229 焚火を囲んで
「お嬢様、少し休憩を取りましょう。次の戦いに備えて、体力を回復させる必要があります」
「えぇ、そうね」
クルバルは背嚢を下ろし、手際よく休憩の準備を始めた。
彼の動きは無駄がなく洗練されていたが、その手が一瞬だけ止まる。
何かを考えているのか、その目がロランとファーニャの間をちらりと見やったように見えたが、すぐにいつもの動きに戻る。
{{鮮やかな手際、クルバルさんはよく訓練された執事のようですね!}}
《執事兼、護衛なのか……?》
{{羊な執事さん、なんだか面白いですね……!}}
《言うと思ったよ……!》
やや気が抜けるダジャレを聞いていると、クルバルは気になる物を取り出した。
古めかしい香炉のような器具に美しい赤い魔石をはめ込む。
すると淡い紫煙が周囲に漂い、どこか神秘的な雰囲気が広がる。
「それは魔除けの魔道具よ」
ファーニャは、ロランが興味深そうに香炉を見つめているのに気づき、少し誇らしげに言った。
「一介の冒険者には手が出せないほど高価な代物」
{{
「……魔除け……便利ですね」
ロランが呟くと、クルバルが視線をロランに向け、意識的に沈黙を保っているように見えた。
エリクシルがその様子を見逃さない。
{{クルバルさん、何かを伝えたそうですね……}}
《そうなのか……?》
ロランはその意図を測りかね、クルバルを見つめた。
「ロランさん、そういえば
「あー……」
《……言ったところでなぁ》
{{もう手に入りませんしね}}
ロランが答えに詰まると、ファーニャはその態度に不満そうに眉をひそめた。
「ロランさんがそれを苦労して手に入れた冒険譚が聞きたいの。それも教えられないわけ?」
「えーっと……」
ロランが口ごもるのを見て、クルバルはほんの少し眉を寄せた。
そして、意を決したかのように、抑えた声で口を開く。
「……お嬢様、無理に聞き出すのはお控えください」
クルバルの声は穏やかだが、その言葉の端にわずかな躊躇が滲んでいた。
ファーニャは一瞬、彼に視線を向け、不満そうに眉をひそめる。
「……そうね。でも、別に秘密にしなくてもいいんじゃない?」
「些細な情報が、冒険者の手の内を明かすことに繋がりかねません……」
ファーニャは肩をすくめるようにして視線をそらすと、頷いた。
その姿を見て、ロランはふと違和感を覚える。
《……クルバル、なんでそれは言えるのに、さっきの無茶は強く諫めないんだ?》
{{彼の立場では、言いづらいこともあるのでしょうね。ファーニャさんに逆らうことは避けたい、という気持ちも理解できます}}
《ふたりは主従関係だろ? 言いづらいってそれ職務放棄じゃねえか!》
{{うーん、なんらかの恩義、そうですね。拾われた身であるとか、そういう可能性もありますし……。色々な関係があると思いますよ}}
《……そんで遠慮しているのか》
{{ロラン、あなたは依頼を引き受けている以上、その遠慮が必要ありませんね}}
エリクシルの言葉にロランは一瞬考え込むが、すぐにクルバルが周囲を整えている様子に目を向ける。
手際よく焚火を起こし、香り高い茶を淹れる姿に、ロランはどこかおぜん立てをされているような感覚を覚えた。
(クルバル、自分では言い難いから、俺に促しているのか?)
そんな思いが心をよぎる。
「……ロランさん、あなたは生き残るために冒険者になると言ってたね。それはお金があれば解決すること?」
「……お金で解決するには、相当な額が必要でしょうね」
ロランはファーニャの質問の意図を汲み取れなかったが、そう答えた。
「どれくらい?」
「うーん……」
船を修理して脱出するための動力を確保するには、大量の魔石が必要だ。
魔石を買い集めたとして、どのくらいの値段になるのかは想像もつかない。
ふと、エリクシルが言った言葉が思い起こされる。
{ダンジョンコアであれば動力の大半を賄えるのかもしれません}
あれをお金に変えることが出来るのか、また、手に入れられるとも思えない。
ロランが思案しているとエリクシルが具体的な値段を助言し、そのまま伝える。
「白金貨で数万枚、いやもっとかも……」
ロランは金額を口に出しながら、その現実感のなさに苦笑した。
「……あなた国でも興すつもり!? まったくふざけた話」
「はははっ……」
湯気がゆっくりと立ち昇る中、クルバルは手お茶をカップに注いだ。
香り高い蒸気が霧のように周囲を包み込み、どこか心が落ち着く感覚が広がった。
「ロランさんは見かけによらず野心があるようね。そんな大金、いち冒険者ではどうにもならないと思うけど」
「お金で解決するならそれぐらい必要ってだけです。……俺はある手がかりを探しているんです。それをファーニャさんに教えることはできませんけど」
クルバルはお茶を不満顔のファーニャ、次いでロランに手渡した。
「クルバル、ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
ダンジョンで焚火を囲んでくつろぐことになるとは思いもしなかった。
紅茶に似た温かい飲み物が体を内側からじんわりと温め、緊張感を和らげてくれる。
「……それにしても魔物についても詳しいのね。その知識はどこで?」
「バイユールの図書館で勉強しました」
「まぁ! 勉強熱心だこと。お父様も勉強の必要さを熱心に説くの。あなたが気に入られるのも理解できる。まるで学者のようだもの」
ファーニャの言葉には賞賛の響きはない、彼女の浅慮が際立つばかりだ。
ロランは心の中で息をつき、そして意を決して口を開いた。
「……冒険者は学ばねば死ぬ職業だと考えています」
「ふぅん、続けて」
「……ファーニャさんは後先考えないところが悪い癖ですよ。
ファーニャは
彼女の無謀さにロランは不安を感じていたが、魔法の剣の威力と彼女の剣捌きには目を見張るものがあった。
それでも個の力には限界があるだろう、護衛のクルバルが仕事もできないのは問題だ。
「クルバル、魔石」
「はい、お嬢様」
クルバルは紫がかった魔石を差し出し、ファーニャはそれを受け取ると、自身の剣の鍔にそっと当てがった。
魔石はするりと吸い込まれるように剣に入り込む。
「おお……」
「ロランさん、魔法の武器を見るのは初めて?」
「いえ、2度目です。ポートポランの魔法雑貨店で一度見ました」
「ポートポランといえば、老舗のサエルミナが有名ね」
「よくご存じですね、んで魔石でその力を維持してるわけですか」
ロランはその剣を見ながら、少し驚いた表情を浮かべる。
「トールナハは特別なのよ……」
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