不安と決意

234 不意の招待★


 ロランは宿の自室に戻り、エリクシルの声を聞きながら再び考え込んでいた。


「これからどうすればいい……?」

{コスタンさんには注意の連絡を済ませましたし……}


 異形の者との遭遇に不安を抱いたものの、村からの報告に異変はないようだった。

 むしろ甦りの鉱山ルハ・シャイアの探索は順調に進み、未踏の大規模な地底構造が次々と明らかになっていた。

 地底湖に地下風穴、鉱石の大洞窟、そして地下森林。かつて見たことのない規模だ。


「村のほうは順調でとりあえずは安心か……良かった」

{……あとは普段通りリサさんにも報告をしましょう。彼女を悪戯に不安にさせるようなことを避け、笑顔で無事に依頼を達成したことを伝えるのです}


「まぁ、なんとなく、俺がダンジョンに潜らなければ問題のない話に思えるもんな……。甦りの鉱山ルハ・シャイア、めっちゃ気になるけど!」

甦りの鉱山ルハ・シャイアで検証するのもいいでしょう。『霧霞きがすみの平原』よりは視界は確保されています。それにしっかりと準備をすれば……}


 ロランはそう考えつつも窓の外を眺め、ふと霧の中で見た黒い蔓の記憶が甦った。

 異形の者の存在が心の片隅に影を落とす。


「エリクシル、あの黒い蔓、やっぱり異形の者だったんだよな……。カディンさんも、あの時の反応を見ていると何か知ってるはずだ」

{そうですね。しかし、カディンさんに追及しても、わたしたちがすでに何かを察していることを逆に知らせるだけかもしれません}


「……確かに、迂闊な発言は得策じゃない……」

{もし彼がこの異形の者について知識を持っているのだとしても、どの程度かは不明です。下手に深入りせず、こちらも慎重に対応すべきでしょう}


 エリクシルの言葉に、ロランは小さく息をつく。


「……わかった、先を見据えてできることをしっかりやっておこう。まずはリサさんに無事を報告しに行くか」


 *    *    *    *


「わがままお嬢さんの冒険指南ですか。聞いている分には楽しい話ですけど」

「もうほんと大変でしたよ」

「うふっ。……そしてこれが報酬……」

「はい、重いとは思ってたけど、まさかこんなに貰えるとは思ってなかったな……」


 テーブルの上には金貨10枚、1万ルースが並べられている。


「ここの宿、何泊分?」

「えーーと……」

{素泊まりで20泊ですね}

「そう聞くと大したことないと感じちゃうけど、私の感覚が可笑しいんだよね」


 リサは金貨一枚を手に取り眺めた。


「うん、ここは高級宿だし……。それよりも、リサさんはどうでした?」

「あぁ、私はね……」


 彼女は金貨を巾着にしまってロランに手渡すと、今日一日のことを話し始めた。

 ロランと別れた後、バイユールの街並みを観光し、買い食いや雑貨店巡りを楽しんだようだ。


「おお、それか。良いバッグだ。似合ってる」

「でしょう!? ミティさんにもお礼を言えたんだ。彼女も喜んでくれて……!」


 リサはバッグを肩にかけるとくるりと回って見せる。


{ふふ、リサさんのお勉強も進んでいるようで安心しました! 明日は息抜きしつつ勉強としましょうか}

「……だな」


 誰かにおびえて過ごしていたリサの姿はもうない。

 少しずつこの世界に適応していく彼女を見て、ロランは肩の力を抜いた。


(大丈夫、無茶しなければいい……)


 *    *    *    *


{ピンポンパンポーン! おはようございます。ロラン・ローグ、定刻になりました。恒星間年月日は統一星暦996年9月26日の8時、漂流してから22日目、バイユールを訪れてから6日! あと1日ですね}

「おー……。意外と寝れた」

{悪夢を見なかった、ということは危険は去ったのかもしれませんね}

「かもな」


 ロランはリサと合流し、のんびりと朝食を済ませると、フロントに呼び止められた。


「ロラン様、『豊穣の手』商会のファーニャ様があちらでお待ちです」

「……ここにっ!?」


 ロランが振り返ると、そこにはカウチから立ち上がるファーニャがいた。

 もちろん護衛のクルバルもいる。

 ファーニャは甲冑姿ではなく、豪商の娘らしい品の良いドレスローブを着て、クルバルは街に馴染むベスト姿だ。


「おはよう、ロランさん。お父様の経営する宿に泊まっていると聞いて、来たわ」


 クルバルも軽く会釈したため、ロランも返す。


「まじか……カディンさんの……。ところで、今日はいったい?」

「えぇ、でもその前にそちらのお嬢さんは?」


 ファーニャの鋭い視線がリサを捉えた。

 脳内にエリクシルの助言がせわしなく送り込まれ、ロランは少し戸惑いながら答える。


「……彼女は友人です。明日、俺たちの村を訪ねるんです」

「友人ね……。ロランさんの村、気になるわ」

「お嬢様、本題を……」


 クルバルが控えめに促すと、ファーニャは小さくうなずき、話を戻す。


「報酬を渡していなかったし」

「報酬はもうカディンさんから――」

「それはそれ、私からも渡したいの。……外歩きをして親睦を深めながら、どうかしら?」

「えっ、今から?」

「ロランさん、俺も止めたんですが……」


 突然の誘いにロランは呆気にとられていると、クルバルが苦笑いを浮かべながら言った。

 そんなクルバルを意外に思いつつも、ロランはリサをチラりと見た。


「私はひとりでも大丈夫だよ、行ってらっしゃい」


 聞きなれない原世界ネヴュラの言語にファーニャが驚きつつも様子をうかがっている。


「すみません、何時に戻れるかわからないので……」

「……大変かもしれないけど、頑張ってくださいね……」


 ロランは金貨1枚、100ルースを手渡すと、リサは申し訳なさそうに受け取った。


「彼女も同行しても良かったんですよ?」

「彼女は、共通語の勉強中で……」


 同行するにはいろいろと気遣いが必要だ。

 それを察したファーニャは納得し、話を戻す。


「……じゃぁ、お礼はなにがいいかな。何か手伝えることはない?」

「えっと……それじゃぁーー」


 ――収 益 9,900ルース(小遣い100ルース)

 ――所持金21,110ルース


―――――――――――――――――――

姫と護衛。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093087841884167

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