おもてなし

188 『翠の雫亭』

 

 *    *    *    *


 図書館から湖に向かって進むと、雰囲気のある料亭に辿り着く。

 建物は木造で、外壁には自然の風合いを生かした木材が使われている。

 屋根は緩やかな勾配を持ち、深い緑色。

 入り口には美しい木製の門があり、その上には『翠の雫亭』と書かれた看板が掲げられている。

 門の両脇の手入れの行き届いた植え込みが、自然との調和を演出している。


「……ここが『翠の雫亭』か。高級店っぽいな」

{{ 湖畔の風景に溶け込むように建てられているのですね。とてもお洒落な料亭です! }}

「確かに洒落てる。川魚に鳥、麦料理に酒が人気だってな、楽しみだなぁ!」


 ロランが店内に足を踏み入れると、目の前に広がったのは温かみのあるロビーだった。

 天井はアーチ型で、柔らかな間接照明が設置されている。


{{ 壁には湖畔の風景を描いた美しい絵画が飾られていますね…… }}


 壁には大きな丸窓が並び、夕日が優しく差し込む。

 床は磨き上げられた木材で、足を踏み入れると心地よい音が響いた。


「いらっしゃいませ。ご予約はございますか?」

「あ、予約はないんですけど、マスター・コーヴィルの紹介で……」

「あぁ、コーヴィル様の! ロラン様でございますね? ご予約を承っています。さぁ、こちらへ」


 ロランはコーヴイルが店にまで融通を利かせてくれたのかと驚きながら、案内人について行く。

 中央には大きな暖炉があり、冷え込んできた夜には温かな光を放つのだろう。

 暖炉の周りには、ふかふかの椅子とソファが配置され、訪れた客がゆったりとくつろげそうだ。


 ダイニングエリアに進むと、窓際の席からは湖の美しい景色が一望できた。

 日も落ちてきて、湖畔が黄金色に輝き始めている。


《コーヴィルさん、すげぇ店を紹介してくれたもんだ……!》

{{ 予約もしてくださって、配慮も一級ですね }}


 案内された席のテーブルは木製で、温かな手作り感がある。

 ロランが座った椅子には柔らかなクッションが置かれ、長時間の食事でも快適に過ごせるよう工夫されているようだ。

 テーブルの上には季節の花をあしらった小さな花瓶が置かれ、華やかさを添えていた。


 案内人にメニューを手渡され、今日のお勧めなどを聞く。


「ロラン様はバイユールは初めてのご様子。でしたらこちら、翡翠鱒ジェイドトラウトの炭火焼と、クラヴァークのソテー、黄金麦のリゾット、副菜とデザートもつき大変お勧めです」

「クラヴァーク!? ぜひ、それをお願いします!」

{{皆で缶詰のビーフシチューを食べたときに聞きましたね}}


 翡翠鱒ジェイドトラウトはこの翡翠湖で獲れる魚だという。

 コスタンから名前を聞いていたクラヴァークは、この穀倉地帯で見かける七面鳥のような魔物で、家畜化しているそうだ。

 黄金麦を餌に、秋から初冬にかけて最も脂が乗って絶品らしい。

 それら注文すると、案内人は飲み物についても尋ねた。


「麦を使ったお酒があると聞きました……」

「ええ、皆さまにご愛顧いただいています、麦の雫セイムドロップがございます」

「それで!」


 ロランは一通り注文を終えると、外の景色を眺める。

 オレンジ色の夕陽が湖面に反射し、まるで一面に敷かれた宝石のように煌めいていた。

 静かな波が優しく岸辺に寄せるたびに、その輝きが揺らめき、幻想的な光景を作り出している。


「ポートポランとは全然違うな……。今回は長く滞在できるし、楽しめそうだなぁ……」

{{ わたしも大変楽しめています。明日は魔術師ギルドに衣服屋に行きたいなぁ……! }}


「まぁ、いいけどよ……武具屋も覗かないとな。影の鱗蛇アンブラルスケイルの外套を作るためにも!」

{{ それもそうでしたね! }}


 しばし他愛のない会話を続けていると、ウェイターが料理を運んできた。


翡翠鱒ジェイドトラウトの炭火焼でございます」

(きたきた!)

「朝、湖で獲れました新鮮な鱒を特製の香辛料に漬け込み、炭火でじっくりと焼き上げた一品でございます。外は香ばしく、中はジューシーな仕上がりとなっています」


「うっひょーーーー!」


 もう言葉はいらないだろう。

 ウェイターの言った通りの美味さだ。

 付け加えるとすれば、薄はりのグラスに注がれたビールによく似た麦の雫セイムドロップとよく合うくらいだろう。

 このグラスの高級感もそうだが、この料亭はバイユールでも屈指の高級さに違いない。


 次々と運ばれるクラヴァークのソテー、メインの黄金麦のリゾット、どれもお酒がよく合う。

 風景と相まって至福のひと時となった。

 外が暗くなると魔道具で外がライトアップされる。

 これもまた格別な眺めとなる。


「美味すぎる……」

{{ 景色と食事の調和、店内の雰囲気も相まって素晴らしいですね }}


 やがて、ウェイターが最後の一品を運んできた。


「翠の雫パフェです」


 パフェには地元の新鮮な果物がたっぷり使われ、上には濃厚なクリームとフレッシュなミントの葉が添えられていた。

 さらにパフェの底には湖畔をイメージした美しい翠色のゼリーが敷かれ、翠の雫亭の名にふさわしい一品だ。


「デザートまで豪華だな……」

{{ 見た目も味も良さそうですね! }}


 翠の雫パフェは、フレッシュな果物の甘みと酸味が絶妙で、食事の締めくくりにぴったりだ。

 ゼリーの爽やかな風味が全体を引き締め、湖畔の美しさを感じさせる。

 ロランは一口ごとに幸せを感じながら、デザートを楽しんだ。


「いやぁ、堪能したな……」

{{ 最高のひと時でしたね! }}


 余韻を惜しみつつ、ほろ酔い気分で会計へと向かう。


「ロラン様、お代はコーヴィル様がお支払い済みです」

《マスター・コーヴィルさん!!!》

{{ 配慮もマスター級ですね }}


 夕食にまでコーヴィルさんとの素敵な出会いに感謝。

 彼とはまた仕事をすることもあるかもしれない。

 その時にお礼を言えればいいな、そう思いつつ案内人に次に向かう宿について尋ねた。


「『ゴールデンリーフ・イン』でございますね。湖畔を道なりに進めばすぐにございます」


「ありがとうございます。ご飯、とても美味しかったです!」


 外に出ると、湖畔の夜景が一層美しく輝いている。

 ロランは立ち止まり、しばしその景色を堪能した。


「バイユール、いいなぁ……!」


 ロランは満足そうに微笑み、心地よい夜風に包まれながら、次の目的地に向かって歩き出した。

 湖畔の道を進みながら、コーヴィルの心遣いに改めて感謝する。


 *    *    *    *

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