205 変態は脱したい


 ロランはさらに一歩前に出て、熱心に畳み掛ける。


「試してみる価値はあります。花が少ない以上、球根を利用するしかありません」


 職人たちも一瞬静まり返り、ニアの反応を待った。


「…………よし、わかった。変態ロランがそこまで言うんだ、やってみようじゃないか!」

「ありがとうございます、ニアさん!」

「おいおい、ニアさん、本気で試すのか?」

「これは見ものだな!」


 ニアは頷き、球根を手に取ってじっくりと観察した。


「……もしこれが役立つものなら、秘伝を教えてやらなきゃいけないな」


 ニアは場所を変えると、職人たちに水の入った大鍋を用意させる。


「ロラン、こっちの樽の中には花弁を煮詰めた液体が入っている。この大鍋いっぱいに花弁を入れて煮込んで作ったものだ。正直この球根をいくつ入れればいいか見当もつかないから、時間をかけて試すぞ」


{{花弁を煮詰めるということは、球根も同じ工程が好ましいでしょうね。成分が溶けやすくなるように細かく刻んでも良いかもしれません。それに、大鍋の容量からすると、球根は10個ほどが適量でしょう}}

《おう、了解だ》


「……はい、俺も手伝います。こういうのは料理と一緒で、刻んだほうが早く終わるはず」

「ふん、今回はロランの案に乗るが、神聖な工房で料理とはな……。おい、ナイフを持ってきてくれ!」


 ロランは球根の皮を剥き、玉ねぎのようにみじん切りにすると鍋に放り込んだ。

 エリクシルの計算を信じ、球根を10個投入すると大鍋の中は次第にベージュに染まっていった。


「随分濃いな……。こりゃもしかすると……!」


 ニアが小さく呟くと、前もって準備していた革紐などの素材を漬け込んだ。


「…………」


 ロランと職人たちはその様子を息を呑んで見守り、成功を祈るようにしていた。

 十数分後にニアが素材を取り出すと、その品質を確かめるように光を当てる。

 そして素材を両の手で引っ張り強度を確認したかと思えば、高らかに笑った。


「この艶、しなり……あっはっはっは! いいじゃないか!」


 ニアの笑い声が工房中に響き渡る。

 職人たちも歓声を上げ、ロランもほっと胸を撫で下ろした。


「見たか、お前たち! 変態ロランは見事やってのけたぞ!」

「おいおい、まさか本当にうまくいくとはな!」

「これは驚きだ!」「すげーぞ!」


 厳密にいえば処理の工程はまだまだあるようだが、普通なら数日間は素材を液体に漬け込む必要があるのが、期間の短縮も見込めそうだと大層喜ばれた。


{{ふふふっ、上手くいって良かったですね}}

《さすがエリクシルだな!》


 ロランはエリクシルとも喜びを分かち合うと、今度は笑顔でニアに近づいた。


「……ニアさん、約束通り秘伝、教えてくださいね!」

「ああ、お前の言う通りだった。この球根、使えるな。向こう数年は困らない量もある。……よし、約束通り、お前に特別授業をしてやる。さあ、ついて来い、


 ニアは満足げに頷き、ロランの肩をバシンと叩いた。

 ロランは変態を脱したことに感謝の意を込めて再度頭を下げ、ニアの後について工房の奥へと進んだ。

 職人たちもその様子を見守りながら、ロランの挑戦に敬意を示すように頷き合っていた。


「あいつ、やるじゃねえか」

「俺たちも見学したいもんだなぁ……」


 ニアは工房の一角にある特別な作業台にロランを連れて行き、そこで彼に素材の加工方法を詳しく教え始めた。


 *    *    *    *


「特別授業、ありがとうございました!」

「ロラン、お前は呑み込みが早くて器用だな。弟子にしたいくらいだ。冒険に敗れたらここに来い、育ててやる。……ただし、腕が残ってればの話だがなっ!」


 ニアの言葉には、職人ならではの厳しさと温かさが感じられた。

 彼女の冗談交じりの激励には、ロランへの本気の評価と愛情が込められている。


 呑み込みが早いのも、器用なのもエリクシルのサポートあってのこと。

 褒められて悪い気はしないが、俺にはやらなきゃならないことがあるからな……。


「あと、こいつも持ってきな」

「いいんスかっ!?」

「これがなきゃ加工もできないよっ!」


 餞別に球根いくつかと、祈祷師の祝福の加護を受けたドルネル鋼の手縫い針、ドラフツリーの繊維とやらを編み込んだ縫い糸も譲り受けた。

 受け取るときの職人たちの羨望の眼差しはやけに熱かった。

 ドルネル鋼はコスタンさんがチラと言ってた気がするけど、祝福の加護は道具が長持ちするらしい。

 祝福というのは初耳だ。魔法とは違うのか?

 ドラフツリーはエセリウムでしか手に入らない高級素材だってさ。


 なんにせよ、これらがあれば影の鱗蛇アンブラルスケイルの外套を作れるようになる。

 実際の製造はエリクシルが行うと息巻いているが、あのアームでそんな器用なことできるのか尋ねたところ、簡易ミシンを製造しているらしい。

 常に同行しているイメージが強いが、船内ではプニョちゃんのお世話も同時進行している。

 器用なこっちゃ……。


「お世話になりやした!」

「おうっ!」


 ニアと笑い合い、会ったばかりだが、もう旧知のように親しんでいる。

 工房を去る際、ニアと職人たちは行きつけの食事処にロランを誘った。


 ちょうど夕飯を外食することに決めていたロランは、喜んで誘いに応じる。


「もちろん、ニア師匠のおごりスよね!」

「こいつ! もう弟子になった気でいるのか! やっぱり変態かぁ!?」

「がっはっはっは! ロランはやっぱり変態だぜ!」


 ニアはエプロンを外し、ロランの首に肩を組んだ。

 汗交じりだがいい匂いがする。

 シヤン族といい、獣人種族はそういうフェロモンでも出ているのか?

 エリクシルが無声通信で騒ぎ立てるのを無視しつつ、皆と工房を出る。

 ニアは用事を済ませてから合流するらしい。

 ビューと駆けて、すぐに姿が見えなくなった。早っ。

 

師兄しけいたちは何年職人しているんスか?」

「くっ、師兄なんて初めて呼ばれた……9年よ!!」

「オデも! 嬉しいっ! 10デン!」

「ロランの野郎! もっと呼べ! 俺は13年だ!」


職人たちに護送されるような、むさくるしい状態も鉱員時代を思い出して楽しい。


 *    *    *    *

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