同郷

212 生存者リサ★


*    *    *    *


 ロランはバイユールの街を歩きながら、スキャンの結果から得られたいくつかの候補者を追いかけていた。


「この子は……違うな。どうみても幼過ぎる」

{うーん、当然のように赤子も魔素が少ないでしょうからね}


 ロランは町民に抱かれた赤ん坊を眺めながら思案する。


「……前に、呼吸でも魔素を吸収してるって言ってたよな」

{えぇ、最近は食事や水分からも吸収していることが判明しまして}

「やっぱりそうか。食い物にも魔素はあるよな」

{ただそれを摂取するだけではレベルは大きく変動しないのでしょう}


 町民をスキャンしていると分かってくることもある。

 10代後半から20前半ともなると魔素の反応が変化するのだ。

 それでもレベルは2程度の反応らしい。


 明らかに突出しているのは冒険者たちだ。

 レベルとしては4や5でも魔素の反応は大きく変わる

 逆に高齢の住民にもレベル3や4の反応を示す住民がいる。

 その人達は日々の生活で魔素を溜め込んだのだろうな。


「普通に生活を送る分にはレベルは不要なんだろうか。レベルが高いからって優秀だとは限らないし……」

{高い傾向にはあるかもしれませんが、結局は結晶、技能スキルや経験が物を言う世界ですからね}


「それにしてもスキャンが随分便利になった」


 コスタンやラクモ、ロランの魔石の魔素含有量を記録したことで、対象のレベルがある程度把握できるようになったそうだ。

 魔術師ギルドのフェンディリア校長はレベル44であったが、魔素量を隠蔽しているため記録はできなかった。

 それでもレベル24まで推し量ることができたのは大きい。


{皆さんの魔石を検査し続けた副産物です}

「相手のレベルが分かれば、優位に立てるな」

{ええ! ……次は街はずれの方ですね。それにしても漂流者はどうやって関所を通り抜けたのでしょうか……}

「確かに……」


 ロランは街の外れにある古びた市場にたどり着いた。

 ここは地元の住民が利用しているのかもわからない寂れようだった。

 どこか陰鬱な雰囲気が漂い、隠れるには絶好の場所のようにも見える。


「再開発地区……か」


 ロランは入り口に掲げられた看板を読み取る。


{{……ロラン、あそこにいます}}

「どこだ?」


 エリクシルが示したのは、汚れた布をまとい、薄汚れた小屋の陰に隠れるようにしていた一人の女性だった。

 彼女は何かに怯えるように、周囲を警戒しながら落ち着きなく視線を動かしている。

 ロランはエリクシルの言葉を信じ、慎重にその女性に近づいた。


「失礼……」


 女性はロランの声に気付き、振り返った。

 その瞬間、彼女の顔が恐怖に染まり、震え出した。


{{……原世界ネヴュラの共通語で話しかけるべきですね}}

《そう、だったな》


 ロランは視線を合わせるためにしゃがみ込むと、ゆっくりと話しかけた。


「"大丈夫ですか?"」


 その言葉が耳に入るや否や、女性の身体がびくりと震え、涙が溢れ出す。

 彼女は肩を震わせながら泣き出した。


 ロランは驚きつつも、彼女が重要な情報を持っていることを直感的に理解した。


「大丈夫、危害を加えるつもりはありません」


 ロランは優しい声でそう言いながら、彼女に近づいた。

 彼女はしばらく涙を流し続けたが、やがて震える声で話し始めた。


「……私、ずっと……怖くて……どうしたらいいか……わからなくて……」


 彼女の声はかすれており、言葉も途切れ途切れだったが、ロランは根気よく耳を傾けた。

 エリクシルもそのやり取りを静かに見守っていた。


「何があったんですか? あなたは、どうしてここに?」


 女性は震える手で顔を覆いながら、答えた。


「船の寝室で……気が付いたら……ここに……」


 女性は何かを思い出したようにワッと泣き出す。


「み、みんな……! た、食べられちゃって!! 獣みたいなのに! たくさん襲ってきて!!」


 ロランの胸に、強い感情が込み上げてきた。

 自らが漂流したその日の記憶が蘇る。

 闇に埋もれる奇妙な太陽を背に、森を抜け船まで帰った時のこと。

 不気味な獣の遠吠えが聞こえた、あの時のことを。


(彼女は独り、誰も頼れずに耐えたのか……)


