221 『豊穣の手』商会のカディン★
* * * *
途中でリサと別れ、コーヴィルのメモを取り込んだエリクシルに導かれて、ロランは屋敷へと向かった。
湖畔沿いの道を歩く彼の耳には、風に揺れる草木の音が静かに響き、心地よい安らぎを感じさせる。
しばらく進むと、道は次第に住宅街へと変わり、周囲の景色も落ち着いた趣を見せ始めた。
家々はどれも手入れが行き届き、そこに住む者たちの豊かさを感じさせる佇まいだ。
しかし、その中でもひときわ目を引くのは、一軒の大きな屋敷だった。
門の前には広々とした庭が広がり、丁寧に手入れされた樹木が美しい影を落としている。
庭園を囲む高い石垣は、まるで外界からの視線を拒むかのように、威厳を感じさせる。
《とんでもねえ金持ちだ……》
{{豪商、と言っていましたからね……}}
ロランは、その豪奢な門構えにしばし足を止め、屋敷の全景を見上げた。
格式の高そうな重厚な鉄の門は、内部の世界がどれほどのものかを想像させる。
彼は心の中で一息つき、気持ちを整えた後、守衛に礼儀正しく挨拶をした。
「こんにちは、冒険者のロランです。カディン様にお会いしたいのですが」
守衛はロランを見て、すぐに使用人を呼びに行った。
しばらくして使用人が現れ、ロランの武器を丁寧に預かると中へと案内した。
屋敷の内部は、その外観に勝るとも劣らない豪華さで、広々とした廊下には上質な絨毯が敷かれ、壁には見事な絵画や装飾品が飾られていた。
使用人に導かれ、ロランはその廊下を進みながら、緊張しつつも興味深そうに周囲を見回していた。
「こちらです、ロラン様。カディン様がお待ちです」
使用人が立ち止まり、丁寧に扉を開けた。
ロランが入室すると、客間には大きな窓から暖かな陽光が差し込む。
壁にはタペストリーが掛けられ、重厚な家具が整然と並ぶ。
部屋の中央には大きなソファとテーブルが置かれ、豪華な絨毯が足元に広がっていた。
その中央に立っていたのは、大羊の獣人カディンだった。
「初めまして、ロランさん、ようこそ。お会いできて嬉しいです」
カディンの温かい歓迎に、ロランは少し緊張を和らげながら頭を下げた。
彼は大柄でいかにも商人らしい見た目だ。
立派な巻き角は、堂々とした風格を醸し出している。
「……先日は本当にありがとうございました。どうぞ、こちらにおかけください」
「お招きくださり、ありがとうございます、カディン様」
「あぁ、恩人であるロランさん、様などと呼ばないでください。冒険者も商人も、それぞれの役割を果たして世界を支えている対等な存在ですからね。敬称は不要ですよ」
ロランは少し驚きつつも、その言葉に心地よさを感じ笑顔で答えた。
「わかりました、カディンさん」
「えぇ……!」
ロランはカディンの勧めるままに椅子に座った。
カディンは温かいお茶を用意しながら、話を続けた。
「実は、今日はあなたに直接お礼を伝えたくてお呼びしました。娘のファーニャが、あなたのおかげで助かり、本当に感謝しています」
「それはよかったです。お力になれて嬉しいです」
カディンは一息ついて、少し苦笑いを浮かべた。
「本題の前に少し話をさせてください。噂はお聞きかもしれませんが、『タロンの遠征』についてです」
《……おおっ、まさか詳細が聞けるとは!》
{{何があったのか興味がありましたからね!}}
カディン曰く、遠征はバイユールの領主、湖上の鷹・ヴァリス伯爵の命だったようだ。
ポートポランの賢熊のスネア伯爵が、手つかずのダンジョン『タロンの悪魔の木』の遠征を決めあぐねている中、ヴァリスが先手を打ったと聞く。
「湖上の鷹……」
「えぇ、ヴァリス様は迅速かつ決断力のある行動を取る人物として知られています」
カディンは少し黙り込み、視線を落とした。
その後、深い溜息とともに語り始める。
「今回の遠征は、私にとって特別な意味がありました。ファーニャ、私の娘にとって、これが初めての大規模な指揮、娘の名を高める絶好の機会だったのです。遠征が成功すれば、ダンジョン資源の取り扱いを
カディンの目が一瞬だけ遠くを見つめる。
その視線には、娘への愛情と期待が込められていた。
「娘はその期待に応えようと精一杯努め、私も誇らしく思っていましたよ。けれど、他の
カディンの声には悔しさがにじんでいた。
彼はテーブルの上にある杯を手に取り、酒を注ぐと静かにあおる。
「娘の成功のために支援を惜しみませんでしたが、目的地であるダンジョンまでの開拓などもってのほか、
ファーニャ率いる『豊穣の風』以外にふたつの
あの戦場跡を見れば、それも頷ける。
「娘を危険な任務に送り出したことを後悔しています。私の過信が娘を危険にさらしてしまったのです。だが、これもまた一つの教訓として、次に生かさなければ……」
カディンは再び苦笑いを浮かべたが、その目には決意が宿っていた。
「……冒険者も商人も、互いに支え合い、共に成り立つものです。だからこそ、こうして感謝の気持ちを直接伝えることが大切だと思うのです。失敗も糧にして、次に繋げる。それが私たちの強さだと信じています」
{{……さすがといいますか、商人としてのし上がるだけの人格者のようですね}}
カディンの言葉には、彼の器の大きさと覚悟が
「……では、娘のファーニャに会ってください。少々手が焼ける娘ですが、どうかよろしくお願いします」
カディンは頭を下げると、扉の方へ視線を向けた。
「さて、ファーニャよ、入るがいい」
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カディン氏。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093083614849414
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