184 昇級試験と報奨金


《なんつーか、エリクシル、随分この世界に染まってるな……》

{{ こういったしがらみはどこの世界でもあるものですよ }}

《めんどくさい話だなぁ……》


 ロランはを静かに聞きながら、上手い具合に相槌を打っていた。


「……小悪魔インプの尻尾でも借りたいくらいの急務でねぇ」

《猫の手、みたいなもんか?》

{{ この世界のことわざでしょうね }}


「……これほど質の良い虫草ちゅうそうを、まさか冒険者に成り立てのロランくんが持ってくるとは思わなかったけど、をもっているようだしねぇ」


 コーヴィルは書類とロランの顔を交互に見比べる。

 その眼差しには疑問と好奇心が混じり、鋭くも柔らかい光が宿っていた。


《ぐっ……》


 ロランは突然の追及に、心臓を掴まれた思いをした。


《なんか、俺の情報割れてるんだけど……》

{{ どこのギルドでも昇級試験が行えると聞いていましたが、やはりギルド間で冒険者の情報は共有されているようですね }}


「えっと……」


 ロランはバツが悪そうに押し黙っていると、コーヴィルは両手を大きく開いてロランに安心するように促した。


「はっは、いらぬ詮索をしてしまったね。今はそんな話をしている場合じゃなかった。……で、その虫草ちゅうそう3つを納品してもらえれば依頼は完了だ。ギルドの貢献度と1万ルースが報酬になるよ」


「1万ルースっ!?」

{{ 虫草ちゅうそうの買取価格は不明ですが、かなりの報酬ですね! }}


 ロランはコーヴィルが引いたことに安堵していると、続く言葉に驚き、椅子から立ち上がり叫んだ。

 エリクシルも姿は見えないが、声には喜びが溢れている。


「まぁまぁ、駆け出しの冒険者にはかなりの額だよね。虫草ちゅうそうもそれなりに高価なものだけど、こんなに早く手に入るとは思わなかったしねぇ。報酬も奮発するさ」


《それなりってことはさすがにもっと安く手に入るものなのか》

{{ やはり緊急依頼で上乗せされているのでしょう! }}


 ポートポランの緊急依頼でも報酬は破格であったことが思い出される。


「……それと、君は昇級試験を控えているようだね、魔石の査定のあとに受けていくかい? 緊急依頼をこなしてくれたお得意様だ、を利かせようじゃあないか」


 コーヴィルは不敵な笑みを浮かべた。


《融通って…… 昇級試験は予約が必要だったはず》

{{ 試験を受けましょう! わたしっ、試験は初めてです! 満点取れるかなぁっ!! }}


 ロランは一瞬悩んだが、当然のようにエリクシルから圧を掛けられ、承諾をすることになる。


(試験を楽しみに思うような奴は、エリクシルくらいなもんだろ……)

{{ なんか言いました!? }}

《なんでも》


 鑑定士が納品のために退室すると、コーヴィルは席を立ってロランに握手を求めた。


虫草ちゅうそうを3つ、確かに確認したよ。ありがとう」

「こちらこそありがとうございます」

「報奨金で装備を整えるのも、この地で英気を養うのもいい。いい宿と料亭を紹介するよ」


 コーヴィルはまるで予め準備していたかのように、オススメの料亭と宿を訪れる予定を組んでくれた。

 途中図書館に立ち寄りたいことを告げると、場所についても詳しく教えてくれる。


「……図書館のあとならがおすすめだな。値段も手頃で味もいい」


 コーヴィルは前髪を指で捻りながら、ゆっくりと巻き上げるような動作を繰り返す。


「それじゃぁ、少しここで待っていてくれるかな?」

「はい……」


 コーヴィルがそう言って退室したしばらくあと、別のギルド職員が入室した。


「……お待たせしました。いずれの魔石も綺麗ですが、規定の大きさに満たないため査定は実施せず、一律の買取金額となります。いかがしますか?」


 職員は魔石の買取金額の一覧が描かれた木の板を見せる。


《……一番高い闇の魔石ですら、一粒50ルースか……安いな》

{{ 大きさに規定があったのですね。透明度が値段に反映されるにはある程度大きくないといけないと理解しました }}

《魔素量もわかってないようだし、これは売らずにプニョちゃん行きか?》

{{ いえ、動力に変換しましょうか。少しでも補填したいので }}


「……買い取りはやっぱりいいです。ありがとうございます」

「承知しました。では続いて昇級試験に移らせていただいても? 緊急依頼の報酬金、1万ルースはその間にご用意させていただきます」

「え、ここで……?」


 今この場で試験が行われると聞いて、動揺を隠せないロランにエリクシルが鞭打つ。


{{ 私が付いているのです、ドンと構えてください! }}

《心の準備が……!》

{{ 私はできてます! }}


 突然の試験に不安と緊張が押し寄せる中、ロランは勇気を振り絞る。


「……お、お願いします」

「では……」


 *    *    *    *


 結果から言えば、見事一発合格だ。

 優秀な成績だと褒められ、エリクシルも相当喜んでいた。


 30分程度の口頭試問では、冒険者としての心得や道徳心を試されるものだった。

 質問のいくつかは熟練の冒険者でないと答えられないようなものもあったが、コスタン師匠の教えもあって上手く答えることができた。

 もちろんそれらを詳細に記録していたエリクシルのお陰だが。


{{ 昇級試験は今後求められる冒険者の資質について啓発する目的もあって、6割正答すれば充分だそうですね }}

《あぁ。それにしても最後の"トロッコ問題"に似た質問には驚かされたな》


 簡単に言えば、冒険中にパーティメンバーと第三者の村人たちが窮地に陥っているとき、どちらを救うかという問題だ。

 エリクシルの指示通り、パーティを選びその理由を答えたところ、満点の解答だっていうんだから。

 ほんと、エリクシル様様だぜ。

 こんな道徳的な問題が一番最初の昇級試験で出題されることにエリクシルは驚いていたが、ギルドがそれだけ冒険者の育成に力をかけていると感心していたな。


「……ロランさん、昇級おめでとうございます。あなたは晴れて2等級となり、魔物の討伐依頼の受注が許可されます。これからも依頼の達成に邁進してください。それと先ほどの報酬の1万ルースです、お納めください」


 別の職員が入室し、差し出したお盆には布袋と大小の金貨、等級が2と刻印された冒険者票が載せられている。

 コーヴィルの配慮により、白金貨では扱いづらいだろうということで、あえて分けてくれたのだとか。

 彼の配慮には感謝しかない。


 ロランは報酬を受け取り、冒険者票を首から下げると部屋をあとにした。

 出口に向かう際中に依頼掲示板が目に入ったが、今は金を稼ぐ必要はないから後回しだ。


「さて、飯食ったら図書館いって……」

{{ 図書館に! 行きましょう! それに魔法学校も! これらが最優先です! }}

「……わかったわかった、頭の中で叫ぶなって……。腹ごしらえしてからだぞ」


 ――報奨金10,000ルース

 ――所持金10,195ルース

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