235 『宝石の衣装棚』


「じゃぁ、お礼はなにがいいかな。何か手伝えることはない?」

「えっと……そうですね……」


 ロランはエリクシルと瞬時に通信を交わす。

 ファーニャが紹介できるのは、豪商の娘としての人脈だ。

 特に高級商店の紹介は貴重だろう。

 絹糸でドレスを作るためには、リクディアのトレンドを把握する必要がある。


「というわけでして……紹介してもらえます?」

「ロランさんがドレスを仕立てると思ってびっくりしたけど、なるほど、知人のお手伝いね」

「ははっ……俺は冒険専門ですから……」


 ファーニャは可愛らしく笑って、ロランを街へと案内した。

 湖畔を抜け、商店街を進んで北門をくぐると、豪奢な建物が立ち並ぶ高級街に出た。

 上流市民たちが行き交い、商店街の雰囲気とは一線を画す空間が広がる。


「私のおすすめは宝石の衣装棚ドレスファージェマ!」

「ドレス、ファー……?」

「ドレスファージェマ! 冒険者には馴染みがない店でしょうけど、素敵よ。さあ、入って!」


 高級そうな店の扉が開かれ、店員が恭しく出迎える。


「これはファーニャ様、ようこそいらっしゃいました」

「今日は友人を連れてきたの。少し見せてもらうわ」

「それはそれは! ……来月の翡翠湖の祝祭に向けてドレスをお選びで?」

「そうよ、いろいろ見てもいいかしら?」


 ロランは自分の場違いな服装を意識し、少し落ち着かない様子でファーニャの後をついていく。


《なんか……俺、すごく浮いてる……》

{{確かに場違い感がありますね……でもファーニャさんのご好意ですし、楽しんでください}}


 ファーニャはそんなロランを気に留めず、さっそくドレス棚に向かうと楽しそうに話し始めた。


「さぁ、こっちよロランさん、最近のトレンドはマキシやシフォンよ。社交界向けならカウル、攻めるならバックレス、毛色の違うお祭りならフリンジ。あら? このシークインも素敵ね! 見てっ! このケープドレスなんかも定番!」

「お、おぉ……」


 ファーニャは楽しそうにドレスを手に取り、自分に当てては次々と話す。

 とても『豊穣の風』の盟主とは思えない、等身大の乙女のようだった。


{{ファーニャさんはドレスマニアのようですね……}}

《めっちゃ喋るな……》


 ロランはこっそりとスキャンしつつ、ファーニャについて店内を練り歩く。


{{最高級の無針魔縫まほうに魔法製織せいしょく符織ふおり幻紗織げんしゃおり古剣織こけんおり影糸織えいしおり……織り方だけでもたくさんの種類がありますね!}}

《ほとんど魔法で織ってるんだな……これ、再現できんのか?》

{{構造自体は把握できているので、あとはプリンターの設定次第でしょうか}}

《できちゃうんだ……》


 長いファーニャのドレス談義や店員の解説のあと、ファーニャはロランに尋ねた。


「どう? 勉強になった?」

「えぇ、それはもう大変に……」

「ふふっ……良かった。でも一着あったほうがその知人さんも勉強になると思うから、今回の報酬はこれね。次のトレンドになりそうなのは……」


 ファーニャが手に取ったドレス、ハイロードレスは前が短く、後ろが長いアシンメトリーデザインだ。

 動きやすさと優雅さを兼ね備え、ダンスやパーティーにぴったりだと言う。

 シルク等の光沢のある素材が向いていると説明され、彼女の服飾知識の深さには驚かされる。


「そんな、めっちゃ高級品じゃないですか、悪いですよ」

「いいの。私からの報酬としたら、安いものよ。これくださいます?」

「いやいや、買うの早いって!」

「ロランさん、お嬢様のご厚意を無駄にするな」


 耳打ちをするクルバルの目には殺意が宿っているように見える。


「ぐっ……ぬっ……。お、お願いします……」


 店員がドレスを受け取ると、丁寧に梱包し始めた。

 ドレスは基本的にはオーダーメイドだが、類人族ホモニアならず、 獣人族アニモスの顧客も多いため、サイズ調節が可能な既製品も置かれている。


「サイズに合わせてベルトを締めるとドレープが作られるの。宝石の衣装棚ドレスファージェマならではの品質、勉強にはもってこいね」

「そうですけど……。なんかありがとうございます……」


 店のロゴの入った紙袋を持って店員に見送られ、店を後にする。

 ちなみに会計はしてない、ツケだ。


「さて、もう一軒付き合ってくださる? ひとつ気になることがあるの」

「えぇ、それは構いませんけど……」


 ファーニャに案内されて着いたのは、図書館だった。


「ロランさんに倣って調べ物をしようと思って!」


 彼女は真剣な眼差しをロランに向けて言葉を続けた。


「お父様は黒い蔓について何か知っていると思うの。でも、何度聞いてもはぐらかされるばかり……だから禁書庫で調べるしかないのよ。きっと何か手掛かりがあるはず」


《あっちから首を突っ込んできた感じだけど……》

{{禁書庫は長らく興味の対象でした! ロラン、ご相伴にあずかりましょう! 貴重な資料をたくさん見つけるチャンスです!}}

《おーい……? この件には関わらないんじゃ?》

{{ここは彼女に協力する形なだけです。実際にダンジョンに行くわけではありませんから!}}

《禁書庫に入りたいだけだろ……》


 ロランはエリクシルに呆れつつ、驚きの表情を作ってファーニャを見つめた。


「……そんな場所に入れるなんて、さすがですね」


 ファーニャは軽く肩をすくめる。


「お父様は図書館に多額の寄付をしているから、私にはその権利があるの。さあ、行きましょう」

《やっぱりお嬢様だなぁ……》

{{商人との縁は持つものですね!}}


 ――ドレス 3,300ルース(ファーニャのおごり)

 ――所持金19,275ルース(懐は痛まない)

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