222 わがままファーニャ★


「さて、ファーニャよ、入るがいい」


 カディンが声をかけると扉が開き、ファーニャが現れた。

 彼女はまるでこれから戦いに向かうかのように、鎧をガチャガチャリと鳴らしながら部屋に入る。


 ファーニャはやや小柄だが、その姿には威厳が漂い、立派な巻き角の下に浮かぶ表情には自信と憧れが宿っていた。

 彼女は命を救ってくれたロランを、熟練の冒険者として心に描いていたのだろう。


 その顔には、一瞬、深い感謝と憧れの色が垣間見えた。


「…………」


 しかし目の前にいるロランの姿を見てその憧れは一瞬で消え去り、挑戦的な眼差しへと変わった。


「……ロランさん、お会いできて光栄です。父から聞きました、あなたのおかげで私は助かったと」


 ファーニャの可愛らしい声には礼の気持ちも含まれていたが、同時にロランの見た目に対する失望も隠されていなかった。

 彼女の視線はロランの装備の一つ一つを値踏みするように動き、最後にはその挑戦的な眼差しがロランの目に突き刺さった。


 カディンはその様子を見守り、娘の態度に一抹の苦笑を浮かべた。


「……でも、その装備はどうかしら? 随分貧相に見える。それで本当に冒険者なの?」


 革鎧すら装備していないロランを見て、ファーニャの目は期待外れの気持ちを隠そうともしない軽蔑の色を帯びている。


{{おっと、これは……。ロラン、我慢の時ですよ}}


 ロランは静かにファーニャの言葉を受け止める。

 カディンはファーニャに厳しい声で注意を促した。


「ファーニャ! 失礼なことを言うな。ロランさんは我々にとって重要な人物だ」

「……カディンさんいいんです。確かに万全の状態ではないんです。修理中で……。今の装備は質素かもしれませんが、それでも十分に役立ちます」


 ファーニャは少し顔をしかめたが、口を閉じて頷いた。


「わかりました、お父様」


 そして再びロランに向き直り、冷ややかな微笑を浮かべる。


「ロランさん、それならその質素な装備でどれほどの力を発揮できるのか、私に見せてくださる? まずはバイユールの南西にあるダンジョンで、実力を確かめさせて」

《近くにダンジョンがあるのか!?》

{{そういえば、グッドマン武具商会の店主が、バイユールはダンジョン特需があったと説明していましたね}}

《本の情報は古すぎたか》

{{そう頻繁に更新できるものではないでしょうし……}}


 20年前の周辺図にはダンジョンについての記載はなかった。

 エリクシルの指摘を聞いて、ダンジョンの存在を思い出したロランは気まずそうにファーニャを見た。


 ファーニャはロランの驚いた様子に気づき、冷たく嘲笑う。


「あなた、本当に冒険者なの? やっぱり貧相な装備に見合った知識ね」

「ファーニャ! ロランさんは最近バイユールを訪れたばかりだ! 知らんでもおかしくはない!」

「……いえ、ファーニャさんの言う事は間違っていません。でも知らないことを学ぶのも冒険者の務めですから、教えていただけると助かります」


 ロランはその言葉を予測できていたため、ぐっとこらえる。


「ふふん、はあるのね。……私の護衛も同行しますから、安心して」


 ファーニャはその後、自身の武勇を誇らしげに語り始めた。


「あなたも『タロンの原生林』遠征の噂を聞いた? 『豊穣の風』は私が率いて遠征に出たの。タロンの主は、本当に恐ろしい獣! 屈強な体躯に、恐ろしい威力を持った尾刃。それに背中の角が発光したかと思えば、一瞬で辺り一面が焦土と化した。……まるで悪夢のような光景だった!」


 ファーニャはその時の恐怖と興奮を思い出しながらも、自分の勇敢さを強調するように話した。


「でも、私は退かなかった。護衛たちが次々と倒れていく中、私は最後まで戦ったの。結局、致命傷を負ってしまったけど、万能薬のおかげで助かったのよ」

《失敗したのに反省の色、無しか……》

{{……結構な問題児のようですね……}}


 カディンは娘の話を聞きながら、深いため息をついた。


「ファーニャ、その遠征での失敗を反省しているのか? お前が前に出過ぎた結果がこの失態だ! 血盟クランを率いる者としての姿勢を学ぶ必要があるぞっ!」


 ファーニャは父の言葉に対して一瞬顔を曇らせたが、すぐに気を取り直して答えた。


「はい、お父様。これからはもっと慎重に行動します」


{{ロラン、カディンさんは父親としての責務を果たしていますが、何かが不足しているようです}}

《不足?》

{{恐らく、母親的な優しさです。彼は厳しく接していますが、彼女に必要なのは心を支える柔らかさかもしれません}}


 ロランはその言葉に考え込んだ。

 エリクシルの指摘を受け、ファーニャが従順に見えながらも、どこか反抗的な態度を見せる理由がわかったような気がした。


 ふと部屋を見渡したロランの視線は、母親の痕跡を求めてさまようが、壁に飾られているのはファーニャの肖像画だけだった。

 家族の思い出を示すような他の写真や絵画は見当たらず、そこには母親の存在を感じさせるものが一切ない。


 ファーニャは再びロランに向き直り、真剣な表情を見せる。


「だからこそ、ロランさん。あなたの力を貸して。私に冒険のいろはを教えて、もっと強くなれるように手伝って欲しい。タロンの主と比べればダンジョンなんて楽勝のはず」


 その時、室内に護衛と思しき者が入ってきた。


「お嬢様、この者が本当に同行するのですか? ……等級が2の冒険者に、我々のファーニャ様を任せるなど」


 ファーニャは穏やかに微笑み、その護衛に向かって柔らかく応じた。


「クルバル、大丈夫。ロランさんは父が冒険者なの」


 巻き角が片方欠けたクルバルは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに不満を押し隠し頭を下げた。

 ファーニャの言葉に対する忠誠を示しつつも、心中には複雑な感情が渦巻いているのだろう。


 カディンは、娘の言動にほんの少し眉をひそめ、静かに息を吐いた。


「……ロランさんの等級は低いかもしれないが、あのマスター・コーヴィルのお墨付きだ。虫草ちゅうそうを手に入れるなど、並みの冒険者でも難しい。それに単身で川渡蜥蜴リバーディーラの長を仕留めている。昇級試験では前例のない満点だったとも!」

《えっ、満点? それよりも……コーヴィルさーーんっ!?》

{{……わたしも満点という言葉に一瞬浮かれそうになりましたが、コーヴィルさんはをカディンさんと共有しているんですね……}}

《……あぁ》

{{ファーニャさんの依頼についても知っていたのでしょう……}}

《……だろうな》


 コーヴィルのロランに対する期待と信頼が嬉しく思う一方で、厄介な仕事が待っていることにロランは頭を悩ませた。

 苦い表情のロランに、カディンは気を配る。


「……ロランさん、すみません。……ダンジョンの浅層を軽く冒険する程度で結構です。どうか、娘の気が済むままに付き合っていただけませんか」


――――――――――――――

ファーニャ。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093083922742680

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