079 夕食を終えて

 

 夕食を片付け終えるとラクモに料理を教えてくれたお礼を伝える。

 軽く手を振って「僕もお世話になったから」と言っていた。

 そして祝勝会がすっかり終わった後、コスタンがロランに声をかけた。


「ロランさん、明日はどうされるおつもりですかな?」


 ロランは少し困った顔を見せながら答えた。


「実は、まだ決めてないんです」

{バイユールの図書館が気になっていますが、次の足取りが定まらなくて}


 コスタンは頷きつつ、少し間を置いて提案を始めた。


「実は、明日わたしはポートポランへ出向こうと思っています。ギルドへの依頼を出しておりました岩トロール討伐の件を報告せねばなりませんのでな」

{例の港町ですね!}


 コスタンは両方の街の方角を示しながら説明する。


「ここから見て、ポートポランはバイユールよりも近い。街も賑やかで品物も多く揃います。ロランさん、よろしければ一緒に来ませんか? ギルドへの依頼報告も、あなたがいてくれると大いに助かりますぞ」

「ぜひ行きたいです!」


 ロランはすぐに顔を上げ、身を乗り出すように答えた。

 その熱心な様子に、コスタンは満足げに微笑む。


「それは良かった。ポートポランには冒険者ギルドもあります。ロランさん、いっそ冒険者登録をしてみてはいかがですかな?」


 ロランの目がぱっと輝いた。


「冒険者登録、ぜひやってみたいです! 昨日もそのことを考えていて……エリクシル、いいよな?」

{この世界で活動の幅を広げるための第一歩ですからね。危険もあるでしょうが、わたしもサポートしますよ!}


 コスタンも満足げに頷いた。


「それでは決まりですな。冒険者としてロランさんが新しい道を歩むのを、ぜひ応援させてもらいたい」


 その後、コスタンはロランの服装に目を向ける。


「ただし、ロランさん。異界の服装では悪目立ちします。邪なものに目をつけられても困ります」

「あぁ、確かに……」

{装備もうまく隠さないといけませんね}


 ロランは苦笑いを浮かべ、エリクシルは思案するように顎に手を当てた。


「……でしたら、わたしのお古で良ければ一着差し上げますぞ。動きやすくて丈夫な服でしてな。冒険者時代に着ていたもので、今では着る機会もなく仕舞い込んでおりますが、役に立つでしょう」

「本当ですか! 助かります!」

「併せて外套も差し上げます。ロランさんの新たな門出に役立ててください」

{なにからなにまで、本当にありがとうございます!}


「いえいえ、今回の活躍を思えば足りないくらいです……」


 コスタンの家を訪ね、しばし待つと、コスタンが服を持ってくる。


「外套はどこにしまったか……とりあえずこれを」


 コスタンから譲り受けた服は、布製のゆったりとしたズボンと、襟や裾に刺繍の施されたシャツ、革のベルトと腰布が付いた一式。

 シンプルながらも上品さを感じさせる服装だ。


 エリクシルによれば、中世のチュニックに似たデザインで、綿布や亜麻布といった自然素材で作られているという。

 肌触りは合成繊維の強化服には劣るが、上質な素材感や魔道具による高度な紡績技術が垣間見え、ロランはこの世界独自の文明を実感した。


「これ、すごく着やすいですね。ありがとうございます!」


 コスタンは頷き、軽く笑った。


「うむ、それは冒険者を引退した後、村人として過ごすために用意した服です。お気に召したなら何よりです」


 エリクシルが感嘆の声を上げた。


{刺繍の施されたシャツはあなたの外見に適していますね!}

「……褒めてるんだよな、それ?」

{もちろんです! この世界に馴染みつつ、あなたの個性を引き立てています!}

「そ、そうか……ありがとう?」


 ロランは照れ隠しに笑いながら、革のベルトに父の形見であるコバルト合金のナイフを取り付けた。

 夢で見た父の姿が頭をよぎる。このナイフがどこかお守りのように感じられる。


 村人らしい落ち着いた装いに身を包むと、ムルコの家に戻る頃には心まで温かくなるようだった。


 ムルコの家では、すでに寝室が整えられていた。

 ノワリのベッドを再び貸してもらうことになり、ロランは感謝の言葉を口にする。

 寝る前のひととき、ロランはいつものようにプニョちゃんの世話を始めた。


 バッグから小鬼ゴブリンの小さな魔石を取り出し、プニョちゃんの前に並べる。

 ぷるんと揺れるプニョちゃんは、まるで喜びを表現しているかのようにロランを見上げた。


「ほら、これが今日の分だ。じっくり味わってくれよ」


 魔石を差し出すと、プニョちゃんはぴょこんと跳ねて一つを手に取り、じゅわじゅわと溶かしていく。

 まるで美味しい料理を食べる子どものように満足そうな姿を見て、ロランは思わず微笑む。


「わあ、プニョちゃんかわいい! ほんと美味しそうに食べるね!」


 ニョムがそばにやってきて、目を輝かせながらプニョを眺めていた。

 その純粋な反応に、ロランもつい笑みをこぼす。


「だろ? ただ、これだけじゃ足りないみたいだ」


 ロランは残りの魔石を取り出してプニョちゃんに与える。

 プニョちゃんは最後の魔石を溶かし終えると、満足げに手を振った。

 そして、小さな身体を精いっぱい使って、人間のようにOKサインを作る。

 皆はその仕草に思わず笑い、愛おしさがこみ上げてきた。


「プニョちゃん、本当にかわいい! もっと一緒にいたいなぁ」

「そうだな……。役に立つか分からないけど、放っておけないしな。こういう存在ってなんだか気になるんだよな」


 ロランはそう呟きながらプニョちゃんを見つめる。

 その小さな身体からは計り知れない不思議な力を感じるが、今のところ何の役にも立っていない。

 ただ、どこか愛着が湧いている自分に苦笑した。


{とりあえずは明日以降のエサを考えないといけませんね。ポートポランで魔石でも手に入ればいいのですが}

「大きい街らしいし、きっとあるだろう」


 ロランたちが考えを巡らせている間に、プニョちゃんは満足したのか、ぷるりと小さく揺れて丸くなった。


「もう眠いのかもな」

「そっかー、おやすみプニョちゃん。ロラン、エリクシルお姉ちゃんも!」

「あぁ、おやすみ」

{おやすみなさい、ニョムさん}


 ロランもベッドに横たわりながら、明日についてエリクシルと話していた。

 しかし、徐々に考えがまとまらなくなってきて、そのうちにすっかり寝入ってしまった。

 夢うつつにエリクシルが{おやすみなさい}と言って頭を撫でてくれた気がした……。

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