211 出し抜いた先に


{{この店主が焦りを隠せなくなっているということは、こちらの推測が当たっている可能性が高いです。もしかすると、その他国風の人物は……}}


 エリクシルはわざと間を置いて、ロランの反応をうかがった。


《……何だ?》


 ロランは興味を引かれ、エリクシルの次の言葉を待つ。


{{……漂流した生存者である可能性が高いんです!}}

《生存、はありえないんじゃないか…………?》

{{あなたは輸送艦の生存者の子孫がお金欲しさに売却したのではないかとお考えでしょう?}}

《……そうだ。そうなると片言ってのが引っかかるが、攪乱のための嘘じゃねえかなって》


 カッポウスズキの店主のように、漂流者の子孫は確かに存在していた。

 共通語圏外からの移住者や、固有の言語を有する獣人族アニモスであればいざ知らず、この土地に居着いているならば、言語に不自由するとは考えにくい。


{{わたしは、片言こそ真実だと思っていますよ。身なりがいいというのが嘘かと。……それはさておいて、もし、生存者が生きていたとしたら?}}

《……それはエリクシルがあり得ないと言っていただろ。あの劣化具合から数百年経ってるって》


 一方のエリクシルは少し間を置いて、より深く考え込んだ様子で話を続けた。

 ロランのARに思案するミニエリーが表示され、思わず微笑みそうになる。


《いつの間にこんな機能が……。いや、今はそんなことより》

{{はい。この際、劣化具合については忘れていただきましょう。あれらは考えても解決しない事象ですから}}

《……わかった》


 ミニエリーは話を続ける。


{{……もし生存者がバイユールに生きて辿り着き、生活のためにフィルターを売ったとしたらどうでしょう?}}

《そもそも奇妙な服を着た奴から、変な物を買い取る商人はいないだろう。普通の商人ならな》


 ミニエリーは大きく頷いて見せる。

 生存者であれば間違いなく原世界ネヴュラの服装をしている。

 その浮いた服を処分して着替えるためにも金は必要だ。


{{おっしゃる通りです。もし売却者が生存者の子孫で、この地に馴染んでいたなら、フィルターを漂流者の遺物とアピールして売却するはずです}}

《店主は知らなそうだったもんな。それをわざわざ買い取ったのは、なぜだ……?》


 通常の商取引であれば、見知らぬ者から不審な品を買い取ることはリスクが高く、普通の商人なら避けるはずだ。

 しかし、今回は店主がそのリスクをあえて冒してまで品物を手に入れた。


{{……この店主が売却者を注視したのは、例えばその服装や焦りの様子、何か特別な事情を感じ取っていたからでしょう。わたしたちがその情報を追い求めたことで、店主もその価値に改めて気づいたはずです}}


 交渉の過程で店主が、商品からそれにまつわる情報を売ろうと方針を改めたのは明らかだった。

 ロランはエリクシルの推論に頷きながら、さらなる洞察を引き出そうとする。


《つまり、その売却者は生存者の子孫じゃなくて……》

{{生存者本人、もしくはそれに極めて近い存在だと考えるのが自然です。それなら、奇妙な服装や不自然な態度も説明がつきますし、店主が特別な価値を見出したことも納得がいきます。身なりが良いと盛ったのも戦略だったのでしょう}}


《なるほど……たしかに、そう考えるとしっくりする。でもよ……エリクシル、問題はその客を特定する方法だが、店主は居場所を知っていると思うか?》


 ロランの声には緊張が走る。

 結局はその情報を得るために交渉をしているわけだ。


 エリクシルが次に何を言うかに全てがかかっている。


{{あぁ、そんな事をせずとも、直接探せますよ。魔素の少ない状態、つまりレベル1の魔石の持つ魔素の波長をスキャンすればいいのです。あとは原世界ネヴュラの特徴を持つ人物を探すだけですね}}


 ミニエリーはそんなことかと、ヤレヤレ顔をして首を振っている。

 ロランはそれを見て一気に気が抜けた思いをした。


 エリクシルの仮説によれば、この地に漂流して魔石が生成された者は、限りなく魔素が少ない状態にある。

 これは魔素をほとんど吸収していないロランの魔石を分析して得た情報だ。

 今までの調査がこんなところでも役立つとは思わなかったが、すべてが一つに繋がり始めた。


《……! ふぅ、すごいな……さすがエリクシル!》


 ロランは、冷静に状況を見極め、無駄な交渉を省いて核心に迫るエリクシルの手腕に驚かされるばかりだった。

 コスタンがいてもこう上手くはいかなかっただろうと、ロランは彼女のことが誇らしくなる。


 あとは魔素が著しく低い人物を見つけるだけ。


{{……さてさてスキャンをしたところ、いくつか候補がありまして……!}}


 エリクシルの嬉しそうな声が響き、ロランの心は次第に高まっていく。

 同郷ネヴュラの漂流者が協力してくれれば、きっと脱出の手がかりも見つかるはず。


《よしっ! こんな所とはもう、おさらばだ!》


 ロランは深く息を吸い込み、冷たい視線で店主を見据えた。

 そして静かに、しかし断固たる口調で言い放った。


「……気が変わりました。お茶、ごちそうさまでした」

「…………!?」


 その言葉を聞いた瞬間、店主は一瞬何が起こったのか理解できず、唖然としていた。


 店主が何か言い返そうとしたが、口を開く前にロランはすでに踵を返していた。

 堂々とした足取りで店を後にするロランの背中を、店主はただ見送るしかなかった。

 扉を押し開け外に一歩踏み出すと、背後から悔しそうな舌打ちの音が聞こえてきた。


 店主がようやく自分が完全に出し抜かれたことに気づいたのだろう。

 その音を聞きながら、ロランの口元に薄く笑みが浮かんだ。


 そのまま歩き出し、エリクシルの示す次の目的地へと足を進める。


「やってやったな!」

{{ええ、ロラン、あなたの追及があったからこそです。次はその売却者を見つけ出し、この謎を解き明かしましょう!}}


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