183 緊急依頼★

 

「おい、聞いたか? タロンの遠征が失敗に終わったって話!」

「3つの血盟クランが同盟を組んでたやつか?」

「あぁ、特に『豊穣の風』がとんでもねぇ被害を出したってのだろ」

「死者も出たってんだから、ありゃ立て直しが大変だろうな!!」


《タロンの遠征……!!》


「いやそれがよ、あそこの血盟クランのケツ持ちは金もってるからなぁ」

「そうなんか?」

「お前知らねぇのか!? バイユールの豪商の傘下だぞ」


 興奮した冒険者が机を叩きながら声を張り上げた。

 別の冒険者は食べかけの骨付き肉で向かいの仲間を指し示し、その情報に驚いて目を見開いた。


「そうなんか!? 豪商ってあの大羊の獣人が!? えぇっと確か名前は……」

「カディンな。『豊穣の手』商会の」


 冒険者は名前が思い出せないようで、両手の指を頭の上でワキワキとしている。

 一人は食べ終わった骨を皿に放り込むと、呆れた顔をして見せた。


「どおりで豊穣って名前がついてるわけか……」

「お前は勉強不足だぜ、図書館の刑だ!」

「ぎゃっはっはっは!」


 勉強不足の冒険者はニヤニヤと笑い、肩をすくめて仲間たちと共に笑い合った。


《遠征ってのは『タロンの悪魔の木』狙いってことだよなぁ……?》

{{ おそらく。そのためには原生林を開拓しなければなりませんからね…… }}

《あぁ……主にそれを阻止された感じか。大所帯で縄張りに入れば怒るだろうなぁ》

{{ 主に生傷があったのは、その小競り合いのせいだったのでしょうね }}

《よくもあんなのに手を出せたもんだ》

{{ それだけダンジョンに価値があるということでしょう。それこそ豪商なら喉から手が出るくらいに…… }}


「お次の方どうぞー!」


 列が進みロランの番がやってきた。

 若い受付嬢が笑顔で手招きしている。


「……魔石の査定と素材の買取をお願いしたいんですけど」

「はい、素材の買取ですね。まずは冒険者票の提示をお願いします。素材はここに置いてください!」


 ロランは冒険者票を提示し、布袋から魔石と虫草ちゅうそうを取り出した。

 トレイに置かれた数々の素材を見て、受付嬢はカウンターに身を乗り出して覗き込む。


「これっ! もしかして虫草ちゅうそうですか?!」


 予想外の反応にロランは引き気味に「えっと、そうです」と答える。


「ちょうど依頼が出ていたんです。『豊穣の手』商会の緊急依頼で!」

《おやぁ……?》

{{ 先ほど聞いた豪商ですね }}

《緊急依頼なら破格の報酬が期待できるよな!》

{{ えぇ! }}

《乗るか!》


 受付嬢から依頼の詳細について別室で話したいと提案され、場所を移動する。

 こじんまりとしたシンプルな小部屋に通され少しの間待つと、上司と思わしき人物と付き人が入ってきた。


「失礼するよ」


 上司の方は音もなく歩き、その所作から只者ではない様子が伺える。

 しかしその顔つきは、冒険者というよりは事務方の印象を受けた。


「やぁ、君がシャイアル村のロランくんだね? 初めまして、俺は冒険者ギルド、バイユール支部のマスター・コーヴィルだ。コーヴィルと呼んでくれ」

「あ、初めまして……マスター・コーヴィル」


 緊張な面持ちのロランに、コーヴィルは優しく微笑む。

 同じマスターでもドマンとは正反対な印象を受ける。

 ドマンが虎なら、彼は狐といった感じだろうか。

 よく見れば細身でありながらしっかりとした身体、身のこなし方からラクモのような狩人かもしれない。

 髪を束ね、前髪を垂らしたその顔は女受けが良さそうだ。


「依頼を受注してくれるそうだね。ならさっそく契約を進めてしまおう」


 ロランが頷くと、コーヴィルは椅子に座って書類の束を机に置いた。

 緊急依頼の受注には、依頼主の情報を他者に漏らさないことを誓約する秘密保持契約に署名する必要があるようだ。

 契約書と聞いてロランはしかめ面に、エリクシルはやや興奮気味に通信をしてくる。

 コーヴィルが堅苦しい説明は割愛しつつ契約について説明するが、彼女は説明や書面の内容に不備がないか逐一チェックし始めた。


{{ 今回は既に依頼品が手元にあるためか、口頭での説明は随分と簡単ですね。書類事態に不備も見当たらず、真っ当な仕事なようです }}

《契約書に落とし穴があって違約金でも取られたらやだもんなぁ。エリクシルがチェックしてくれて助かるよ》

{{ えっへへ……。詐欺を働こうものなら、このわたしが許しませんからね! }}


「次は……」


 契約についてコーヴィルが説明する横で、付き人は虫草ちゅうそうを虫メガネのようなもので熱心に調べている。


「……彼が気になるかい? ギルドの鑑定士でね。間違いがないように調べてもらっているんだ」


 鑑定士は作業を終えたのか、虫草ちゅうそうをテーブルのトレイに置くと、コーヴィルに向き直った。


「……大変質の良い虫草ちゅうそうですな」

「それはよかった。数も丁度だし助かったよ……」


 最終項の説明が終わると、ロランはエリクシルのARサポートを受けながら慣れぬ手つきでサインする。


「それじゃぁ、依頼者についての説明もしないとだね」


 秘密保持契約を結んだあとに、依頼者の情報が開示されるようだ。

 依頼の成功に直結するための最低限の情報に限られるようだが。


「君も噂を聞いているかもしれないが……」


 目の前で手を組んで語るコーヴィルの表情は陰りを帯びている。

 聞けば先の遠征で甚大な被害を受けた血盟クランの一員が重篤な状態らしい。

 万能薬の在庫がなく錬金術師に作らせているが、素材のひとつである虫草ちゅうそうが足りず、緊急で採集依頼が出されたそうだ。

 他の街の伝手を頼ってはいるが、ポートポランなどでは溟海の王リヴァイアサンの出現もあり、国全体で万能薬やその材料が不足しているという話だ。


{{ 渡りに船、でしたね。虫草ちゅうそうの用途もわかりましたし、さすが"幸運"のロラン・ローグ }}

「スキルの効果なのかはわかんねぇけどよ。それよりも豪商が動くくらいだ、一員てのは何者なんだ?」

{{ ……盟主リーダーか、あるいは親族かもしれませんね }}

《なるほど、ね》


 エリクシルは今回の依頼についてこう推測している。

 コーヴィルは一員について伏せていたが、内情に詳しいはずだと。

 バイユールを支える商人やその傘下の血盟クランにとって不利益になるかもしれない情報は統制しているのだろう。

 酒場でもわかるように噂はすぐに広がる。

 商売敵がいれば妨害に動く可能性がないとも言えない。


《なんつーか、エリクシル、随分この世界に染まってるな……》

{{ こういったしがらみはどこの世界でもあるものですよ }}

《めんどくさい話だなぁ……》


 ロランはを静かに聞きながら、上手い具合に相槌を打っていた。


――――――――――――――

マスター・コーヴィル。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093081139690238

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