238 帰郷の朝、別れの湖

 

{ピンポンパンポーン! おはようございます。ロラン・ローグ、定刻になりました。恒星間年月日は統一星暦996年9月27日の7時、漂流してから23日目、バイユールを訪れてから7日目! 本日は帰郷の時ですね}

「……うぅ、おぉ……ねむ」


 ロランはふらつく足取りで目をこすりながら、朝支度を整える。

 リサとともに朝食を終え、フロントで鍵を返却した。


「またのご利用をお待ちしております、ロラン様、リサ様」

「お世話になりました……」


 晴れ渡る空に映える翡翠色の湖。

 この美しい景色ともお別れだ。

 ロランは少し寂しげに湖を見渡すと、まずは世話になったミティやニアに挨拶するため、街へと足を運んだ。


 ミティはリサの手を取って別れの挨拶を告げた。


「リサさん、大変かもしれませんが、頑張ってくださいね! きっと良いことがあります!」


 匠師しょうしニアの別れの挨拶も、以前と同じように力強い。


「冒険に敗れたら、ここに来い! ……ただし、腕が残ってればなっ!」

「ハハッ……その時は頼りにします!」

{{お伝えしておきますが、敗れることはありませんからね!}}

《エリクシルがいる限り、心配してないさ》


 村の特産品を贈る約束をし、住所をメモする。

 そしてロランの胸には、もう一つの別れが重くのしかかってきた。


「……コーヴィルさんにも挨拶しておかないとな。正直、気が重いけど」

{このまま立ち去ってしまう方が、後味が悪いですよ}

「まぁ、それもそうだな……行くか」


 ギルドへと向かう道中、解体作業場の親方であるゼヴランにばったり出会う。

 ロランの旅支度を見て察したように、その表情をやわらげた。


「……お前の道が、祝福されることを祈っている」


 ゼヴランの言葉は深く低く、胸の中にじわりと響いた。

 ロランはそのまっすぐな視線を受け止めると、重みを感じた。


「ありがとうございます……」


 ゼヴランは無言で頷き、その背中を再び仕事へと向けた。

 無骨ながらもどこか哀愁を帯びているその姿に、ロランは一瞬見入ってしまった。


{{懇意にしてくれた方々との別れ、冒険とは寂しいものでもあるのですね}}

《あぁ……》


 ギルドの扉を開けると、コーヴィルがまるで待ち構えていたかのように出迎えた。

 親しげな笑顔を浮かべてはいるが、その奥に潜む意図は掴みきれない。

 ロランは自然と身構えてしまう。


「やぁ、ロランくん。来ると思っていたよ。村に帰るんだってね?」

「……はい。すみません、いろいろお世話になったのに……」


 ロランは深く一礼して感謝の言葉を述べた。

 コーヴィルは前髪を指で巻きながら、柔らかく微笑んだ。

 その笑みには、何か得体の知れないものが宿っている。


「フフ、気にすることはないさ。俺の役割はもう、終わったのだから」


 その一言に、ロランは胸の奥でざわめきを感じた。

 言葉の裏に潜む、何か別の意図が感じ取れる。


「あの……なんで俺にこんなに目をかけてくれたんですか?」

「君を見ると、昔出会った冒険者を思い出すんだ。あの人もどこかこの世界に溶け込まない、不思議な雰囲気を持っていてね。そういうヒトは大成する、俺の直感だけどね」


 ロランはその言葉に一瞬考え込んだ。

 誰のことを言っているのか……思い当たる節はない。

 エリクシルの無声通信が静かに響いた。


{{興味深いですね。漂流者の特徴と重なるかもしれません}}

《バレてはなさそうだが……》


 ロランが返答を考えている間に、コーヴィルがさらに続けた。


「縁というものは、不思議なものだよ。商人との縁、冒険との縁、そして……俺との縁。そのすべてが、君をどこに導くかは誰にもわからない。ときに縁は、思いもよらぬ形で恩返しをしてくれる。君はただ、己の信じる道を歩んでいけばいい」


{{恩返し……。彼はこの投資を失敗とは考えていないようが……底知れない何かを感じます}}

《マスターってそんなに金持ってんのか……》


 気になることは多いが、コーヴィルの穏やかな笑みにそれ以上の質問は封じられた。


「……ありがとうございました」


 再び一礼してギルドを出ると、ロランはふっと息をついた。


{{彼の真意が見える日は、まだ遠いのでしょうか}}

《気になるけど、あまり会いたくないなぁ》

{{ふふっ、それは、とやらになりますよ}}

《フッ、縁起でもねえ!》


 澄んだ朝の空気がロランの肺に染み渡り、先ほどの重苦しさが少しずつ薄れていく。

 心に残るのは新たな期待と謎めいた思いだった。


「……やれやれ、これでひとまずは一安心ってとこか」


 ロランは空を見上げ、雲がゆっくりと流れるのを見つめた。

 その様子は、次なる目標への準備を促しているように感じられる。


「……さぁ、リサさんお待たせ! 最後の買いだめと行こうか!」

「ふふっ、楽しみ!」

{動力の補充が優先ですが、皆さんへのお土産をもう少し買い足したいですね!}

「おっ、珍しく買い気だな!」

{予想以上の収益がありましたから、多少のハメは外しても許されるでしょう!}

「わーいっ!」

「まずはポーションだ!」

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