080 朝の喧騒と新たな依頼
{ぽーーーん。おはようございます。ロラン・ローグ、定刻になりました。恒星間年月日は統一星暦996年9月13日の6時です。本日はポートポランへ岩トロール討伐の報告に行く予定です}
エリクシルの規則正しい朝の挨拶と共に、ロランの目覚めが始まる。
「うう~~ん……カルボ……ォナラ……」
そこへニョムロケットが勢いよく飛び込んできて、寝ぼけるロランを揺さぶる。
「ロラーーーン! おっきろーーーっ!」
「もう少し……寝かせて……」
「ダメだ! おっきろーーー!!」
寝ぼけ眼をこすりながら、ロランはベッドから起き上がる。
「焼きたてパン、早く来ないとみんなが食べちゃうよ!」
ニョムの言葉に誘われ、眠気も吹き飛ぶ。
ムルコが大きなお盆を運び、朝食がテーブルに並べられる。
焼きたてのパン、トウモコロシのポタージュ、干し肉とサラダ。
香ばしい香りと共に子どもたちが勢いよく飛びつく。
パンの取り合いの中、ロランも一口かじり、その美味しさに驚いた。
「こんなに美味しい焼きたてを食べられるなんて!」
ロランはムルコが子育てをしながら、シャイアルケーキの改良にも取り組んでいる姿に感心する。
(本当にすごいよなぁ……)
朝食の席では、賑やかな会話が飛び交う中、ムルコがふと真剣な表情を見せる。
「ロランさん、このシャイアルケーキの新作をポートポランで販売してきてほしいんです」
「えっ!? 俺が?」
突然の依頼に戸惑うロランだが、ムルコの目は真剣だ。
「このケーキは村の特産品にするための大事な商品なんです。街での評価が必要で……ぜひお願いします」
「で、でも俺、商売とか、販売とか、全然わかりませんよ?」
「もちろんコスタンさんと一緒にですよ。コスタンさんには話を通しているので、売り方とか詳しくは彼に聞いた方が良いかもしれませんね。私も直接売りにいったことはないから」
{コスタンさんが一緒なら安心ですね! やりましょうよロラン・ローグ!}
なぜかやる気満々なエリクシル、目が輝き、星が飛び散るワクワクのエモート付きだ。
それをみた子供たちが「すごい!きれい!」「どうやってるの? 魔法?」と喜んでいる。
ロランもその熱気に押されて、販売を引き受けることを決意した。
「とりあえずコスタンさんに売り方とかは聞いてみます」
「ありがとうございます! ではすぐに用意しますね」
「ロラン、ポートポランに行ったらお土産ちょうだいね!」
「ニョムだけずるい!」「ミョミョも!」「わたしも!」「僕も!!」
ニョムや兄弟たちがお土産をせがみだす。
これは皆の分も買わなければならないと思いつつ、ちびっこたちに懐かれて悪い気はしない。
ちょうど物資を買って寄付するつもりだったのだ。この機会に村の必需品についても尋ねておこう。
「あっ、ムルコさん、街で香辛料などの必需品も買ってこようかと思っているんですが、なにか入用ですか?」
「……そうね、調味料なんかはいくらあっても困らないけど……。でも悪いですよ」
「コスタンさんにも断られましたけど、泊めてもらったお礼がしたいんです」
{わたしからもお願いします}
ロランの真剣な眼差しとエリクシルの援護もあってか、ムルコはしばし考えると答える。
「……それなら砂糖と塩を1瓶と火と氷の魔石を5つずつお願いしてもいいですか?」
「……火と氷の魔石……ですか?」
「ええ、ご存じなかったですか?」
そう言うとムルコはキッチンに向かい、ロランたちを手招きする。
「この青いのが水を冷やす氷の魔石、赤いのが釜戸に使う火の魔石です」
ムルコが指差した魔石は、まるで生きているように淡い輝きを放っている。
火の魔石は炎のように赤く揺らぎ、氷の魔石は青白い冷気を漂わせていた。
{やはり魔石には元素の偏りがありましたね……! そして色との関連性も極めて高い! これは……!}
エリクシルの瞳が輝きを増し、次々と分析を始める。
「でも、その仕組みって結局謎じゃんか」
{確かに、過程を無視して冷気を顕現するなんて……。どうやって溶けずにいるのですか!?}
ロランの言葉にエリクシルは動きを止め、表情を曇らせた。
彼女の声が次第に小さくなり、考えが深みに嵌っていくのが見て取れる。
それを心配そうに見ていたムルコが尋ねる。
「エリクシルさん……頭抱えてるけど大丈夫?」
「……大丈夫だと思います。考えすぎなんだと思うんですけど……」
エリクシルがこれほどまでに悩んでいるのを見るのは、ロランも初めてだった。
腕輪型の端末が熱を帯びていることに気付く。
(……そっか、AIって理屈とか原理とかから外れられないもんな。今のエリクシルは理屈で説明できないことを考え続けてオーバーヒートしそうなのか。理屈と心でまた戦っているんだな、きっと)
「……まあまあ、許容云々の話じゃないさ。この世界で俺たちにできることは、素直に受け入れて活用するだけだぜ」
{氷が氷になる過程もなしに、冷気を活用できるなど……。それは溶けないんですか!? おかしいですよっ!}
エリクシルはうーんうーんとうなり続けている。
ニョムも心配そうにジィッと見つめている。
「エリクシルお姉ちゃん、本当に大丈夫?」
「ああ……だ、大丈夫大丈夫。な? エリクシル?」
そう言ってエリクシルの肩に手を添えてみる。ノイズが混じり、少し落ち着いたように見えた。
「まぁいいじゃん、氷の電池で魔素と引き換えに冷気を引き出していると思えばさ……」
{氷! の! 電池!? 冷気を引き出す……具現化と言うことであれば、魔法と一緒じゃないですかぁ……。いったいどうやって……}
エリクシルはどんどん声を小さくして、ぶつぶつと呟くように言った。
頭を抱えていた手も徐々に下がり、今は両頬に当ててある。手に引っ張られて眉毛と目尻が下がる。
頬に押されて唇は尖っており、落ち着きなく身体を小さく左右に振っている。
仕草はかわいいが目は
腕輪端末もますます熱くなっている気がする!
「そ、それを言ったら俺の胸の石だって摩訶不思議じゃんか~。今は気にすんなって~」
{魔石……ジェムストーン……宇宙船の残骸……消費期限……太陽……魔法……氷……}
ロランがそう言うや否や、芋づる式に疑問が連想されてしまったようだ。
するとピタッとエリクシルが動きを止める。
服の裾や揺れていた髪まで時間が止まったかのようにピタリと空中で制止した。
「おい、エリクシル? フリーズした!?」
ロランが慌ててエリクシルの肩を掴もうとするがノイズが混じるだけだ。
しかし1秒も経たないうちにエリクシルは活動を再開した。
そしてデフォルトの立ち姿に戻る。
その顔は疲れた表情をしている。
{わたし……少し休ませていただきます……}
か細い声でそう言うと、スゥッとエリクシルが姿を消してしまった。
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