241 心の準備


「さて、お次はお土産だな!」


 ロランの元気な声が街の喧騒に溶け込み、一行は賑やかな商店街へと向かった。


「『チニャラの洗濯場』の石鹸以外になにが喜んでくれるかなぁ」

{そうですね。食べ物や調味料、お酒なんかもいいかもしれません}


 リサはこれからお世話になるシャイアル村のことを思い浮かべながら、店先に並ぶ色とりどりの雑貨に目を奪われていた。

 陽光を浴びて輝く品々の中、彼女の心の中には少しばかりの不安がよぎる。


「村に子供はいるんでしたっけ?」

「あぁ、何人かいますよ。シヤン族、犬っぽい見た目のニョムが元気いっぱいでね……」

「……それなら子供が喜ぶものも買ってあげたいですね」


 ロランが語ると、リサは目の前に並ぶ可愛らしい小物に手を伸ばした。


「これ、どうかな? ニョムさんは気に入ってくれるかな……」


 リサはピンクリボンの髪留めを手に、少し不安そうにロランへ問いかける。


「絶対に喜んでくれますよ。ちょうどピンク色の鞄をお土産に買ってあるんで、きっと似合うはず!」

「そうだといいんだけど……でも、私、本当に皆に受け入れてもらえるかな……?」


 リサの声が少し弱くなり、彼女の瞳は遠くを見つめている。


{リサさん、心配はいりませんよ。あなたの心は純粋で、優しさに溢れています。シャイアル町の人々は、そんなあなたの温かさにすぐに気づくでしょう}

「そうかな……」

{はい。どんなときもヒトとの絆は少しずつ深まるものです。焦らず、あなたらしさを大切にすれば、自然と受け入れられます}


 エリクシルの声は、彼女の心に柔らかな光を届けるような優しさと、揺るぎない確信に満ちていた。

 リサはその言葉に表情がほころび、少しずつ不安が和らいでいくのを感じた。


「……ありがとう。なんだか、少し安心したよ。焦らないで、ゆっくりやってみるね」


 リサの言葉にロランも微笑みながら頷いた。

 彼らは町の子供たちへのお土産を一通り買い揃え、次の店へと向かった。


「よしっ! 次は大人用のお土産を探さなくちゃね。私はエリクシルさんが言ってたお酒が気になるなぁ」

{お酒なら、先ほどお店を見つけましたよ}

「食前酒のネレイス・レペリアが美味しかったな」

{そういえばリサさんは飲んでませんでしたね。麦の雫セイムドロップも美味しそうでしたよ}

「あぁ、あれも良かった!」

「うわあ! 気になる!」


 食品店を巡り、目当ての酒を見つけると、ラベルには金の稲穂を手で支えた独特のマークが描かれていた。


{これは『豊穣の風』商会が卸しているんですね……}

「カディンさんのか……。もしかして『翠の雫亭』も傘下だったり?」

{コーヴィルさんの紹介でしたから、その可能性もあり得ますね}

「豪商なんでしたっけ? それなら不思議でもないのかも」


 バイユールでは冒険者ギルドと商業ギルドがうまく提携している様子がうかがえる。

 ポートポランのギルド間の不仲が噂されるのとは対照的だ。


 一行はすっかりお土産選びに没頭し、リサも不安を忘れ楽しんでいた。


「……ロランさん、荷物重くない? 私、少し持とうか?」


 お土産でパンパンのバックパック2つを前後に背負うロランをみて、リサは心配そうに声をかけた。


「いえ、大丈夫です。トカゲの魔物よりは全然軽いんで」


 ロランは川渡蜥蜴リバーディーラを運んだ時のことを話しながら、笑顔を見せた。


{およそ80キロはありましたね。帰り道に牛車の手を借りることができて幸運でした}

「80キロ……! 重いねっ!」


 彼らは楽しげに街の出口に向かい、関所で札を返却し、隠しておいたバイクへと向かった。

 今度はリサの足取りも軽やかで、風が彼女を新たな冒険へと誘っているようだった。


「これ……ケワサキのバイク?」

「知ってるんですか!?」

