衣服の調査

196 翡翠湖と水車の囁き


 *    *    *    *


{おはようございます。ロラン・ローグ、定刻になりました。恒星間年月日は統一星暦996年9月23日の7時、漂流してから19日目、ですね。図書館の後は衣服を見に行きましょう!}


 朝食を摂り、外出の準備を済ませる。

 フロントで衣服店の場所を訪ねると、女性は笑顔で答えた。


「衣服店をお探しでしたら、商店街にございます。市場を東に向かい工房通りに出たら、小川に架けられた橋を渡ると商店街に辿り着きますよ。途中で見かける水車は、見ものなんです!」


 ロランはフロントに礼をすると、今晩は外食することを伝え、宿を出た。

 午前中は図書館で情報を集め、午後に衣服店を訪ねる予定だ。


「よっしっ! 行くか!」

{はいっ!}


 *    *    *    *


 図書館ではこの世界や神話について調査を進める傍ら、魔物素材の加工方法についても調べた。

 しかし神話についてもあまり資料がなく、加工に関する有用な書籍も見当たらず、ロランは司書に尋ねることにした。


「あの、すみません」

「……! 何でしょうか?」


 司書はロランに好意の眼差しを向けていたが、続く質問の内容を聞いて目が微かに細まり、眉が僅かに寄った。


「……神話については教会でお尋ねください。図書館は永世中立でどの宗教にも属さないため、神話に関する資料はほとんど所蔵していません」

{{情報が統制されているようですが、中立というのは面白い話ですね!}}

《ほとんど……ってのが気になるな》

{{禁書庫にはありそうですよね……}}


 司書はロランに一度は尊敬の念を抱いていたものの、彼の知識の偏りと発言から少しの不安を感じ取ったように見える。

 その表情はやや険しい。


「……そうだったんですね。教会にはあまりお世話になったことがなくて……」


 司書は納得したような表情を浮かべると、さらに説明を続けた。


「……それから、そういった加工技術は工房で学ぶもので、口伝が基本です。本で読んで真似できるようなものではありませんよ。第一に、書籍を出版している暇があれば、職人たちは腕を磨いて弟子の育成に時間を充てます。なんとも当たり前の話ですがね」

「そう、ですよね……」


 ロランは司書の意味ありげな視線に、焦りながらも頷くしかなかった。


{{私たちの世界では、映像やオンラインで学ぶことが一般的でしたからね。技術の本質が実践と直接の指導にあることを忘れていました……!}}


 なんとか話題を変えることでその場を凌いだぎ、ついでに暦の情報を得ることになる。

 もうこの時には疑いの眼差しはなく、フラットなものだった。そう、事務的。


 話を戻して、このリクディアでは『イゼルス暦』が使用されている。

 1ヶ月は30日前後、12ヶ月で360日。時間も原世界ネビュラと同じで、現在はその4096年の紅葉の月 、つまり10月の下旬である。


 この暦は古の時代に偉大な王イゼルスが制定したもので、リクディアや周辺大陸を含め統一されているようだ。


「こんなに長い歴史があるんだな……」


 ロランは感慨に耽りながら、手にしていた最後の本を棚に戻した。

 本の背表紙には金色の文字で『リクディア歴史大系』と書かれている。


{{書籍もだいぶ古いものでしたね。地図などもそうでしたが、最新の情報を集めるにはここは向いていないのかもしれません}}

「情報のアップデートは手軽にできないだろうしな」


 正午を告げる鐘が鳴り、ロランは図書館を後にした。

 市場で買い食いをしながら、商店街へと向かう。


 *    *    *    *


 工房通りに入ると、二人は賑やかな音や香りに包まれた。

 職人たちが忙しそうに働き、様々な工房が軒を連ねていた。

 やがて小川に差し掛かると、水車がいくつも立てられている光景が広がった。

 水車はゆっくりと回り、その動力が工房に供給されている様子が伺える。

 川のせせらぎと水車の音が、静かなハーモニーを奏でていた。


「工房のために水車を活用してるらしいけど、ポートポランとは違った発展の仕方をしてるんだなぁ」

{{大変興味深いですよね。あ、あそこを見てください。この小川は翡翠湖の水が溢れかえらないように治水構造がなされていますよ!}}


 エリクシルは、ロランのARに図書館で仕入れた情報を表示して見せた。


{{リクディア百景によると、翡翠湖はその名の通りエメラルドグリーン色の透き通った水を湛えた美しい湖です}}

「うわぁ! 湖底の小石と魚が見えるほど澄んでるぜ!」

{{この清らかな水は小川を通じてバイユールの街全体に流れ込み、街の至る所でその美しさと清潔さを保っているようですよ}}


 小川の上流を辿れば水門の先に綺麗な翡翠湖がある。

 翡翠湖の水位が一定の基準を超えないように、湖から小川へと水を放出する仕組みが整えられていた。

 湖の治水のために、小川の水量は厳密に管理されている。

 ここからでも見えるが、街の外環に向かう程、川と橋が散見される。


「へぇ~すげぇな。そう言えば冬が一番見栄えが良いんだっけか?」

{{はい、長夜ちょうやの月である11月になると水温が下がり、より鮮やかな翡翠色になるんだとか}}

「今は下旬だからもう少しか? ここにいる間に見られるといいな!」

{{そうですねっ!}}


 二人はさらに歩みを進め、水門の構造や流れ込む小川の経路を観察している。


{{翡翠湖周辺は洪水時に備えた構造している上に、湖の水が制御された形で小川や他の放水路に流れ込むようになっているんですね}}

「水門まであるし、ダムっぽいよなぁ……」

{{実際にダム構造を取り入れているんだと思いますよ。干ばつ時には貯めた水を放出して農地の灌漑に利用し、大雨時には適切に放出することで、この大穀倉地帯は発展してきたのかもしれません}}

「勉強になるなぁ……」


 橋を渡り終えると、商店街の入り口が見えてきた。

 通りには雑貨店や素材店、衣服店などが立ち並び、時折飲み物や軽食、スイーツを提供する屋台も見受けられた。

 工房通りと違って商店街どこか落ち着いた雰囲気で、穏やかな時間が流れていた。


 しばらく商店街を歩き様々な店の看板や商品に目を奪われる。


「村の皆にもなにかお土産を買って帰ろうな」

{{良い案ですねっ!}}


 飲み物やスイーツの屋台からは甘い香りが漂い、訪れる人々の足を止めていた。

 購入した涼しげな飲み物を手に、再び商店街を歩き始めた二人はふと小道の先に古びた看板を見つけた。


「小道だ、行ってみよう。こういう穴場っぽいところ、好きなんだよ……」


 『古湖装具店』と書かれたその看板は少し時代を感じさせるもので、独特の魅力があった。


{{大通りのお店はやや派手な衣服が目立っていましたからね、こちらは町民向けなのかもしれません}}

「あっちのは観光客向けっぽかったもんな」


 古湖装具店に到着すると、趣のある木製の看板が軒下で揺れていた。

 店の外には様々な衣服や装身具が展示されており、店内からは温かい光が漏れている。


「いい雰囲気だ」

{{ですね!}}


 ふたりは興味津々で扉をくぐった。


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