203 解体の匠★


 解体作業場は重厚な石造りで、大きな木製の扉には魔物の骨が装飾され、一目でその用途がわかるようになっていた。

 扉を開けると内側には鉄製の作業台や吊り下げられたフックが整然と並び、血生臭い匂いが漂う。


「うわ……すげぇところだな」

{{うーん、まるで犯行現場みたいですね}}


 解体済みの魔物素材や肉が所狭しと並べられており、職員たちは慣れた手つきで作業を進めていた。

 壁には様々な道具が整然と掛けられ、それぞれが独特な形状と機能を持っている。


{{奥に冷気が漏れ出る保管庫がありますね}}

《あれか。随分でかいな》


 カウンターでは大柄の獣人が作業中だった。

 彼は熊のような見た目で、厚い毛皮と2メートルはある筋骨隆々の体躯を持ち、解体作業にぴったりの体格だ。

 彼はロランに気が付くと、作業を中断した。


「いらっしゃい、持ち込みか?」

川渡蜥蜴リバーディーラを解体してもらいたいんです」

「おう、そいつか」


 熊の獣人はカウンターを出ると、その死体に触れて、目を丸くした。


「冷えてるな。これは魔法か?」

「いえ、川で冷やしました」

「ふむ、血と内臓も処理してある。丁寧な仕事だ。お前さん狩人か……」

「……ただの冒険者です」


 熊の獣人は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、深く頷いた。


「そうか、にしては見事な仕事だ。俺は狩人だったから、こういう丁寧な処理を見るとつい嬉しくなってな」


 ロランは少し照れくさそうに微笑んだ。

 父から学んだ技術を褒められると嬉しい。


「……んで、こいつはまた大物だな。どこまでバラす?」

「えっと……」


 ロランは正直に、このような施設を利用したことがないことを伝え、簡単な説明を求めた。

 熊の獣人は驚いたような顔をしたが、何かに気づいたような表情を浮かべてから、緩やかに笑った。


「その真新しい冒険者票、2等級か。その物騒な槍で川渡蜥蜴リバーディーラを単身討伐するとは。お前さん才能があるな」

「……いえ、幸運でした」


 熊の獣人は感心したように頷くと、解体作業について説明をしてくれた。


「さて、解体作業についてだが、まずは料金の決まり方から説明しよう。料金は魔物の種類と大きさ、それとバラし方によって変わる。よっぽどの腐乱死体でもなければ解体はするが、ゴミの処理代は別途請求するから気を付けろよ。とはいってもこの川渡蜥蜴リバーディーラは非常に良い状態だ。お前さんが気にする必要はない」


 一般的な川渡蜥蜴リバーディーラの解体費用は50~70ルース程度らしい。

 熊の獣人は川渡蜥蜴リバーディーラの巨大な体を示しながら続けた。


「解体後の肉や素材は、ここで保管することができる。保管庫は冷気魔法で冷やされているから、肉の鮮度を長期間保つことができるぞ。それと貴重な素材や肉はここで買取も行っている」


「そんで、バラし方だがな、素材と肉を持ち帰るなら完全解体、皮だけ持ち帰りたいなら部分解体だ」

「……こいつがいくらになるか聞いてから決めても良いですか?」


 熊の獣人は満足げに頷いた。


「わかった。査定からだな? ……そういや、魔石はどうした?」

「あぁ、ここにあります」


 ロランはポケットから取り出して見せた。

 青く透き通った水の魔石がチラリと光る。


「ここでも買取できるが?」

「いくらになりますか?」

「おっと、まてまて、査定するなら魔石と死体合わせて40ルースだ。他の魔物の魔石と取り換える奴がいるからな……」

「……なるほど、ではお願いします」

「よし、こいつは鑑定士に一度預けるぞ。おい、こいつを頼む」


 熊の獣人は代金を受け取ると、魔石に札を貼ってカウンターの箱に入れた。


「……そんで死体の方だが、120ルースってところか。討伐報奨金も入れると150になるな」

「150……。川渡蜥蜴リバーディーラに希少な素材はありますか?」

「皮だな。装備には向かないが工芸品にはなる」

「肉はどこがお美味しいんですか?」


 熊の獣人はロランをじっと見つめ、一瞬困惑した表情を浮かべた。


「うーん、煮るなんて話は聞くが、あんまり旨くはないと思うぞ。まぁ、これは俺の好みかもしれんが……」

「えっ……そうなんですか!?」

《……食用じゃなかったか? エリクシル?》

{{あー、えーと、参考文献には『喰える』としか書いていませんでしたので……。あまり旨くないと付け加えておきます}}

《……肉は売るか》

「……言っておくが川渡蜥蜴リバーディーラに肉の価値はない。皮だけで120ルースだ。ここでは不要な肉は焼却炉で処理するか、肥料に加工するか、だな」


《……どうする?》

{{皮は持ち帰りましょうか、何かに使えるかもしれません}}

《わかった》


「では、皮は持ち帰りで」

「そうすっと、部分解体だな。よしっ! こいつを頼む」


 さっそく別の職人が川渡蜥蜴リバーディーラを運び、大きな鉈を首元に打ち込み始めた。

 それと入れ替わりに眼鏡を掛けた紳士風の男が現れる。


「お待たせしました。確かに川渡蜥蜴リバーディーラの魔石です。評価額は300ルースになります」

「おおっ!」

{{通常の小鬼の祈祷師ゴブリンシャーマンで150ルースでしたから、やはり水属性は価値がありますね}}

《こんなに良い値がつくなら魔石だけ回収するのもありか……?》

{{死体の処理の問題がありますよ。不浄を呼び寄せるのは厳禁です}}

《そうだったな……。皮と魔石代はそこそこ、持ち帰った甲斐はあったな》


 喜びを顔に湛えたロランに、熊の獣人が再び声をかけた。


「んで、どうする。魔石は売るか?」

{{売りましょう、動力にするのは安価な土属性が最適です}}

「では魔石は売却をお願いします」


「……よし、それで部分解体の料金だがな、死体の処理が済んでるから30ルースにまけてやる。今は立て込んでるから、すぐには終わらんぞ。作業が完了するのは数時間後。お前さんには品札を渡すから、それを持って明日また来てくれ」


 熊の獣人はカウンターの下から品札を取り出し、260ルースと共にロランに手渡した。

 品札には番号が記されている。


「なくさないように気をつけろよ」

「ありがとうございます。お願いします」

「任せとけ、お前さんのような冒険者がもっと増えるといいな」


 ロランは品札をしっかりと受け取り、礼を述べた。

 彼は解体作業場を後にし、ニアのいる『夕焔ダスクファイア工房』へと戻ることにした。


 街の通りを歩きながら、ロランは今日の出来事を振り返った。

 川渡蜥蜴リバーディーラを倒し、無事に解体作業場まで運んでもらえたのは、幸運だった。

 しかし、まだやるべきことは残っている。

 アラウン花の球根が花弁の代用になるのか、確認しなければならない。


(大丈夫、エリクシルが間違うはずはない……)


 ――収 益   260ルース

 ――所持金 8,290ルース



 *    *    *    *

――――――――――――――

熊の獣人。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093081898671417

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