「あ、少しだけ。知人がバイクが好きで……」


 ロランは嬉しそうにし、リサは遠い昔を思い出し懐かしんでいる。


{さぁ、リサさん、後部座席へどうぞ}

「あぁ、そっか、エリクシルさんは必要ないんだったね」


 リサはバイクにを跨ぎながら笑った。


 バイクはエンジンを轟かせ、戦場の痕を越えてタロンの原生林へと入っていく。

 まばゆい緑と風のざわめきが、彼らをさらに奥深くへと導いた。

 しばらく走れば、彼らの船が待っている。


「{ようこそ、イグリースへ!!}」

「わぁ……シャトルカーゴ! 2等級の小型貨物運搬船ね!」

{さすが上級スペシャリスト、詳しいですね}


 彼女は感極まったかのように口元を抑えた。


「まさかまた元の文明に触れられるなんて……」


 リサは胸の奥に広がる感動を言葉にすることができなかった。

 あの日から遠ざかっていた故郷、そして失った日々が、一気に心の中に押し寄せてくる。

 こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えながら、彼女は胸元をそっと押さえた。


 ロランは荷物を運び終えると、そっとリサにチョコバーを手渡した。


「……あっ……本当に会社のチョコバーだ……夢じゃない……」


 リサはそれを大事そうに包みを開け、少しずつ味わった。


「特別美味しいと思ってたわけじゃないけど、今はとても美味しく感じる……それに、懐かしいな」


 彼女が感傷に浸りながら、その甘さに満ちた一瞬を堪能していると、なにやらやってくる。


「パウッ!」

「プニョちゃん、しばらくぶりっ!」


 尻尾を振ってロランの周りを走り回るプニョちゃん。

 リサを見ても特に気にしたそぶりを見せず、なんならリサの靴にお手をしている。


「宇宙アメーバ! こんなに愛嬌があって、こんなに可愛いなんて……!」


 その柔らかく温かな触感がリサの中に残っていた不安や緊張を一気に和らげていく。

 プニョちゃんの無邪気な仕草に、皆が自然と笑みをこぼす。


「やけに懐いてるな」

{事前にリサさんの映像を見せていたので}

「そうなんだ、エリクシルさんの気配りはすごいなぁ……」

「俺らがいない間もいろいろやってくれてるんで、助かってるよ」

{これがわたしの仕事ですからっ!}


 エリクシルの軽快な返事に、船内には少し笑いが広がった。


 ふたりはリサを案内する。

 エリクシルが設備について簡単に説明し、ロランが時折軽い冗談を交えて、リサに安心感を与えようとしていた。

 リサも次第に緊張がほぐれ、リラックスした様子で船内を見渡している。


 案内を終え、リサがくつろぎ始めると、ロランとエリクシルはそれぞれの作業に取り掛かった。


「エリクシル、強化服と銃器の修理状況は?」


 以前の戦闘で大破した装備は、次の冒険に不可欠だ。

 村では必要ないが、ダンジョンに潜る際には命綱になる。


{すでに修理はほぼ完了しており、残りは細かい調整だけです}

「細かい調整が済んだらまた取りに戻ろう。それまでダンジョンはお預けだな」


 ロランはエリクシルの報告に満足げに頷き、次の作業へと向かう。


「ニア師匠からもらった道具を組み込まないとな……!」

{そのためにはワークショップのアームを改造する必要がありますね}

「早速任せたぞ!」


 エリクシルが作業に取り掛かっている間、ロランは村に向かう準備としてコスタンに連絡し、必要な手配を整えた。

 リサにとってはここから新たな生活が始まる場所である。

 村の人々が彼女をどう受け入れてくれるのか、ロランの心には大きな期待とほんの少しの不安が混じっていた。


「さぁ、村に戻ろう!」

{久しぶりに皆さんに会えるのが楽しみです!}

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