220 別行動
* * * *
――『ゴールデンリーフ・イン』 リサの部屋
「アラ、ロラン、帰ったの? ハヤイ」
「……!? リサさんさっそく喋れてます!? すげえな……」
ロランは帰って来るなり驚きの声を上げながら感心していた。
リサの発音はまだ完全ではないものの、その努力は明らかだった。
{さすがですね}
「えへへ……まずはこういう日常会話から覚えようと思って。でもこの資料よく考えて作られてる。すごいね」
「エリクシルが全部作ったんです。俺は書くだけ」
{船の設備があればもっと簡単だったんですけどね……}
ロランは軽く肩をすくめ、エリクシルはやや不満げな表情を浮かべながら言った。
「ふふっ、ありがとうね。私ちょっと、楽しいよ。こんなに心を落ち着けて、良い景色を眺めながら勉強する機会が来るとは思わなかった。大学以来かも」
リサは窓の外に広がる壮大な景色を眺める。
霊峰ネレイスと翡翠湖の完美な景色だ。
{輸送艦に同乗するとなると、忙しそうですものね……}
「うん、娯楽はあっても本物ではないし……。残業が多くて社畜って感じ。あっ、そういえばどうだった? ギルドの件」
一瞬だけ苦い顔をしたリサは、急に思い出したようにロランに視線を向けた。
彼女の目には、期待とわずかな不安が混じっていた。
「あぁ、それが……」
ロランとエリクシルはこれまでのことを簡潔に説明した。
{おそらく、仲良く昼食を食べて解散、とはならないような予感がするんです}
「そうかね? 娘さんの、ファーニャ、さんだっけ? お礼を言ってもらったら帰れるかと思ったんだけど」
楽観的なロランに、エリクシルは呆れたような視線を向ける。
{ロラン・ローグ、商人と会食をしてそのまま終了、とはなりませんよ}
「でも、コーヴィルさんも何にも言わなかったろ?」
「私も似たような経験がある。お偉いさんと会食したら決まって
リサの言葉にエリクシルは頷いて見せる。
{彼は"商人との縁は持つもの"と言っていました。これは何らかの依頼があると考えた方がいいです}
「げぇっ!? 指名依頼って奴!?」
ポートポランのギルドで学んだことだ。
商人と懇意の冒険者は破格の報酬を用意された指名依頼を出されることがある。
まさにそれをエリクシルは警戒していた。
宿の温もりとは裏腹に、ロランの心には不安が募っていった。
強化服も銃器もない万全ではない彼にとって、その依頼が果たしてこなせるものなのか、次第に疑念が深まっていった。
「どうすればいい……? エリクシル」
{どうするもこうするも行かなければなりませんよ。これだけのおもてなしを受けた以上、断る選択肢がありますか?}
「両方ぶっちするのは!?」
{ありえません! ふたりの顔に泥を塗るような真似をして、いったいどんなことが待ち受けているか!}
「コーヴィルさ~~~ん、そりゃないよ~~!」
ロランはこの世の終わりだと言わんばかりに頭を抱え込んだ。
会食をした経験などもちろん皆無だが、その中で依頼が待っているのは予想外だった。
「なんだか大変そうだね……」
{えぇ、やはりおもてなしには裏があったんです! お話を聞いて、力不足だと感じたのであれば素直に依頼を断るしかありません。命を懸けてまで依頼を受けるつもりはないのです!}
エリクシルは抗議するかのように両方の拳を握って天に突き上げた。
「あぁ、そっか……良かった」
それを聞いたロランは安堵の表情を浮かべた。
ふたりのやりとりを横で見ていたリサは思わず笑う。
「ふふふっ、ふたりともとても息が合ってる。まるで夫婦だね」
{夫婦っ!? ……前にも同じことをラクモさんに言われましたね}
「そうだっけ? まぁ、俺たち仲いいんでね。お互いの命預けてますし」
ロランは笑顔を浮かべ、エリクシルはわずかに頬を染める。
{……コホン、それはさておき、リサさん。わたし達はいつ帰れるかわかりませんが、おひとりで大丈夫ですか?}
「うん、お昼は露店で食事をしようと思っていて、言葉の勉強にもなるし」
「露店! だったらあそこがお勧めですよ……!」
{ロラン、彼女は観光もするつもりなんですよ。自分の目で見て決める方がきっと楽しいはずです}
「あぁ、ええ、でもお勧めが聞けると助かるよ。よくわからない食べ物を口にする勇気はないから……」
それを聞いたロランはホレとどや顔をし、いくつかの露店を紹介した。
エリクシルは一瞬頬を膨らませたが、すぐに表情を和らげた。
{いくらかお金も渡しておかなければなりませんね}
「あぁ、好きなものを買ってください」
ロランは500ルースを取り出すと、リサに手渡した。
「そんな、こんなにもらっていいの?」
「いいのいいの」
{ギルドで報酬を頂いたのでこれくらい訳はありません!}
金貨入りの小袋をポケットにしまったリサを、ロランが見て気付く。
「……リサさんも鞄あれば良かったな。俺のは冒険者向きのだし……」
{
「えっと、ミティ、さんがいるところだっけ? 私方向音痴で……」
エリクシルはロランに視線を向ける。
{ロラン、地図を描きましょう}
「おう」
ロランのARに地図が映し出され、パピルスになぞり書きをする。
「わぁ、これなら私も一人で行けそう!」
「ここと、ここ、それにここも露店が旨かったです。色々まわっててみてください」
「ありがとう! ロランさん、エリクシルさん!」
今後の予定が立ったところで、しばらく三人で言語学習に励む。
流暢なエリクシルの発音を皆で真似る。
「すごいなぁ……。これならミティさんとも日常会話出来るんじゃないか?」
「ミティさんにはちゃんとお礼が言いたかったし、話せるのが楽しみなんだっ!」
リサの習熟速度は並々ならぬものがあった。
本当にセンスがあるんだろう、修士を修めているだけのことはある。
{誰かと話したいと思う気持ちは、学習能力に影響しますからね}
エリクシルもロランに教えるよりも楽だと笑っていた。
それを聞いてリサも満更ではなさそうだ。
少しずつ、この地に順応する彼女を見て、ふたりは安心するのだった。
「さて、そろそろ時間だな。俺は
「ありがとう! 私も途中までは一緒にいくよ」
{では、支度が終わったらフロントに集まりましょうか!}
* * * *
――小遣い 500ルース
――所持金 9,575ルース
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