210 揺らぐ交渉


「……そうだね。それの1万ルース……くらいかなぁ?」

「1万ルース……ですか」


 ロランは何とか平静を装いながらも、内心では怒りが沸き上がっていた。

 この店主がその情報に対して吹っ掛けているのは明らかだった。

 彼はフィルターの価値など知る由もない。

 ただ、ロランがその情報をどれだけ欲しているかを察し、故意に高値を付けているだけだった。


 ロランは拳を強く握りしめながら、エリクシルの声に耳を傾ける。


{{ロラン、落ち着いて。怒りに飲まれず、冷静に状況を見極めましょう。彼の狙いはあなたの感情です}}


 ロランは心の中で自分に言い聞かせる。


 怒りを抑えろ、冷静でいろ。


 しかし、苛立ちが声に滲んでしまう。


「正直、持ち合わせがそれほどないんですが……」


 店主はロランの動揺を見透かすように、薄い笑みを浮かべたまま茶杯を口に運んだ。


「それは困ったねぇ。でもね、情報にはそれだけの価値があるということさ。君もそう思わないかい?」


 その言葉を聞いて、ロランの中で怒りがさらに燃え上がった。

 この店主は情報の価値だけでなく、自分がどれだけその情報を切望しているかを利用しようとしている。


{{バイユールにとんだ食わせ者がいたものですね……!}}

の王様だよ、こいつはっ!》

{{冷静さを保ってください。彼の思うつぼですよっ!}}


 ロランはぐっと息を飲み込みながら、エリクシルと策を巡らせた。

 このまま店主の言い値を受け入れることは絶対にできない。

 しかし、ここで引き下がるわけにもいかない。


 額に汗がにじむのを感じながら、次の手を模索する。


「……価値のある情報かもしれないですけど、1万ルースは高すぎるんじゃありませんか?」


 ロランは慎重に言葉を選び、店主との交渉を再び試みた。

 店主はロランの全身を値踏みするように見下ろす。


「う~~~~ん。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。価値を決めるのは私だよ。お客様にとって価格さ。……でもまぁ、持ち合わせが足りないってんじゃぁ……その背中の槍なんか、業物っぽいねぇ~。どうだい? それと交換っていうのは。あげようじゃないか」


 ロランは店主の言葉に一瞬戸惑いを見せたが、すぐに冷静さを取り戻す。

 この店主の目利きはそれほど良くはない、腕輪ではなく槍を狙ったからだ。


《おい、エリクシル……》

{{はい、この店主はラエノアさんほどの鑑定眼はもっていないのかもしれませんね}}

《じゃなきゃこんなゴミ山になってないだろうしな!》


 槍も確かに価値があるが、冷静になると別の考えが浮かんだ。

 店主が真に価値を理解しているのかどうか、疑わしい点がある。

 

《……その価値の根拠を逆に問いただし、店主を揺さぶることができるかもしれない!》

{{……!}}


「……なるほど、確かに情報には価値があるかもしれませんね……。でも、ここで少し考えてみましょうか」


 ロランはわざと考え込むように言った。


「もし、これを持ち込んだのが、単なる通りすがりの人物だとしたらどうでしょう? 盗賊や、無関係な人間がたまたま拾って、価値も知らずにあなたに売りに来たのだとしたら、その情報に本当に1万ルースもの価値があるのでしょうか?」

{{……おぉ、やりますね! 品物ではなく売った人物を重要に見せるのですね! }}


 ロランの言葉に、店主は一瞬考え込んだ様子を見せた。

 今までの自信に満ちた態度に陰りが見え、慎重な表情が浮かんだ。


「確かに、君の言う通りかもしれない……。それを持ち込んだ者が重要かどうかは、情報の価値にそのまま繋がるだろうね。でも、私はそれを持ち込んだ人物が普通の通りすがりではないと思っている。その根拠があるんだがね」


{{彼は、自信を装っているだけなのか、慎重に見極める必要があります……!}}


 ロランは心の中でその言葉を吟味しつつ、さらに問い詰める。


「具体的にどんな人なんですか? 特徴とか教えてくださいよ」

{{……うんうん!}}


 ロランの言葉に、店主は一瞬考え込んだ様子を見せたが、次の言葉を出す前に一瞬目をそらし、焦りの色が浮かんだ。

 その様子を隠そうとするかのように、店主は再び冷静な表情を取り戻し、ロランを真剣な目で見つめる。


「……君は鋭いねぇ……。なら、すこしばかり教えてあげよう、出血大サービスだ。……売ってくれた客は他国風だが、それはもう身なりがすごく良くてねぇ、お偉方か、訳ありに違いない」

「他国風?」


「おや、気になるかね。共通語に疎かった程度で気にする必要はないさ。それよりも、他にも価値のあるものを引き取らせてもらったのさ。……例えば、これとか、ね」

「…………」


 店主はそこらへんにある価値があるかもわからないものを手に取ると、これ見よがしにロランに見せつけた。


「その客がどんな状況でこれを手に入れたかは言えないが、その必死な様子からもわかるだろう。これがどんなに価値があるものかって、さ」


《絶対に嘘だろ。全然フィルターと関係ないものじゃないか……》

{{…………なにか違和感がありますね}}

《なんかその人物が他国風で共通語に疎いってのが気になるな》


 店主はわざと意味深な表情を見せながら、ロランの目をじっと見つめた。


「おっと、うっかり話し過ぎたよ。この先は取引を前提とした話になるがねぇ~……」

{{彼は売った人物を重要そうに仕立て上げようとしていますよね。う~~~ん……}}

《明らかに嘘を交えて攪乱しようとしてると思うぜ……》


{{他国風、共通語に疎い……つまり、片言?}}

《……片言、ねぇ》


 ロランはその言葉を受けて、慎重に次の言葉を選ぼうとする。

 しかしエリクシルの喜びに満ちた音声が彼の脳内に響く。


{{……ふっふっふ、わたし、良いこと思いついてしまいました!}}

《なんだ? 今いいところなんだけど》


{{この店主が焦りを隠せなくなっているということは、わたしの推測が当たっている可能性が高いです。もしかすると、その他国風の人物は……}}

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