232 幻霧★
『
彼らは互いに戦い方を共有し、連携を深めるために全力を尽くしていた。
ロランはセイルガードを使った防御やいなしの技術を磨き、シールドバッシュによる反撃の力強さに驚きを隠せなかった。
「ロランさん、盾が体にだいぶ馴染んだようね」
「この盾、すごく扱いやすいです。カディンさんが仕入れた装備は一級品ですね」
それを聞いたファーニャが自分のことのように喜びながら笑顔を見せ、誇らしげに頷く。
「ええ、父は装備に関しては本当に目が利くの。私の
「バロネス……見るからに高価で品質も良さそうですもんね」
彼らの訓練は順調に進み、わずか一時間後には、3人の連携は見違えるほど上達していた。
ファーニャは突っ込まず、クルバルの護りを上手く活用し、隙を見計らって斬り付けている。
クルバルも自慢の盾で皆を護り、自信に漲っているようだ。
彼女自慢の
パーティに魔法使いがいれば、きっとこんな感じなのかもしれない。
「……最初は地味だと思ったけど、連携攻撃は癖になるわね。傷はおろか鎧が汚れすらしない」
「無傷の英雄、カッコイイじゃないっすか……!」
「ふふんっ……」
ファーニャだけでなく、クルバルの表情にも嬉しさが溢れていた。
ロランは彼女のその可愛らしい笑顔を見て、印象が変わった。
今はひとりの一人前の冒険者として成長しようとしている姿を目の当たりにし、その柔らかな一面に思うことがある。
《ふぅ……仕事は成功かな?》
{{帰るまでが……}}
《依頼だったな……!》
和やかな雰囲気は、ファーニャの言葉で一変する。
「かなりの魔物を倒したから、そろそろボスのお出ましね」
「ボスを倒して今回は引き上げましょうか。お嬢様、ロランさん気を引き締めるように」
ファーニャの言葉通り、周囲の霧が徐々に濃くなり、遠くから低く響く雷鳴が轟き渡った。
それは、強大な魔物の出現の前触れであるかのように感じられる。
クルバルが警戒心を強め、鋭い目つきで辺りを見渡した。
ロランも戦闘態勢を取る。
「ボスは
クルバルが慎重に提案したその瞬間、ロランは何かを感じた。
耳元でかすかに聞こえる、自分の名を呼ぶ声。
『ロ、ラン……』
霧の中から漂うようか細い声は、彼の全身を冷たい恐怖で包み込んだ。
「今……誰かが、俺の名前を……」
{{確かに聞こえました!}}
ロランは震える声で呟く。
ファーニャとクルバルはその言葉に驚き、彼の視線を追って霧の中を見つめた。
しかし霧はますます濃くなり、視界は限られていた。
「知り合いの冒険者、とか?」
「……バイユールに俺を知る冒険者はいません。喋る魔物とかいます?」
「言葉を話す魔物なんて……あり得ないわ」
ファーニャは信じられない様子だが、その目には不安が浮かんでいる。
クルバルもまた、不気味な気配を感じ取ったのか、低い声で囁く。
「何かがいる……」
『……ロラ、ン……◆◆◆◆◆◆◆ ◆◆ ◆◆◆◆』
「うぉっ……!」
ロランの心臓が一瞬止まるかのような恐怖が襲う。
{{この言語は……!}}
「確かに聞こえた、あっちだ!」
濃霧が大地を覆い尽くし空気が張り詰める中、冒険者たちは揺らめく影を捉えた。
霧の奥からゆっくりと浮かび上がるその姿は、人の形をした何かのようで歪んだ笑みを浮かべている。
「きゃっ!!」
「お嬢様!! 後ろへ!」
ファーニャの声がかすかに震え、クルバルが守るようにその前に立ちはだかった。
{{魔物の背後に黒い蔦がうごめいています……!}}
エリクシルが急いで状況を伝える。
{{ロラン、ここは急いで撤退するべきです。何か良くないことが起こる気がします!}}
《わかった! あの黒いのには
「……来るっ!」
「ロランさんを狙っているのか……!?」
霧の中から突如現れた黒い蔦が、蛇のような速さでロランを目掛けて伸びてくる。
ロランは盾を構え、反射的に蔦を叩き落とした。
だが――。
「っ……くそっ!」
盾に触れた瞬間、その表面が黒く変色し、爛れて溶け始める。
不気味な音と共に、頼みの綱だった盾は歪みを増していく。
{{やはり……あの時と同じですね。ロラン、すぐに行動を!}}
エリクシルの声がロランの耳に届く。
息を荒らしながら、彼は決断を下した。
「ファーニャさん……撤退しましょう! この相手は危険すぎる!」
だがその言葉に、ファーニャは動けなくなっていた。
武器を握りしめた手が震える。
心の奥で、ある言葉が何度も反響していた。
――英雄ならば退かない。
その信念が彼女の体を縛り付ける。
彼女は英雄になりたかった。
それを示す瞬間は、今この場だと信じたかった。
だが目の前では、ロランが必死に盾を構え、冷や汗を流している。
彼の表情には、焦燥と恐怖が浮かんでいた。
「お嬢様! 未知の魔物です、ここは冷静に判断を!」
クルバルの声が、彼女を現実へと引き戻す。
ロランの盾はもはや形を保つのが精一杯だ。
それでも、必死に蔦をいなしている。
次第に黒く蝕まれ、盾の金属音が変わり果てていく音が響いた。
ファーニャの視界に広がるのは、爛れた黒い痕跡。
辺り一帯を焼き尽くした雷光と、焦土に変わった大地の光景が脳裏をよぎる。
自分の無力さが再び彼女を苛む。
――私は英雄になれない。
その言葉が心の奥底で囁いた。
英雄に憧れるだけで、英雄そのものではない――それを痛感する瞬間だった。
{{ロラン、彼女を急かしてください! このままでは……!}}
エリクシルの声が、ロランの顔に緊張を浮かび上がらせる。
ファーニャは自分の内なる葛藤を振り払うように、息を深く吸い込んだ。
守るべきもの。
それを見失えば、英雄などただの理想だ。
彼女は硬直した拳をゆっくりと解く。
「……撤退しましょう」
その声には迷いがなかった。
緊迫した空気の中、全員が一斉に後方に走り出す。
深い霧の中を、必死に走り続ける冒険者たち。
周囲を包み込むように霧が重く、視界はほぼゼロ。
だが、クルバルの持つ魔道具が辛うじて彼らの道を照らしていた。
「聞こえた? ロランさん、あの声、あなたの名を呼んでいた……! どういうこと!?」
「わかりません! でも俺の勘が逃げろって告げています!」
「お嬢様、今は急ぎましょう!」
重く湿った空気の中で、不気味な声が何度も響き渡る。
その声が、まるでこの世界の終焉を告げるかのように彼らを包み込んだ。
「はぁ、はぁ……出口が見えた!」
「全員、走れ!」
霧の中にぽっかりと浮かぶ闇の出口。
全員がその中へ吸い込まれるように消えゆく瞬間、再び空には雷鳴が轟き、あたりには静寂が訪れた――不気味で、深い静寂が。
* * * *
* * * *
―――――――――――――――――――
幻霧。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093087631829686
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