189 『ゴールデンリーフ・イン』

 

 *    *    *    *


 ロランは湖畔の道をしばらく進むと、今夜の宿に到着したようだ。

 宿の外観は、石造りと木材の調和が美しい、頑丈で趣のある建物だ。

 外壁は深い緑色の苔や蔦で覆われており、落ち葉が風に舞う庭園が宿の前に広がっている。

 庭園には冬に近い秋を感じさせる風景が広がり、石造りのベンチや歩道が手入れされている。

 宿の入口には、金色の葉が施された看板が掛かっており、『ゴールデンリーフ・イン』と書かれていた。

 大きな木製の扉には細かな彫刻が施され、両脇の燭台が暖かい光を放っている。


「ここだな……。なんだかめっちゃ高そうなんだけど……」

{{ 高級かもしれませんが、安全性は高いのだと思いますよ }}

「確かに1万ルースもって安宿に泊まるのはな……」


 ロランはエリクシルの言葉に頷きながら宿の中へと足を踏み入れる。

 宿に入ると広々としたロビーと古いシャンデリア、大きな暖炉、高い天井とむき出しの太い梁が出迎えた。


「うわうわ……。こんなとこ泊ったことねえよ……」


 シャンデリアの蝋燭の炎が揺らめき、暖かい光広がり、壁には豪華なタペストリーが掛けられ高級感が溢れている。

 床は磨かれた石が整然と並べられ、所々に敷かれた厚手の絨毯が足元を暖かく包み込む。


 フロントには礼儀正しいホテルマンが立っており、温かい笑顔で迎えてくれた。


「ようこそ『ゴールデンリーフ・イン』へ。ご予約はございますか?」

「あ、予約はしていないんですけど、マスター・コーヴィルの紹介で来ました」


 ロランは少し不安げに答えると、ホテルマンの顔に驚きと敬意が浮かんだ。


「コーヴィル様のご紹介ですね。少々お待ちください」

《おいおい、まさか……》

{{ このパターンは…… }}


 ホテルマンは予約帳を確認し始めると、すぐに笑顔で顔を上げた。


「ロラン様でいらっしゃいますね? すでに6泊分のご予約がございます。ご滞在中、何かご不便がございましたら、どうぞお知らせください」

《さすがマスター・コーヴィルさんだっ!!!!!》


 ロランは満足そうに頷き、「神様のようだな!」と感嘆の声を上げた。


{{ 滞在日数まで把握されているなんて……。一体どういうことですかっ!? }}

《まぁまぁ、くれたんだろ》

{{ で怪しいんですよっ! ……有望な冒険者を囲い込もうとしているだけならいいのですが…… }}


 エリクシルの頭に不安がよぎる。

 緊急依頼をこなしただけでこんな破格の待遇を受けるものだろうか。

 コーヴィルが豪商と懇意にしていることは予測がつくが、それにしても行き届きすぎている。


「それでは、お部屋にご案内いたします」


 ホテルマンはロランを客室へと案内しながら丁寧に説明を続けた。


「こちらがロラン様のお部屋でございます。何かご不明な点がございましたら、いつでもフロントまでお知らせください」


 ロランは部屋の扉が開かれると、広々とした客室に足を踏み入れた。

 大きな木製のベッドが中央にあり、豪華なカーテンが四方に垂れ下がっている。


「この部屋、いい……」


 エリクシルは少し警戒しながらも、その豪華さに驚きを隠せなかった。


{{ 確かに素晴らしいですが、かなりの宿泊費なのでは……? }}

《マスター・コーヴィルさんが払ってくれたんだろ!? ……できる男だぜ!》


「あっ、お風呂とかってありますか?」

「もちろんです。公衆浴場は1階にございます。それでは、ごゆっくりお過ごしください」


 ホテルマンは丁寧にお辞儀をし、部屋を後にした。

 ロランは室内を歩き回り、この高級ぶりを堪能する。


「うわ……結構ふかふか……ムルコさんちの毛皮とはまた違って、いい」

{ 恐らく羽毛ですね……。高級布団ですよ…… }


 ベッドにぼふんと倒れ込んだロランの横に、エリクシルが姿を現し座った。


「羽毛ね、宇宙じゃ粉塵の元になるから使えねえもんなぁ」


 ベッドの両脇には木製のナイトスタンドがあり、上にはランプと小さな花瓶が置かれていた。

 部屋の一角には小さな書斎スペースがあり、古い木製の机と椅子が置かれている。

 机の上にはインク瓶が置かれている、宿泊客が手紙を書く何でも使うのだろうか?