 この女性こそ、エリクシルが推測した通り、輸送艦の生存者だったのだろう。


「なんとか私だけ逃げられて、ずっと、ずっと走っていたら明かりが見えて、この街に……。……でも、言葉もろくにわからなくて……!!!」

「……安心してください。俺たちもあなたと同じ漂流者です。あなたを助けるためにも、もっと詳しく話してくれますか?」


 女性はロランの言葉に少しずつ落ち着きを取り戻し、涙を拭いながら頷いた。


「俺たちって……? 他にも生きてるのっ!?」

「あぁ、その前に、俺はロラン、ロラン・ローグです」

「私はリサ・アンリーサ……」


 エリクシルは周囲に人気が無いのを確認すると、姿を現した。

 航宙軍士官服を身にまとっている。


{申し遅れました。エリクシルです}

「……ホログラム……? あぁ、ユピテルのELIXIRエリクシル……。他に生存者がいるわけじゃないんだ……」

{安心してください。わたしたちに協力してくださる現地の方もいるんですよ}


 エリクシルはリサに触れながら感情豊かに伝えた。


「…………AIなのに、なんだか本当にヒトみたい……それが本当なら嬉しい……」


 ロランはその言葉を聞くと、眉根を挙げてエリクシルに頷いた。


「エリクシルは本当にヒトですよ。俺の頼れる相棒なんです」


 エリクシルは優しくリサに微笑む。

 ホログラムにしては動きが滑らかく、表情の機微に富んでいる。

 その本物と違わぬリアルさに、リサは驚いた様子を見せた。


「……確かによく出来てる。最新世代のAIってそんなに感情豊かになったの?」

「いや、そうではなく……」


 ロランとエリクシルは、涙にくれるリサを優しく見守っていた。

 彼女は不安定な感情の中で、自分の心を整理するのに必死なのだろう。


 エリクシルが優しく話しかける度に、リサはエリクシルの表情や声に驚きを隠せなかった。

 ホログラムであるはずのエリクシルが、まるで人間のように感情を持っているかのように見えたからだ。


「……本当に、あなたは感情を持っているの?」


 リサは信じられないようにエリクシルに問いかけた。


 エリクシルは少し微笑んで、優しく答えた。


「はい、私が感情を持つようになったのは、ここに漂流してからのことです。正直に言うと、なぜそうなったのかはわかりません。でも、わたしはロランを守り、彼を支えるためにこの感情を得たのだと思っています」


 リサはエリクシルの言葉に耳を傾けながら、さらに驚きを深めた。

 ホログラムに感情があるということは彼女の常識では到底理解できないことだったが、エリクシルの言葉には嘘偽りのない真実が込められているように感じた。


 ロランはその様子を見て、彼女に説明を始めた。


「エリクシルのおかげで、俺はこの異世界でも孤独を感じずに済んだんです。危険な魔物がいるような世界で生き抜いてこられたのも、そんな彼女のおかげです。俺を助け、一緒に現地民と親しみ、この地の調査もしてきた。俺たちはこの世界を脱出するために冒険を続けているんです」


 リサはしばらく言葉を失っていたが、やがてゆっくりと口を開く。


「……まるで物語みたい。私はこんなにもボロボロなのに、あなたたちは輝いて見える……」


 ロランの服装は清潔で、彼の姿はこの世界の過酷さにも負けない強さを感じさせた。

 一方、リサの衣服は泥にまみれ、漂流の苦しみが刻まれていた。

 その違いが彼女の孤独と絶望をより鮮明に映し出している。


 エリクシルはそんな彼女を見つめ、優しく微笑んだ。


{まずは清潔な服に着替えて、美味しいものを食べましょう。それからお話を聞かせてください}


――――――――――――――

リサ・アンリ―サ。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093083104688041

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