223 面倒な依頼


「……ロランさん、すみません。ダンジョンの浅層を軽く冒険する程度で結構です。どうか、娘の気が済むままに付き合っていただけませんか」


 カディンの頼みを受け、ロランはわずかに眉をひそめる。


「……正直、俺なんかよりもっと適任がいるはずでは?」


 ロランは疑念を抱きつつも、自分に対する評価に戸惑いを隠せなかった。

 自分よりも経験豊富で、このような依頼に慣れた者がいるはずだという思いが強かったのだ。


「……娘には、無鉄砲な行動を抑え、冷静さと協調性を身につけることが必要です。これは、血盟クランの盟主としてだけでなく、商人としても大切なことです。だからこそ、知識と武勇を兼ね備えたロランさんにお願いしたいのです。娘とも年齢が近いようにも思えますし、娘は歳の近い友人が少なく……」

「お父様!? 余計なことは言わないでください!」


 ファーニャの鋭い声が割り込む。

 彼女の頬は僅かに赤くなり、その目には微かな動揺が見えた。

 これまで強がっていた彼女の態度が崩れた瞬間だった。


《……友達作りも兼ねてんのか?》

{{信頼のおける友人というのはそれだけ貴重なのでしょう}}


 手前勝手な娘のために信頼の出来る友達作り、カディンの苦労も想像に難くない。

 従順な護衛とでは対等な関係を構築できないのだろう。


「…………」


 クルバルを見れば、何を想っているのか、無表情のまま。


 カディンの真剣な眼差しと、父親としての切実な思いがロランに重くのしかかる。

 ロランとエリクシルは、この場で断れるような雰囲気ではないことを悟った。

 目の前にある依頼を受け入れる方向に傾く。


{{……ダンジョンは浅層であれば比較的脅威も少なそうですけど}}

《盾も無しにダンジョンに行くのは避けたいが……》

{{未知の魔物を相手にするには装備が不足していますものね}}

《……受けるか》


 ロランは息をつくと、慎重な態度を崩さぬまま尋ねた。


「……時間はどれほどに?」

「あぁ、夕暮れ前には戻ってこさせます」

「……わかりました。ファーニャさんのお供をします」


 ロランの返答にカディンは安堵の表情を浮かべたが、クルバルの目はギラリと光る。


「……私はお嬢様の安全を確保するため、常に目を光らせます。万が一のことがあれば、許しません」

《おぉ、怖っ……》


 クルバルの鬼気迫る表情と言葉に、ロランは少し怯んだが冷静に頷く。


「……クルバルさん、万全を期して行動しますよ」

{{わたしもっ!}}


 護衛を兼ねるのであれば、ファーニャの盾となる必要もあるだろう。

 緊張感の中でロランはあることをカディンに尋ねた。


「……あの、出発前にお時間をいただけますか? 色々と準備が必要で……」


 カディンはその質問を見越していたのか、一瞬、商人の顔つきになった。


「装備やポーションであればこちらで用意しましょう。何をお求めで?」


《……タダなら太っ腹だけどよ》

{{貸し出し、だとは思いますけどね}}


 ロランが盾を希望すると、カディンは朗らかな笑顔を浮かべた。

 彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、手を広げながら軽やかに言葉を続ける。


「私の事業の一環として、武具屋や工房に出資しています。この家にもいくらか試供品がありますから、その中からであればお貸ししましょう」


 借り物だろうが、命を守るために遠慮なく使わせてもらおう。

 ロランはカディンの申し出に感謝し、これで少しは安心できると考えた。


「……とまぁ、冒険の前に精をつけましょう」


 カディンに昼食を勧められ、その後に盾を借り、そのままダンジョンへの出発の予定が組まれる。


 話を聞いていたファーニャが冷ややかな目でロランを見つめ、軽蔑の色を隠さずに言った。


「ねぇ、ロランさん。実力を見せてくれるって言っていたのに、装備を借りるなんて恥ずかしくないの?」

{{手厳しい言葉ですね……!}}

《かーっ!? 装備がなくても役立つってのは、俺一人の話……!》


 ロランは胸の中で渦巻く感情を抑え込み、深呼吸して冷静さを取り戻す。

 そしてゆっくりとファーニャに視線を返した。


「……装備が整っていない状態でダンジョンに潜るのは無謀です。『己の力を過信すること勿れ』、冒険者としての第一歩は、慎重に準備を整えること。これはファーニャさんにも、これから学んでほしいことです」


 ファーニャは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにその目に挑戦的な光を取り戻した。


「……なるほど。では、その慎重さがどれほど役に立つのか、見せてもらうわ」


《くっ、俺、向いてないよこの仕事……!》

{{まぁ、そう言わずに……。コスタンさんのように上手なお言葉でしたよ}}


 ミニエリーはロランのARでファイトー!と応援している。

 その小さな姿が、彼の心に少しだけ安心感を与えてくれた。


《リサさん大丈夫かな……》

{{夕暮れ前には戻るそうなので……今は別の心配をしましょう}}


 ロランは軽く頭を振って心を落ち着け、これから始まる新たな試練に備えた。


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