193 魔法の真髄


 ロランは頷くと、静かに手を挙げた。


「先生、質問イイですか?」

「……うむ、冒険者よ。許可しよう」


 授業が一時ストップしたが、フェンディリアは嫌な顔ひとつすることなく、穏やかな表情を浮かべた。


「……モーリス・グレイベイル先生は何故、皆が使える呪文を編み出せたんですか?」

「良い質問だ。師が創造したとは言ったものの、その実はことわりを見出したと聞いている。特定の呪文を唱えることで、ステータスを表示させることができる、とな」

{{ ことわりとは一体……。それに…… }}

《特定の……》


 フェンディリアは一度深呼吸をし、教室全体を見渡した。

 彼女の目は一人一人を見つめ、真剣な眼差しを向けていた。


「と、なれば、呪文とは何なのか、君らは質問するだろうな。それも答えよう。呪文とは魔素を具現化し、特定の効果を発動させるための古の言霊である。魔法の力を引き出すための至高の鍵と言っても良いだろう」


{{ ……古の言霊……!! }}


 彼女は手を動かし、空中に幾何学模様の魔法陣を描き出した。

 その模様が鮮やかな光で輝き、生徒たちの目を奪った。


「『開示の呪文』の場合、魔石に刻まれた経験を視覚化するための鍵となる言葉が古の言霊である。言霊は世界に触れ、それを唱えることで、内なる魔石の中に秘められた情報が明かされる、というわけだな」


 フェンディリアは話を続け、言霊の由来とその力について詳細に語った。


「言霊とは言葉の背後に隠された神秘の力だ。その起源は遥か昔のアラルイ……、いや、神話の時代にまで遡る」


 フェンディリアは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに修正し、慎重な表情を浮かべた。

 その一瞬のためらいに気付いたロランは眉をひそめる。


《……ん?》

{{ 何をためらったのでしょうね }}


「……古代の賢者たちは言葉が単なる音の集合ではなく、世界の本質と深く結びついたものであることを理解していた。言霊を唱えることで言葉は現実を変える力を持ち、その響きは世界の構造に影響を与える。特に開示の呪文においては、魔石に刻まれた記憶や経験を解放するための触媒として、言霊の力が不可欠とされる。これにより秘められた情報が視覚化され、我々の前に顕現するのだ」


《わけわかんねえ、言葉が世界に触れるって?》

{{ おそらく言葉が持つ力は単なるコミュニケーションの手段を超越し、存在そのものに影響を及ぼすということを示しているのでしょう。言霊はその意味を超えて、物理的な現実にも作用するとも…… }}


 フェンディリアが言うには、言霊は言語の垣根を超えた存在だという。

 開示の意志をもつことが鍵を開くことになるのだとか。

 エリクシルはその説明にさらに興味を引かれ、感嘆の声を上げた。


「繰り返すが、この呪文は特別な修練を必要とせず、誰もが唱えることができる唯一無二の存在である。なぜならこの呪文は時の彼方に隠された古のことわりに触れ、その深淵に宿る魔法の真髄に触れるための、選ばれし言霊だからだ。わが師、モーリス・グレイベイルはその秘奥を解き明かし、すべての者が等しくこの力を享受できるようにと、その言霊を世に放った」


 教室内の生徒たちは驚きと興奮の表情を浮かべ、フェンディリアの話に引き込まれていた。


「重ねて言おう、この魔法の真髄に触れるということは、内なる意思を持って魔石に記録された経験や知識を引き出し、視覚化させることに他ならん」


 フェンディリアの目は再び生徒たちを見渡し、その深い知識と経験が伝わってくるようだった。


「その呪文を唱えることで、体内の魔素が圧縮され、魔力に変換される。その魔力が特定の形を取り、具現化するのだ。……『ステータス開示』」


 ◆

 フェンディリア・ルウェリオン・サーランディア

 ???歳 ギルドマスター ??? 階位44

 ◆


 フェンディリアが呪文を唱えると、ステータスがまばゆい光を放ちながら現れた。

 光の粒子がプレート全体に舞い、まるで星々が瞬くように煌めいていた。

 その光の粒子は軌跡を描きながら漂い、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 ロランのそれとは一線を画す豪華な見た目だった。


《名前なげぇ! ……それに年齢と身分が隠されているな》

{{ 貴族なのかもしれませんね。秘匿されているのは、例の隠蔽の魔法とやらでしょうか……。実際に見ることができたのは幸運かもしれません……! }}

《マスターともなればそれくらいお手の物ってことか。階位44ってのはレベルのことだよな? 格8の魔物は討伐済みってことかよっ! すげぇ!》


「校長先生すごい!」「レベルが高い!!」「英雄だ!」


 生徒たちは手を叩いて喜び、フェンディリアに尊敬の眼差しを向けていた。


「うむ、レベルか。そうだな、レベルについても復習しておこうか。レベルというのは君のような冒険者たちが最近呼び始めたものだな」


 フェンディリアはロランを見つめる。


「……魔素をいくら蓄えたところで、それを運用する術を知らねば無用の長物だ。生物としての経験値や地位を示す指標としてレベルを考えた冒険者がいたが、その見解には一理ある」


 フェンディリアは懐かしむように微笑むと、腕を組んで頷いている。


「……話を戻そう。我が師モーリスは階位と呼び、魔素の総量を段階分けしたものだと説明した。今では魔法の習得と密接な関わりのあるステータスとなっているな。魔法を行使することはできん……」


{{ モーリスさんは魔石が魔素の器だと理解していたようですね! そのうえで魔素の総量が魔法の行使に影響していることを解き明かしたと! }}

《やけに興奮してるけどよ……。どういうこと?》

{{ 魔石に内包されている魔素量に、差があると発見したヒトがいるってことですよ! }}

《……へぇ。でもよ、魔法の真髄とやらのおかげで魔素の総量がレベルで表せるようになったけど、正確な量まではわかってないんだよな? 俺にはそう聞こえたんだけど》

{{ 確かに……。レベルが足りなければ、と言っているのでそうなのかもしれません……! よく気が付きましたね! }}

《うへへ……》


「……呪文について改めてまとめよう。呪文は魔素と密接に結びつき、その言葉が正確であればあるほど効果は強力になる。魔法使いは常にその言葉の選択に細心の注意を払わねばならない。……理解したかね?」


 フェンディリアはロランに柔らかな眼差しを向けると、ステータスを消し、教室全体に静けさを戻した。


{{ やはり魔法は素晴らしいですねっ! やや抽象的なところもありましたが、魔素の動きを記録することができたのは大きいです! 魔法についての理解が一気に深まりますっ! 魔素を圧縮して魔力に変換、そして具現化という形で放出するのですね!!!! ロラン・ローグ、彼女に賛辞を贈るのです!! }}

《全部はわかんねえけど、魔法がとんでもねえってことだけはわかったよ……》


「……はいっ! よくわかりました。フェンディリア校長先生、ありがとうございます!!」


 フェンディリアはロランを見つめると、満足そうに頷いた。

 その姿は威厳に満ち、生徒たちに対する深い愛情と敬意が感じられた。


「ふふ、よろしい。では、概論についてはこれくらいにしておこう。次は魔法基礎学だな……」

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