190 湖畔の朝陽

 

「エリクシル、おやすみ」

{ おやすみなさい、ロラン・ローグ }


 *    *    *    *


{ おはようございます。ロラン・ローグ、定刻になりました。恒星間年月日は統一星暦996年9月22日の7時、漂流してから18日目、ですね。高級羽毛布団で快眠でしたね! }


「んっー……!」


 ロランはゆっくりと伸びをしながら目を覚ました。

 寝る前は悶々とすることもあったが、快適な寝床のおかげで完全に回復していた。


 洗面台で顔を洗い、硬めの手ぬぐいで拭く。

 まぶたをつぶれば、そこには艶めかしい肢体が思い浮かばれる。


(いかんいかん……)


 ロランは頭を振ると、窓の外の景色に集中した。

 さざなみが輝く湖の景色が広がり、朝陽がその水面に美しい光のカーテンを描いている。


「……自然ってすげえよな」


 宇宙に出てから自然と触れる機会は少なかった。

 ヴォイドの地は危険だが、この世界の景色を楽しむ価値は間違いなくある。


{ 裏球面状の土地ですが、そのロケーションによって景色が大きく変わりますね…… }


 裏球面、惑星を裏返したようなヴォイドの地、太陽が中心に位置するという奇妙な構造。

 太陽が位置を変えることはないが、季節が存在するという異質さ。


「図書館でこの世界の起こりとか、神話についての本があれば多少はわかるかもな」

{ そうですね。法律や言語について学んだら探してみましょう! }

「オーケー、まずは朝食だな!」


 ロランは身支度を整えると、一階にあるダイニングエリアへと降りていった。


 *    *    *    *


「おはようございます。ロラン様、ご案内します」


 宿のスタッフに促され、窓際の席に座る。

 湖畔の眺めがよく、窓際の席からは釣りに興じる住民たちの姿が見えた。


 しばらくすると朝食が運ばれてきた。

 バイユール特産の黄金のパンとやらは、焼きたての良い香りが食欲をそそる。

 かなりの大きさだが、これもシャイアル村で食べたのと一緒でひとり分だ。

 見た目は丸々としてブールっぽい。可愛いパンだ。

 そして野菜スープと香草と特製ソースで調理されたシュペックエッグ、見た目はベーコンエッグに似て、燻製の香りが良いアクセントになっている。


「いただきます!」


 ロランはさっそく食事を楽しみ始めた。

 黄金のパンは中はふわふわで、まるで朝陽のように香ばしい。

 千切ったパンをスープに浸して食べるのもお勧めらしいが、これがなかなかに乙だ。

 シュペックエッグは、山のハーブで香り付けされ、卵の黄身がとろりと流れ出す瞬間、まるで朝焼けのように美しい。

 まさに朝食に相応しい食事だろう。


{{ とても美味しそうですね。あまり急がないで、ゆっくり食べてくださいね }}

「ありがとう、そうさせてもらうよ。……ふぅ、ほんとに美味しいなぁ」


 食事を終え、ロランは満足げに席を立った。


「さて、まずは図書館だな」

{{ はい。午前中は図書館で調べ物をして、午後は魔術師ギルドを訪れる予定です }}

「よし、それじゃあ行こうか」


 ロランは宿を出て、街へと繰り出した。

 バイユールの街並みは朝の光に照らされて、活気に満ちている。

 湖畔の道を歩きながら、人気の少ない図書館へ向かった。


「おはようございまーす」

「あら、またいらしてくれたのですね。今日は何をお探しで?」

「えーっと……」


 図書館では司書と軽く挨拶を済ませ、さっそく法律と言語についての書物を漁ることにした。


「法律と言語の本を探してるんですけど、どこにありますか?」

「こちらへどうぞ。ご案内しますね」


 司書の女性は柔らかな微笑みを浮かべながらロランを案内し始めた。

 広間を通り抜け、古びた木の床が足元できしむ音が響く中を進む。


「……こちらが法律、あちらには言語に関する書架があります」

「ありがとうございます」


 ロランはその一角に腰を下ろし、丁寧に一冊一冊を手に取って調べ始めた。


「なるほど、リクディアの法律体系は複雑だな……」


 ページをめくるたびに、古い紙の香りが漂い、文字がぎっしりと詰まったページが次々と現れた。

 手元では腕輪型端末が点滅し、エリクシルがスキャンしている。


{{ 国全体に適用される法律が基本のようですが、領主法、つまり封建制度も存在するようですね。他にも都市国家や自由都市においても微妙に法律が異なるようです。あ、慣習法までありましたっ! }}

「……ややこしいことこの上ないな」

{{ ご安心ください、私が記録してますから! }}

「うんうん、助かるよなぁ……」


 時間はあっという間に過ぎ去り、昼時となった。

 ロランは手にしていた書物を丁寧に片付け、司書に別れの挨拶を告げた。


「お世話になりました。また来ます」

「お待ちしております。ご利用ありがとうございました」


 図書館を後にすると、ロランの腹の虫が鳴る。

 市場の露店へと足を運び、活気ある雰囲気の中で昼食を探した。

 焼きたてのパンや香ばしい肉の匂いが漂う中、ロランは露店のひとつで心地よい笑顔の店主から魚の切り身が入ったタコスのようなものと、別の露店では果実のパイとジュースを購入した。

 霊峰ネレイスの麓で採れるネレイスベリーを使った濃厚なジュースは、甘酸っぱさが絶妙でタコスを流しこむのに丁度良かった。


「これで腹も満たされたな」

{{ 次は魔術師ギルドですね! }}


 満足そうに頷きながら、ロランは食事を済ませ、次の目的地である魔術師ギルドへと向かった。

 街の通りは賑わっており、行き交う人々の笑顔や話し声が心地よい音楽のように響く中、ロランは決意を胸に秘めて歩を進めた。


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