「部屋も暖かいな……」


 小さくはあるが石造りの暖炉は心地よい暖かさを保っている。

 暖炉の上には美しい絵画が飾られ、部屋全体に落ち着いた雰囲気を与えていた。


「景色も最高だろうな……」


 部屋の窓からは湖畔の風景が一望でき、夕暮れ時には美しい景色を楽しむことができるだろう。

 窓辺には柔らかなクッションが置かれ、ロランはそこに座りしばし外の景色を楽しんだ。


{ コーヴィルさんはギルドのマスターともなる人物ですが、さすがにこの待遇は気になります。用心するに越したことはないはず }

「ギルドのトップがやばいことはしない、と思いたいけどな」

{ 杞憂で済めばいいのですのですが…… }


 エリクシルは視線を落とし、物憂げな表情を浮かべた。

 ロランはエリクシルに向き直ると優しく微笑んだ。


「エリクシル、大丈夫だって! マスター・コーヴィルは信頼できる人だと思う。それにここは安全だって言ってただろ? エリクシルが一緒にいるから俺は安心だけどな!」


 ロランはエリクシルの目を見つめ、力強く頷いた。

 エリクシルはロランの言葉に少しほっとした表情を浮かべた。


「……少しリラックスしよう。公衆浴場に行ってみようぜ!」


 *    *    *    *


 ロランは部屋を出て、1階にある公衆浴場へと向かった。

 石造りの廊下に敷かれた絨毯が歩くたびに柔らかく音を吸収している。

 公衆浴場の入り口に着くと、木製のドアを開けて中へと進む。


 浴場の内部は広々としており、蒸気が立ちこめている。

 中央には大きな石造りの湯船があり、その周囲には豪華な柱が立ち並んでいる。

 壁には美しいモザイクタイルが貼られ、湖の風景が描かれていた。


 ロランは衣服を脱ぎ、身体を洗い準備を整えるとゆっくりと湯の中に足を浸けた。


「ふぅ……温かい……」


 身を沈めると体全体がじんわりと温まり、勉強の疲れが一気にほぐれていく。

 ほかにも数人の紳士がいたが、次第に浴場を離れていく。


{ ロラン、気持ち良さそうですね }


 ロランひとりになったのを見計らって、隣にエリクシル現れ、微笑んだ。


「うおっ!!」


 ロランは赤面し、慌てて目をそらした。

 エリクシルのホログラムが、裸の姿で彼の隣に座っていた。

 幸いにも湯気や波打つ湯で隠れているとはいえ、プロポーションの良さは想像に難くない。


「エリクシル! なんで一緒に入ってるんだ!」

{{ ふふ、わたしもいつか一緒に入ってみたいと思っていたんです。船では禁止されていましたからね! }}


 エリクシルの無邪気な顔に、ロランはますます顔を赤らめた。


「…………!」


 エリクシルを視界の隅に押しやるが、心の中で水面のように動揺が広がる。

 ロランは湯船の縁に寄りかかり、少し落ち着きを取り戻した。

 エリクシルは距離を詰めると、頭をロランの肩にもたげた。


{ ロラン・ローグ、リラックスしてくださいね。今日は頑張ったんですから }

(……無理だってば!!)


 エリクシルの近さにロランは心臓が張り裂けそうな思いをしたが、その優しい声と親しげな微笑みに次第に心が和らいでいく。

 彼女の温かさを感じると、緊張は次第に溶けていった。


(…………)


 ふたりはしばらくの間、静かな時間を共有しながら心地よい温かさに包まれていた。

 エリクシルの愛らしい笑顔とその魅力的な姿が、ロランの心に甘酸っぱい感情を芽生えさせる。


「出るか……」

{ はい……! }


 公衆浴場を出ると、ロランは湯上がりの心地よさを感じながら部屋へ向かう。

 途中フロントで声をかけられ、朝夕の食事について尋ねられた。

 朝は20、夕は40ルースで用意してくれるらしい。

 市場での買い食いも捨てがたいが、この宿の食事も食べてみたいもんだ。

 朝夕頼めば50ルースに割り引いてくれると聞いて、明日は両方お願いした。


「ふぅーー」


 温かさが体に残る中、再び豪華なベッドに身を投げ出し、明日のことを想いながらゆっくりと眠りに落ちる。


「エリクシル、おやすみ」

{ おやすみなさい、ロラン・ローグ }


 ――食事代    50ルース

 ――所持金10,090ルース


 *    *    *    *

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