受付にて。


錆狼ラステッドウルフ、この手の魔物はあまり手を出したくないですな」

「魔物図鑑にも載ってたやつですね。やっぱり強いんですか?」

「ええ、体が大きく俊敏なうえ、群れで動きますからな。無策で挑むと簡単に命を落とします」


{{魔物図鑑によると、アラスカオオカミに匹敵するサイズですね。体重40~100キロほど。錆狼ラステッドウルフも同等の可能性が高く、油断すると危険です}}

小鬼ゴブリンよりかなりデカいし、厄介だな》


 エリクシルの情報を見たロランは改めて難易度の高さを実感する。


「……この報酬額、1200ルースってどうなんですかね?」

「良いところに目をつけますな。では簡単に説明しましょう――」


 コスタン曰く、この依頼には問題があって、一番の懸念は討伐数が明記されていない点だ。

 例えば群れが2匹なら報酬として十分だが、10匹以上の場合、危険度と作業量が跳ね上がり割に合わない。

 さらに、冒険者はパーティを組むのが一般的だ。

 仮に5人で受けた場合、報酬は1人あたり240ルース。

 そこから準備費用や索敵、滞在費を差し引けば、利益はほとんど残らないことが予測される。


 コスタンの解説を聞きながら、ロランは冒険者という職業の過酷さに改めて思いを馳せた。

 これまで魔物退治はただ戦って勝つだけだと思っていたロランだったが、現実の厳しさに驚かされる。

 冒険者の世界は想像以上に厳しく、慎重な計画と判断が求められるのだ、と痛感した。


「……交渉で条件を改善することもできるでしょうが、そこまで手間をかける依頼は自然と敬遠されますな」

「つまり、情報が多い依頼の方が良心的ってことなんですね?」

「その通りです。最低討伐数や余剰報酬が記載されている依頼は計算が立てやすく、冒険者にも受け入れられやすい。情報が曖昧な依頼は慎重に選ぶべきですな」


{{ロラン・ローグ、これで冒険者が生き残るために、ただ剣を振るだけでなく、頭脳も必要だとわかりましたね}}

《そうだな……冒険者本当に頭を使う仕事なんだな》


 ロランは頷きながら小さく笑った。


「これが人気のない依頼の正体……。そういえば依頼日も書かれていますね」

「10日経っていますが、緊急依頼が発令されたので手数料は免除されていますな。となると、依頼料の上乗せを待つか、索敵持ちの冒険者が受注するのを期待する形になるでしょう」

「……コスタンさんも岩トロールの依頼が受けられなかったら、どうしてたんです?」


「受注されなければ、1,000ルースほど上乗せするつもりでしたな。緊急性が高い依頼は、そうするしかありません」

「なるほど……」

「まぁ、今回は成功しましたからな。いい経験になりましたぞ! あとは村に還元するだけです! わっはっは!」


 コスタンの朗らかな笑い声がギルド内に響いた。


 掲示板には、ほとんど雑務しか残っていない。

 荷物運びや簡単な調査といった仕事が並ぶ。

 ロランは少しだけ肩透かしを食らった気分になったが、こうした地味な仕事も冒険者の一部であることを理解し始めていた。


 にロランはギルドを離れる前に、昇級試験が他のギルドでもが受けられることを確認した。

 これはエリクシルの指示によるものだが、結果として冒険者の情報が各ギルドで共有されているとわかり、ロランは少し安堵した。


「ではまた」 


 コスタンが手を振ると、ビレーも両手を大きく振って2人を見送った。

 ロランは簡単な挨拶を返し、一行は冒険者ギルドを後にする。


「ロランくん、そろそろ昼時ですな。一度食事を挟んでから商業ギルドへ向かいましょう」

「わぁっ、待ってました! 『海の竜頭亭』ですよね!」

「では道案内をお任せください」


 コスタンは楽しげに笑いながら、港へと続く道を進んだ。


――――――――――――――――

依頼書。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023212532378118

補足ノート:依頼、手数料

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023212532380654

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