技術の対価

199 革細工師のニア★


 ロランは工房の中へと足を踏み入れた。

 内部は広々としていて、職人たちが忙しく働いている姿が見えた。

 壁には様々な革製品が展示され、鞄、ベルト、ブーツ、コートなど、精巧に作られたアイテムが並んでいる。

 特に目を引いたのは中央の大きな作業台と、水車の動力を伝える機械のようなものだ。

 大きな魔石がはめ込まれているあたり、動力は完全に水車に頼っているわけではなさそうだ。

 そこでは職人が革を裁断し、縫製している光景が広がっている。


《すげぇな……》

{{職人たちの工房、素敵ですね}}


 作業台の周りには、道具が整然と並べられており、ハンマー、ノミ、鋏、針など、どれも使用感がありながらも丁寧に手入れされていることがうかがえる。

 壁には色とりどりの革のロールが立てかけられ、その質感や色合いが美しい。

 革の香りが漂い、ロランはその香りに包まれながら工房の奥へと進んだ。


《ここなら加工方法もわかりそうだな》

{{ええ!}}


 棚には未完成の製品やオーダーメイドと思われる依頼品が並べられ、それぞれに顧客の名前や注文内容が書かれた札が付いている。

 職人たちは集中しながらも互いに助け合い、時折笑い声が聞こえてくる。

 和やかでありながらも、真剣な空気が漂っていた。


 そして奥には、威厳ある姿勢で指示を出す狐の獣人、クノン族の姿があった。

 彼女の毛並みは光を反射し、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。


《彼女がニアだよな》

{{おそらくは}}


 クノン族はロランに気が付くと作業の手をやめ、その美しい翡翠ひすい色の目を向けた。


「……すみません。古湖エルダーレイク装具店レイメンツの紹介で来ました」

「ふーーん、ミティちゃんから? 君、見たとこ冒険者だよね」


 クノン族は顔を少し上げ、その特徴的で大きな耳をピクピクと動かしながら、ロランを値踏みするように見つめた。

 古湖エルダーレイク装具店レイメンツの店員はミティというのか。

 彼女はクノン族であるミティに少しばかり似ているが、毛色は綺麗な銀色だった。


「冒険者のロランです。初めまして」

「私は夕焔ダスクファイア工房』の匠師しょうしニアだ」

《しょうし?》

{{恐らくこの工房のトップのことでしょう}}


「で、用件は?」

「……ニアさんは頑丈な魔物素材を加工できると聞きまして」

「……獲物は?」


「はい?」

「獲物、素材、魔物の!」


「あぁ、ええっと…………」

影の鱗蛇アンブラルスケイルの鱗皮って言っていいのか……!?》

{{言う他ないでしょうね……。入手経路は隠して}}


「……影の鱗蛇アンブラルスケイルの鱗皮です」

「へーー、ふーーん、君、どっかの血盟クランのお使い?」


《なんかいい感じに勘違いしてくれてる?》

{{とりあえず話を合わせましょうか}}


「あ、はい……」

「……そんないい素材を加工するなら、持ち主本人が来るのが礼儀じゃない?」


《げっ、不味ったな……》

{{そう、きましたか……}}


「えぇっと、すみません。嘘つきました。俺の素材です。譲ってもらいました」

「はぁーー? 怪しい……、怪しい。……素材、どこにあるの?」


 ニアは首を傾げ、さらに疑わしげに聞いた。


「……持ち運ぶのが怖いので預けてます船内に置いて来た

「…………まぁ、そうだわな」


 ニアは鼻をひくつかせながら、納得するように頷いた。


「ふんふん、ふんふん……。いいよ、何に加工するの?」


「外套です。脇にスリットを入れて、戦闘中に邪魔にならないようにできたら……」

「外套、君、職業は?」


「戦士です」

「武器、何使うの」


「槍と剣と盾です」

「その構成でスリットいるかぁ? 短くするか、留め具でどうにかなるだろ」


 ニアは疑問の声を上げ、周囲の職人たちも興味津々で聞き入っていた。

 思わぬ追及にロランは黙ってしまう。

 エリクシルもその指摘には反論できなかった。


《銃を携帯したい、なんて言えねえよぉ!》

{{図面を書いて見せるのがよろしいかもしれませんね。こちらの意図が伝わるかわかりませんが……}}


