194 魔法基礎学★

 

 フェンディリアはロランを見つめると、満足そうに頷いた。

 その姿は威厳に満ち、生徒たちに対する深い愛情と敬意が感じられた。


「ふふ、よろしい。では、概論についてはこれくらいにしておこう。次は魔法基礎学だな……」


 教室に再び緊張感が漂う中、フェンディリアは教壇の前に立ち、手元の杖を軽く振った。

 部屋の中央に小さな光の玉が現れ、それが徐々に大きくなり、教室全体に魔法のベールが広がった。


「さて、魔法基礎学では魔法の根本的な原理と、その行使方法について学んでいく」


 フェンディリアは一冊の古びた魔法書を手に取り、ページを開いた。

 奇妙な文字と複雑な図が描かれたページが教室全体に映し出される。


「……まずは魔法書だ。魔法書には呪文の詳細な構成、必要な階位レベル、発動条件などが記されている。その目で見て魔法への理解と行使の知識、経験を得るのだ。もちろん伝聞では魔法の真髄には辿り着けん。当然これらの魔法書は低級であっても非常に高価だな」


 彼女は手元の古めかしい魔法書を開きながら、具体的な例を示した。


「たとえば、この『火』の低級呪文。呪文の言葉は『火よ、起これ』、必要な階位レベルは1、発動条件は術者の行使の意志だ。指先からでも杖の先からでもどこでも放てる。そして効果は火を灯すこと。対象に火炎ダメージを与えるには呪文に必要がある」


 フェンディリアの指先に『火』が灯り、聞きなれない言語が発せられる。

 指から離れた火は、勢いよく燃え盛り小さな竜巻を作った。

 生徒たちは興奮の声を上げ、興味津々の表情を浮かべ真剣に見入っていた。

 するとそのうちの一人、たしかピンス君とやらが挙手をした。


「校長先生……! 質問です!」

「……なにかね?」


 ピンスは緊張した面持ちで立ち上がり、声を震わせながらも質問を投げかけた。


「魔法書の呪文と言霊はどう異なるのですか?」

「……良い質問だな。呪文は表層のさざ波のごときものに過ぎん。深いことわりの表面を撫でるようなものだ」

「……表面をですか?」


 ピンスの声はさらに小さくなったが、その目は真剣だった。


「あぁ……。開示の呪文の時にも説明したことだが、言霊には大きな力がある。我も手掛ける魔法書は、師の紡いだとは程遠い。ただの真似事でしかないのだよ……」


 フェンディリアの声には、一抹の憂いが込められていた。


《手掛けるって……》

{{ 魔法を付与する術があるとコスタンさんが言っていたくらいです。同様に魔法書も作成する術があるのですね。それよりも真似事というのが気になります }}

《魔法の真髄って言ってたくらいだ。言霊への深い理解が必要とか、そんな感じかもな》


「……諸君らは教育課程において魔法書を読むことになるだろう」


 フェンディリアは次にロランを一瞥すると言葉を続けた。


「……残念ながら、冒険者の君は対価を払わずに読むことはできない」


《まぁ、そうだわな。ポートポランのサエルミナの魔法雑貨店にあった魔法書いくらだっけ?》

{{ 『初級:火の魔法書』は2万ルースでしたね }}

《高いけど、いつか読んでみような、エリクシル》

{{ ……はいっ! }}


 ロランはフェンディリアの言葉に静かにうなずいた。

 彼の瞳には強い決意の光が宿っている。


(ふふ、諦めぬか。登ってくるがいい……冒険者よ)


 フェンディリアは彼の内に知識を求める意欲を感じ取り、わずかに微笑んだ。


「……しかし今回は座学として呪文の構成や発動の原理を学ぶことはできる。知識を得ることが第一歩だ。これを機に、魔法の基礎をしっかりと学んでいこう。いつか魔法書を手に取った時に、役立つ」


 ロランはフェンディリアの言葉に納得しながら、座学の重要性を改めて感じ取った。

 彼はエリクシルと共にさらに深い魔法の知識を求め、授業に集中した。


「では、まずは基本的な呪文の構成から始めよう。呪文は三つの要素で成り立っている。言葉、魔素、そして意図。この三つを正確に組み合わせることで、魔法が発動する」


 フェンディリアは手元の魔法書を閉じ、再び空中に図を描き出した。


「呪文の言葉は、魔素を具現化するための鍵だ。正確な発音と意図が必要となる。少しでも間違えると効果が失われるから注意せんとな」


 フェンディリアは手を動かし、空中に奇妙な文字を浮かび上がらせた。

 言葉が放つ光は教室全体を照らし、生徒たちはその輝きに釘付けになる。


「次に、魔素の圧縮と変換だな。これが魔力となり、呪文を発動させる」


 彼女は手を振ると光の軌跡が魔法陣を描き、内部で魔素が渦を巻く様子が現れた。

 魔素が圧縮され輝くエネルギーに変換される様子に、生徒たちは目を見張った。


「そして最後に、意図だ。魔法使いの意志が呪文の効果を決定する」


 フェンディリアは意図の重要性を強調するように、手をかざして魔法陣の中央に力を集中させた。

 すると魔法陣は鮮やかな光を放ちながら花火のように色鮮やかな光を教室中に散らした。

 生徒たちはその美しさに心を奪われ、感嘆の声を漏らした。


「まとめだ。……呪文を唱え、体内の魔素を圧縮し魔力に変換する。その魔力が特定の形を取り、具現化するということだ」


{{ 強大な魔素の反応……。やはり彼女は普段、魔素を抑えているようです! }}

《魔素の反応を誤魔化してるってことか? 影の鱗蛇アンブラルスケイルみてえだな……》

{{ 魔法使いは侮れませんね……! }}


 キィーーン、コォーーーン。


「ふむ、もうこんな時間か」


 学校らしい鐘の音が響くと、フェンディリアは片付けをし始めた。

 手元の魔法書を優雅に閉じると、魔法でふわりと浮かせる。


「……さて、今日の授業はここまでにしよう。諸君らは復習によくよく励むように。魔法の基礎をしっかりと理解し、今後の学びに活かすのだ」


「はーーーいっ!」


 生徒たちの明るい声が響き渡る。

 彼女が教壇から下りると、教室内には名残惜しさが漂った。


{{ ……あれはっ!? }}

《?》


 エリクシルのセンサーがふと何かを捉えたようだ。

 教室を出ようとするフェンディリアの背後で、淡い影の軌跡が一瞬現れ消えるのを見た。


{{ 校長の後ろになにかが…… }}

《俺には何も見えねえが……》


 ロランが周りを見渡すと、生徒は片付けの準備をしているばかり。

 不審なものを見た者はいないようだが。


{{ マークします! }}


 ロランのARが展開され、その輪郭が表示された。

 フェンディリアの背後を守るように見えるそのシルエットは、女性的で頭部には特徴的な突起が見える。


《ヒト……エルフか?》

{{ 護衛かもしれません。校長はおそらく貴族でしょうから…… }}


 *    *    *    *


 フェンディリアが教室のドアを閉めると、その隣の淡い影が色濃くなる。


「……侯爵ガルドール様、冒険者が私の存在に気付いたようです」


 フェンディリアは驚いた様子を見せながらも、嬉しさを感じさせる微笑を浮かべて答えた。


「やはり気付くか。彼は何回かこちらをだったな、素知らぬ顔をして抜け目ありゃせん」


 *    *    *    *


――――――――――――――

護衛。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093081139701157

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