230 『トールナハ』★


「トールナハは特別なの」


  ファーニャは剣を見つめながら、父カディンが自分のためにこの剣を用意してくれたことを誇らしげに語った。

 彼女が幼い頃、勇者に憧れていた自分のために、父はずっとふさわしい一振りを探していたという。

 いくつかの候補があったようだが、カディンは娘にふさわしくないと考え、さらに特別なものを求めた。

 最後には魔法鍛冶師と職人を訪ね歩き、ようやくこのトールナハを手に入れたのだ。


「この剣は、私が成長するたびにその力を増していくの。父が私の夢を叶えるために特別に作らせたもの」

《人造の魔法剣……》

{{興味深いですね……!}}


 剣は最高級の素材と魔法技術で作られ、どんな敵も切り裂ける力を持っているという。

 ファーニャはその刃に込められた父の愛情を強く感じていた。


「……これがあるから、無茶をしても大丈夫。今までも、これで……」


 誇らしげに語るファーニャだが、どこかその声には遠い憂いも含まれていた。

 剣の刃に映る彼女の顔に、あの遠征で受けた傷跡がうっすらと影を落としているように思える。

 ロランはそのわずかな揺らぎを見逃さなかった。


 ふと、クルバルもその場面を見つめている。

 彼の表情が一瞬曇り、そしてすぐに戻るが、エリクシルはその変化を確かに見て取った。


《……彼女、遠征のことを忘れようとしてるな》

{{クルバルさんも同じことを感じているのでしょうね……彼のわずかな表情の変化がそれを語っています}}

《トールナハの力に頼って、無理をして自信を取り戻そうとしているのかもな。あの敗北を忘れたくて必死なんだ》


 ロランはファーニャの無茶な行動の裏に、彼女が抱える焦りと不安を感じ取っていた。

 確かに、トールナハの力は強大だ。

 しかしタロンの主という乗り越えられない大きな壁にぶち当たった。

 彼女はその事実を受け入れられず、必死に戦い続けているのだろう。


{{痛ましいですね……。ファーニャさんに何らかの声をかけますか?}}

《いや、まだいい。今は彼女自身がそれに気づく時を待とう。焦ってしまうのは、俺もよく分かるからな》


 ロランは静かに息をつき、ファーニャの様子を見守ることにした。

 彼女が自ら気づいて立ち上がれるように。

 しかしその時、エリクシルが何かに気づいたように声をかける。


{{とはいえ、ファーニャさんも無茶をしているのは自覚しているのですね……あなたもまだ、無茶をすることがありますが……}}

《そうかぁ!?》

{{初めのころと比較したらだいぶ良く……いえ、コアへのドロップキックには肝が冷えましたよっ! ……前言撤回です。彼女との共通点は多そうです}}

《はははっ! へこみそう!》

{{へこみますか……。うーん、フォローするとすれば……強力な装備がなくても戦えるようにと頑張っているじゃないですか。コスタンさんとラクモさんの指導も身についていますし}}

《ありがとう……! 俺はファーニャの気持ちも少しは分かるんだよ》


 ロランは彼女と自分を重ねて見ていた。

 岩トロールを討ち倒し、村で英雄と呼ばれた時、誇らしさがこみ上げた。

 あの時も、エリクシルの助けや仲間の力があったことは理解していたし、皆の力があってこその勝利だとはわかっていた。

 しかし、今になってそれがより深く実感として心に染み込んでいる。


 己一人で勝ち取った勝利など存在しない。

 力ある装備や、仲間の助け、そして冷静な判断があってこそ、初めて真の勝利が得られたのだと。


{{わたしたちも原世界ネヴュラの技術あっての強さですからね}}

《それに頼り切ってちゃぁ……いけねえよな》


 そう思いつつも、ロランの心はどこか落ち着かない。

 ふと、これまでの冒険で出会った人々のことが脳裏をよぎる。

 コスタン、ラクモ、チャリス……彼らから受けた助言や導きが、迷うたびに道を示してくれた。

 しかし何よりも、漂流して以来ずっと寄り添い、支えてくれたエリクシルの存在が今のロランのだった。


 ふと隣を見やると、クルバルもまた何かを言いたげにしながら、静かにファーニャを見守っているのが伝わってきた。

 その姿にロランは自分の役割を見出すように感じた。

 クルバルが言えないなら、いまこの場で彼女に伝えるのは自分なのではないか――そんな思いが膨らむ。


(俺はエリクシルを導くと誓ったんだ……)


 その誓いは、今、ファーニャにも向けられている。

 かつて自分が受けたものを、今度は誰かに与える。


 ロランは静かにエリクシルに問いかけた。


《エリクシル、俺、ファーニャも導いてやれるかな?》

{{ロラン……ええ、ええ……! あなたならきっとファーニャさんを導けますよ!}}


 エリクシルの声には、静かな喜びと満足が込められていた。


{{あなたの成長をこうして感じられることが、私にとってどれほど誇らしいことか……}}


 エリクシルの支えを受け、ロランはためらいを振り切るように一歩を踏み出した。

 ファーニャの焦りを見過ごせない――そう感じて、意を決して彼女に声をかけた。

 

「……遠征ではその無茶で壊滅的な被害を受けたんですよね?」


 ファーニャの表情が固まる。

 彼女は顔をしかめ、ロランを睨みつけるように視線を向けた。


「私は小鬼ゴブリンなんかに後れを取らない。大きなケガをすれば撤退すればいいだけのこと」


 ファーニャはわざと話をすり替えている。

 彼女が避けているのは、タロンの主とのあの遠征――血盟クランが壊滅的な被害を受けたあの戦いのことだ。

 彼女がその傷をまだ引きずっているのは明らかだ。

 だからこそ、今は無茶を繰り返して自信を取り戻そうとしている。


 ロランは冷静に言葉を重ねる。


「……そんなんじゃ命がいくつあっても足りませんよ。敵の強さを見誤れば待つのは死。足をケガすれば移動も難しくなる。あなたはまずは仲間を信じて立ち回るべきです。それに、ご自慢の剣がタロンの主には効かなかったんでしょう」


 ファーニャは一瞬言葉を失い、苦々しげに視線をクルバルへと向けた。

 言葉に詰まる彼女を見守るクルバルの視線は温かくも、微かな不安が滲んでいる。


「クルバル、ロランさんはそう言ってるけど、あなたはどう思う?」


―――――――――――――――――――

トールナハと暴れるファーニャ。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093087398214022

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