 エリクシルはロランのARに図面を展開した。

 以前ロランから聞いていたイメージを元に作成したものらしいが……。


「えぇっと、紙と書く物ありますか?」

「ほらよ」


 ニアは少し苛立ちながら、羊皮紙とえんぴつのようなものを渡した。

 ロランはそれを受け取ると、エリクシルの図面の上からなぞる。


《……それにしてもいつの間にこんな図面を。エリクシルすげぇな》

{{先ほどのお店で得た情報を元に再構成してみました}}


 フリーハンド故にやや歪だが、それらしい外套が描かれた。


「へぇ、上手いね。空でこんだけ書けるのは才能を感じる」

「……へっへ、ありがとうございます」


「……んで、この外套。何かを隠し持ちたいわけね。とっておきの武器とかを……」

「……ぉお!」

{{これだけで用途がわかるなんて、すごいですね。さすが匠師しょうし!}}


「いいよ。物を持ってきたら適正価格で加工してあげる」

「あ、いえ。実は加工をお願いしたいんじゃなくて――」


 ロランとエリクシルには策があった。

 現地に馴染む見た目で、内側はエリクシルの叡智を結集させた魔改造マント。

 耐環境に防護機能を兼ね備えた強化裏地に加え、弾薬、ツール、通信デバイスなどを収納するための複数の隠しポケットを追加する。

 魔法の効果をもつ魔物素材が原世界ネヴュラの素材と馴染む保証はないが、加工技術を知ることでそれが可能になることをふたりは期待していた。


「――加工方法を知りたくて、どんな針と糸で加工するのかなって……」

「…………はぁ? 職人希望? 無理無理、年取りすぎ。あ~~~もうっ! 相手にして損した!」


 ニアは尻尾をパタパタと動かしながら言った。

 鋭い目つきがロランに向けられる。

 見るからに不機嫌だ。

 周りの職人も作業を止めると、様子を見に集まる。


「そこをなんとか! 実は、自分でこの素材を扱いたくて。そのための知識を得るために……お代も払います!」


「…………」

「……あの?」


「……へんたい」

「…………はい?」


「……君みたいな変態は、たまにいる! 素材の扱い方を知りたがる変態。冒険者をやっていればいいのに両立させようとする変態、変態! ……ふん、面倒だが教えてやるよ」

「えっ……は、はい! いいんですか!?」


 周りの職人たちも興味津々でニアとロランのやり取りを見守っていたかと思えば、茶々が入る。


「おいおい、本気かよ!」

「ニアさん、変態を引き受ける気ですか?」

「面倒くさそうだな、こいつ!」

「弟子入りしたいなら雑用から始めろ!」

{{変態って言葉の使い方合ってます?}}

《スラングみてえなもんだ、常軌を逸したバカ変態みたいな感じ》

{{……勉強になります}}


 ニアは職人たちを一瞥し、再びロランに向き直った。


「……ただし私の依頼をこなせたらの話!」

「依頼ですか」


「そうだ。君が依頼をこなせるとは思えないけど、もし成功したらアタシの技を教えてやろう!」

「ええっ、ニアさんまじですかい!?」

匠師しょうしの技は簡単に教われるものじゃないんだぞ! 変態!」

「そうだぞ! 俺が習いてえ! くんずほぐれつ!」「俺も俺も!」

「黙れバカども!」

「ひえっ!」「わほっ!」


 ニアは職人たちを一喝すると、ロランを品定めするように見つめた。


「……私の依頼は冒険者ギルドにも掲示されているんだが、誰も受注せずに困っているんだ」

「どんな依頼ですか!?」


 ロランはギルドの依頼と聞いて、食い気味に尋ねた。

 ニアは目を細め、真剣な表情で説明を始める。


「私が必要としているのは、白く輝く花、『アラウン花』だ。この希少な花は『タロンの原生林』の奥に生えていて、強力な魔物たちが守っていると聞く。頼みの綱の原生林の遠征も失敗したって話でね……。その花びらの使い道は教えてやれないが必要なんだ」


――――――――――――――

ニアさん。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093081898668008

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